わたしゃ神様

亜未田久志

マジ無理


 はー、尊い。

 マジ無理。

 もう無理、尊死しちゃう。

 どうして。尊くて死にそう。略して尊死ね。

 え? 私は誰かって? 私は神様さ。

 天から人々を眺め、そのミジンコみたいな一挙手一投足に感涙してむせび泣く楽しい楽しい神様さ。

 ほら見てごらん、あさこに三人一家がいるだろう? 仲睦まじいね? 尊いね?

 え? 分からない? どうして。

 え? 家族はただの家族だろうって? どこにでもいるだろうって?

 分かってない。君は全然分かってないよ。

 一からあの家族の尊さを教えてあげよう。

 神、自らの御神託だ。有難く頂戴したまえ。

 まず第一に、家族を形成出来た時点で尊い。

 そこにいくつの打算や諦めがあったとしてもだ。

 男女が付き合い、結婚し、子供が生まれる。

 そこまでに至るハードルの高さを君は知らない。

 まあ、僕は人間は生きてるだけで尊いと思っちゃう神様だから? そんな君も愛しちゃうわけだけど。

 ちょっと話が逸れたね。

 第二にだ。その家族を維持しているのが尊い。

 この尊さもまた苦労を伴うものだ。

 妻や子供を養う、家事をこなす、勉学に励む。どれも一筋縄ではいかないものだ。

 これでもまだ分からないかなぁ。君は意固地だね。

 第三にだ。彼らはそれを当たり前だと思っているのが尊い。

 本当は当たり前じゃないのに、それが当たり前であるかのように振る舞う苦労たるや、私は感涙を止められない。

 だってそうだろう? 前述の通りだ。いくつものハードルを乗り越えて出来た家族を当たり前だと思って、特別だとは思わずに維持する。ああ、なんて尊いんだろう。

 私はね? 君達、人間を生み出して良かったと心の底から思ってる。

 戦争、人種差別、新たな病に風評被害。終わらぬ嘆きの連鎖。

 でもね? 人間は生き延びて来たよ。

 戦争の中にも何かがあったはずなんだ。

 差別を生むのは理解が足りないだけなんだ。

 これからもっと理解が進めば、人間はより尊い存在になるはずだよ。

 私はそう信じている。

 君はどうだい? 話を聞いて少しはこの尊さを……。

 理解していないみたいだね。

 残念だよ。

 私はね? 君には本当はになんか行って欲しくないんだ。

 勇者になって魔王と戦う? 良いと思うよ。でもね。

 私は、君にはまず、この世界の尊さを知っておいて欲しかった。

 じゃないと、君の異世界生活は無味乾燥な物になるだろう。

 これは予言だよ。神の神通力さ。

 ほら、そこの三人組を見てごらん?

 え? 三人が好きだなって?

 ごめんごめん、最近はまっていてね。三人って縁起が良いんだぜ?

 あの三人は幼馴染だ。

 男の子二人に女の子が一人。

 昔から仲が良かった。けれどいつしか互いの事を意識しだす時が来る。

 ああ! 甘酸っぱいね! 青春だ!

 そしてちょっと未来の事を教えてあげよう。

 一人の男の子が女の子に告白する。それをそっと見守るもう一人の男の子。彼はね? 自分は身を引いてもう一人に告白を譲ったんだ。だけど女の子が好きなのは、その譲った方の男の子。すれ違いだね! 悲しいね! ああでも尊い!!

 あれ? どこ行くんだい? ちょっと?

 え? こんな変態神様の世界は嫌だ? さっさと異世界に行くだって!?

 ちょっと待ちたまえよ君ィ。

 この尊さが分からん上に神を変態呼ばわりとか。

 よーし決めた。君を尊い世界送りにする。

 私の管理する尊さ120%ので更生したまえ。


「は?」


 起きたらそこは知らない天井だった。

 何故か記憶が混濁している。今まで生きて来た記憶と、いつかどこかの世界で死んだ記憶。

 そこで、とんとんと窓をノックする音。

「おはよー」

 幼馴染の良子だ。

 起きて挨拶を返さねば。

(ちょっと待て、異世界で魔王退治はどこへ消えた)

 身体が言う事を聞かない。

「おはよう良子、今日も早いな」

「えへへー、竜太こそ」

 二人して笑い合う。

 ――ああ、こんな生活もアリかもな。

 あの憎たらしい神に感謝したくなったかもしれない。


 いややっぱやめだ。

 俺は部屋を飛び出した。

 パジャマのまま外を駆ける。

 飛び出す。トラック。ぶつかって――


 はぁ、君また来たの? これで何度目?

 もう尊い説教も飽きて来たよ。

 いい加減にしてよね。折角、尊い地獄まで作ったっていうのに。

「俺は断固として勇者になりたい!」

 あのね? 自殺した人間は地獄に落とす決まりなの? 分かる?

「分からん」

 はぁ、ホント頑固。

 あーはいはい分かったよ。

 じゃあ、無間地獄ヴァルハラで永遠に戦ってなよ。

 戦士でもない君じゃ無理だろうけどね。

 じゃあね。


 そうして、無間地獄の覇者と化した竜太の姿がそこにはあった。

「はぁ……これだから人間って尊い……」

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わたしゃ神様 亜未田久志 @abky-6102

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