10ー1
男はノクティの腕を見て一瞬、動揺をしめしたが、すぐ感情のない顔に戻った。
「その入れ墨……。なるほど、貴方も授かった者でしたか。それは失礼しました。私たちに出会ったのはいつ頃でしょうか」
「十二年前だ」
「十二年前……。あぁ、いましたね。私たちの中に、ネクロマンサーを増やすことだけを快楽に単独行動をしていた者が。子どもを相手にしているのがまたキチガイでした。今も私たちに在籍していたか、取り入れられたか、私には分かりませんし、興味もないのですが」
「取り入れる……?」
「言いましたでしょう? 私たちは常に一つであり、複数であると」
「……殺したってことか……」
「発想が物騒だ」
男はバカにするように薄ら笑った。
ノクティは苛立ちを隠せない。目の前の男は十二年前の男とは違うが、思想を同じくする者。こんな頭のおかしい連中が、他に何人いるというのだろう。
今の自分があの男と再会したら、どんな行動をとるだろう。今までに何度も考えた。怒るか。嘆くのか。殺すか。いや。殴るか。何発か。怒声を浴びせるか。その程度で済むのか。
正直なところ。分からない。
それでも、とノクティは歯を食いしばった。目の前の男には、何かしてやらないと気がすまない。
「私たちのことを知っている者が野放しになっているのが解せません」
言いながら男は、コートの前裾に手をかけた。
相手が今までにない動きをした。胸騒ぎがして、ノクティは男へ踏み込んだ。
「私はネクロマンサーが好きでなくてね。美しくない」
「っ!」
接近して男に掴みかかろうとしたところで気付く。
男のコートの中に、何かがいる?
(え、女の子……!?)
ルリアと同じくらいの少女だった。ルリア以上に色素が薄い。元から血が通っていないかのようだ。
ノクティが少女だと認識した時には、その少女に腹を蹴られていた。
「ぐっ……!」
受け身を取ったつもりだったが、地面に転がされていた。腹を押さえて身体を起こす。
「な、何だ……?」
コートの男の前にゆらりと立つ少女を今一度見る。
何処を見ているか分からない虚ろな目。長い白髪。季節に合わないノースリーブのワンピースに素足。何より気になるのは、肌の随所、随所に見られる手術の跡のような縫い目だ。手にも足にも、首にも、顔にも。恐らく身体全体に。
「私は子どもが好きでして。……あぁ、と言っても、貴方くらい中途半端に成熟してしまうと面白味もないのですが。何なら男は興味ありません」
「……」
「子どもは成長が楽しみな生き物です。しかし不運な末に命を落とす子もいます。持って生まれた才能がありながら、それを生かせずに命を落とすのは惜しい」
「何を……言ってるんだ……?」
「器用だった子の指は欲しいし、足の早かった子の足も欲しい。胴体視力の良かった子の目も欲しい。強く運動面に有利だった心臓も欲しい」
「……は?」
「優れた部分全てを取り入れたのが彼女です。未来を生きることができず命を落とした子どもたちは、彼女となって成長するのです。たくさんのお友だちと一緒になれて、子どもたちもさぞかし嬉しいことでしょう」
「まさか……死んだ子どもを……?」
「貴方には見た目が悪いでしょうが、そこは許してくださいね。私は手先が器用でないので」
身体の前で男は裁縫をする仕草をした。
ノクティは全身の毛が一気に逆立つのを感じた。胸糞悪い。狂ってる。何が死者を敬えだ。誰よりもあんたが冒涜している。
「ふざけるなぁああああっ」
立ち上がって相手に迫り、男に右拳を食らわせようとした。
しかし継ぎ接ぎの少女が間に入る。両手首を額の前でクロスさせ、ノクティの右ストレートを防いだ。
少女は感情のこもっていない目でノクティを見る。ノクティは咄嗟に目を反らした。まるで出会ってすぐのルリアに見られているようで。
そしてノクティは少女に顎を蹴られた。
「っ」
今度は受け身を取ろうとすることもできなかった。蹴飛ばされ、ノクティはその場に倒れた。頭がくらくらして持ち上がらない。
子どもの脚力のはずなのに、重みがある。これが奴の言う、優れた部分、なのだろうか。
男は乾いた声で笑ってから言った。
「やはり私の子どもたちは優秀だ」
「っ……」
「さて……」と、男の顔が、ある瓦礫へと向いた。
「……もう一人、いますね?」
「「!?」」
瓦礫の陰で口を押さえていたルリア=フリークは身体を強ばらせた。
「同行人が二度も足蹴にされているのに、悲鳴一つ上げない。きっと冷静な判断のできる子なのでしょうね」
ノクティは上げられない頭を必死に動かし、男と少女、そしてルリアが隠れている瓦礫を視界に入れた。
(ルリアに近付くな……っ!)
脳味噌はそう叫んでいるのに、声は出てくれない。
「……例えば、優れた頭脳の持ち主である、とか」
「……っ!」
血管が浮き出た。ノクティは右肘を持ち上げ、地面に手をつける。
自分がネクロマンサーになるきっかけとなった奴らにこの力は使いたくなかったが、今はそうも言っていられない。今ルリアを助けることができるのは、この力と、地面の中の奴らだ。
誰か、手を貸してくれ――
が、ノクティの願いも虚しく、地中からは何も反応がなかった。
生き物の死骸が感じられない。何もいない。
ノクティは手の平を地表に這わせた。
何もいない。
今までにそういうこともなかったわけじゃない。そうそういつも、垂直下に生き物がいるわけがないのだから。
しかし運が悪い。一回目に蹴られて倒れ、起き上がろうとして手をついた際にも、地面の下からは何も感じられなかったのだ。
ノクティの悔しさも知らず、男はルリアの方へ近付いていってしまう。
ダメだ。行かせない。ノクティは地中を探ることを諦め、ぐらつく頭に渇を入れて身体を起こそうとした。
そこで、予想しなかったことが起きた。
「おや……?」
「ル……リア!?」
ルリアが瓦礫から出てきたのだ。怯えた顔で身体を震わせながら。
彼女の姿を認めると、男は両腕を開いた。
「あぁ、貴女でしたか。ルリアお嬢さん」
「えっ、私を知ってるの……?」
「貴女が預け先から見知らぬ男と逃げたという報告は小耳にしていましてね。なるほど、あの彼とでしたか」
男はノクティを一瞥した。
「……まぁ、貴女を探せという命令は出ていませんでしたし、何も知らない子どもですからね、好きにしていればいいと思っていたのですが、まさかここへやってくるとは……」
「どういう……」
「……なるほど、お母様に似てきました」
「お母さん……!?」
彼女もノクティも、同時に悟っただろう。彼女の母親が、ここにいる黒服の一味と関係があったということが。
「長年の読書で育まれた脳か、お母様の血を引き素質あるであろう肉体か……どちらもそそりますね……」
ああ、これは偶然なのか必然なのか。
「くそっ……」
ますます思った。あの男をルリアに近付けてはならない。それが活力となったのか、ただ単に時間の経過からか、ノクティはようやく立ち上がることができた。
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