8ー2

 鍵職人の話を頭で整理し、ノクティは疑問をぶつけてみることにした。ルリアも同じ思いな気がして。

「……どうしてそんなに、一人のお客のことを気にかけているんですか? それも、常連とかではなく、一度携わっただけの人に」

「何でだろうね……」

 そこでオウカは表情を崩し、

「私の鍵を見て、『可愛い』と、言ってくれたからかね……」

と言った。

 ノクティは想像する。ルリアと容姿の似た女性が、自分が誇りを持って作った鍵を手に取り、「可愛い」と言った様子を。

「……君たちは、その図書館を探しているのかい?」

「あ、はい。オレは置いてある本に興味があるだけなんですけど」

「これは錠と鍵の二セットで一対の錠前。何故か今ここには片割れずつしかないわけだが……可能なら、片割れたちも見つけだしてくれたら、職人としては嬉しい」

「そうですね、是非そうしたい。オレたちも、残りの鍵は図書館にあると思っています」

 オウカは立ち上がり、直接ルリアに鍵とコートを渡した。そして少女に尋ねる。

「一つ聞きたいんだ。答えにくかったら答えなくてもいい」

「……ん」

「死因は……何だったのかね」

「っ!」

 息を呑んだのはルリアだけではなかった。

「フリーク君のお墓の場所を訪ねた時に一緒に尋ねたんだが、教えてくれなくて。気になっていたんだ」

 子どもに何てことを聞くんだ、とノクティは叱責しようとする。

 しかしその前に、ルリアは答えていた。

「……殺されたの」

 次はオウカが言葉を失うことになった。

「刺された。私の前で」

 ノクティも思わず口をつぐんだ。初めて聞く話だったからに他ならない。

「私は二階の本棚の陰にいたから気付かれなかっただけ。知らない人が、お母さんのお腹を刺した」

 内容のわりに、ルリアは驚くほど冷静な口調だった。倉庫であれほど辛そうに母親の話をしていた少女が何故、話す気になったのか。

 あろうことか、彼女は話の後、ノクティを見て微笑んだのだった。

「ルリア……」

「ありがとう、ルリア君。年寄りの軽率な質問に答えてくれて。そして、すまない。若かったから病気か事故だと思っていたんだ……」

 ルリアは左右に首を振る。 

 そんな彼女の頭の上に、ノクティは優しく手を置いた。彼女は見たものを絶対に忘れない。それは、見てしまったものは忘れられないということでもある。彼女は何度も何度も頭の中で見たに違いない、母親が殺される場面を。

『記憶したくないものまで記憶してしまうのは嫌だけど……』

 彼女はきっともう、乗り越えている。

(頑張ったな……)

 ルリアに見えないようにして、ノクティは顔をほころばせた。そして「あの」と切り出す。

「図書館の詳しい場所が分からなくてもいいです、教えてください。目隠しで案内される前に、どこに集合したのか」

「ああ、それでいいのなら。イリアスにある、天使の像の前だよ」

「イリアスか……まだ行ったことない所だな」

「像の前からそんなに距離は無かったと思うんだが、昔のことなんで覚えてないなぁ。目隠しもされて距離感も狂っていたと思うし……」

「ちなみにその待ち合わせ場所、近くに教会がありませんでしたか? 賛美歌を歌うような」

 ルリアの視線が自分へ向いていることに、ノクティは気付いた。

 オウカは顎に手を当てて考え込む。

「どうだったかな。……ああっ、待ち合わせ場所へ行く途中に、建設中の建物があった気がするよ。あの造りはきっと教会だ」

 間違いない、とノクティは自分の考えに頷いた。その天使の像や教会の近くに図書館はある。でも、まだ手がかりが欲しい。

「他に、図書館について何か覚えていることはないですか? 何でもいいんです。カラックさんが気になったこととか」

「そうだなぁ。……確か、円形の広い造りだったよね」

 この質問はルリアに向けられていた。

「……ん」

「職業柄、ドアや窓をつい見てしまうのだが……そういえば、あの図書館には窓がなかった気がするなぁ」

「窓……?」

 ルリアはピンと来ていない様子だ。もう一度オウカの家の中を見渡す。この家には明かりを取るための窓が存在している。

「カラックさんの言う通りか?」

「……ん。ないなって、思ったことはなかったけど」

「ルリアはずっと図書館とその隣にある家にこもっていて、その後も倉庫で暮らしていたんだ、窓のない家で暮らすことが普通だったんだろう」

「何か役に立ったかな」

 オウカが心配そうな顔をしている。ノクティたちはこれ以上がないほどの礼を述べた。

 イリアスの街の天使の像や教会、窓のない建物。十分な手がかりだ。図書館にもすぐ手が届くのではと思えた。

 その後、オウカはルリアの鍵の手入れもしてくれた。綺麗になった鍵らを見て、ルリアは嬉しそうだった。

 そして帰る前に、ノクティがオウカと握手を交わした時だった。

「君は……何か黒魔術に手を出した経験があるね?」

「「!?」」

 ノクティとルリアは驚いて顔を見合わせた。

「長くこんな仕事をしているとね、特殊な人間に会うことも多いんだよ。君もそうかなと、直感でね」

 ノクティは少し逡巡した後、素直に認めることを決めた。

「……まあ」

「どうして黒魔術なんかに堕ちてしまったかは聞かないよ。君がただの興味本位で禁忌に手を出す人間ではないというのは、何となく分かる」

「……」

「でも、黒魔術は一度手を染めてしまったら二度と除くことはできないと聞く。君はその罪を、背負って生きていかないといけない」

「…………はい」

「白く生きればいい。黒を、少しでも白に。罪は消えなくても、背負う辛さを薄くする生き方をすればいい」

「…………」

 オウカはノクティと繋いだままだった手にいっそう力を込めた。職人の真摯な瞳を正面から受けるネクロマンサーは、今の気持ちをどう言葉にしようか迷った。

「まぁ、余計なお節介だったかな。君はもうそんな生き方をしているようだから」

 オウカはルリアをチラと見てから、細い目をもっと細くして笑みを作った。

「若い者は気楽に生きなさい」

 ノクティは皺だらけの手を強く握り返した。


 鍵職人の家を出た後、ノクティは大きく伸びをした。だいぶ緊張していたらしい。

「ノクティ」

「ん?」

「思ったより、いい人だったね」

「そうだな。聞き込みの時とは印象が違ったな。ルリアのお母さんのおかげか」

「おじいちゃんって……あんな感じなのかなぁ」

「かもな」

 日がだいぶ傾いていた。相も変わらず祭りの音は聞こえている。

「ルリア……」

「何?」

「オレは、ネクロマンシーの力を二度と取り除けないとは、思ってないからな」

「……ん。私も」

「……ありがとう」

 二人は噴水広場へ歩き出した。

 が、ルリアは時折、オウカの家を振り返っている。

「カラックさんのことが好きになったんだったら、また来ればいいじゃないか」

「好き……?」

「ルリアはお母さんが好きだろ」

「……ん」

「それと一緒。ルリアは好きな人をいっぱい作った方がいい」

「ノクティのことも好きだよ」

「お、おぅ。ありがとうな」

 ノクティは何もない道でつまずきそうになる。

「大丈夫? もう暗い?」

「や、大丈夫だ」

 ノクティは鼻の頭をかいた。子ども相手は調子が狂う。自分が数奇な子ども時代を歩んできたために、普通の子どもの心理が分からない。彼女も普通でないと言えば確かにそうなのだが。

「でもまたお祭りに行くなら、暗くなる前がいいよね」

「今日はずっと明るいだろ」

「そうなの?」

「あの感じはそうじゃねぇの」

 ノクティはルリアの正面に歩み出た。彼女の方を向き、両手を合わせる。

「だけど先に謝っておく、ルリアごめん」

「え?」

「この後、祭りで贅沢はできなそうだ」

「別にいい。いられるだけでいい。でも何で?」

「カラックさんの言ってたイリアスって街へ行くには、また汽車に乗る必要があるからな。次は節約して自由席な」

 ノクティの合わせた手の間には、ルリアの描いた地図があった。自由席と指定席の違いが分からないルリアは首をひねっている。

「うるさくできないってことだぞ」

「うるさいのはノクティじゃん」

「よく言うぜ。祭りも連れてってやらんぞ」

「ノクティ嫌い」

「それだそれ! 汽車の中で何度聞いたか!」

 騒いで歩いていると、街並みには建物が増えてきた。噴水広場も近い。道と平行に線路が通っている。その上を汽車が通過していった。

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