6ー3

 祭りの正体はすぐに分かった。サーチェリーの初代市長の誕生祭らしい。毎年この日は、朝から日が変わるまで騒ぎが続くということだった。もともと先代の市長がお祭り好きで、小さな催しを始めたのが、年々賑やかになっているという。

 市長を祝うべく、改め、一緒になって大騒ぎをするべく、近辺の街から人々が集まり、好き勝手に催しを行う。行商人は物を売り、酒屋は酒を振る舞い、町民は歌って踊る。主催はサーチェリーなので、サーチェリーが許す限りは何をやってもいいのだとか。野菜が飛び交うことはなく、泥はもちろん、爆発なんて不穏なことは一切ない。皆が悠々と笑い、バカ騒ぎする、気楽なお祭りだ。

 運がいい、とノクティは思った。サーチェリーの人々だけでなく、周辺の街からも人々が来ている。それだけ情報が得られるということだ。ルリアの図書館を知っている人が、一人はいるかもしれない。

 期待も大きい――

「変な祭りだな」

「変な祭りだね」

 とりあえず噴水広場を一周してきたノクティたちは、噴水広場から離れ、建物と建物が立ち並ぶ路地に並んで座っていた。

「いやそんなこと言って、ルリアは祭りを満喫し過ぎだろ」

 ルリアの頬にはサーチェリーの名の入ったペイントが。右手首には風船の紐が結ばれ、左手にはコーンカップのシャーベットを持っている。足下には輪投げの景品で貰った、手の平サイズのクマのぬいぐるみがあった。

「……ん。楽しい」

「楽しかったなら良かったけどよ」

 人がいない分、ここは広場よりも静かだが、広場で流れる音楽は聞こえてくる。ノクティは溜め息をついた。

 あちこちから人の出があることは間違いなかったが、情報は得られなかった。

 ルリアの記憶にある図書館は、三百六十度が書架に囲まれており、天井は白。外壁にはレリーフ(浮き彫り細工)が施されている――

 ルリアにも記憶通りの絵を描いてもらって、情報を求めた。が、皆が口を揃えて、知らない、と言った。

 図書館をよく利用する、都市部から来たという絵売りに話を聞いた時は、

「そんな図書館は都市部にもない。お嬢ちゃんの夢の中の話だろ」

と言ってから、情報料として絵を押し売ろうとしてきた。ルリアは嬉しそうに絵を受け取りかけたが、ノクティがそれを阻止。購入する義理はない。

 ノクティの溜め息が聞こえたからか、ルリアはシャーベットを口に含んでから言った。

「……夢の中の話じゃないよ」

「あ? 分かってるよ。ルリアは嘘ついてないだろ」

「……ん」

「いいんだ。聞き込みはついで。オレたちにはまだ、鍵職人っていう一番あり得そうな手がかりが残ってるんだからな」

 ノクティはルリアのコートの鍵を指さし、歯を見せた。ルリアは「……ん」と言ってシャーベットにパクつく。

「……冷たい」

「そりゃこの季節に食べるものじゃないからな」

 ノクティは腰を浮かし、自身のコートから風車守のプラメラ=ウェントから貰ったメモを取り出す。図書館について聞き込みをする時、鍵職人の家の場所も訪ねていた。

 よそから来た人の反応は鈍かったが、街の人間は鍵職人の男のことをよく知っていた。街では有名な人のようだ。彼は街の人との関わりを極力避けるため、郊外の家に引きこもっているという。

「それ、食べ終わったら行ってみような。鍵職人のところ」

「……ん」


 ♪~


「……っ!」

 唐突に、ルリアが顔を上げた。

「どうした?」

「これ……」

「これ?」

「今、聞こえてるの」

 ノクティは黙って耳を澄ます。複数人による歌声が聞こえてくる。彼の耳には聖歌に聞こえた。噴水広場の催しの一つとして歌っているのかもしれない。

「この歌か?」

「歌……?」

 ルリアはきょとんとしている。

「歌だよ、歌。歌が分からないのか? 声で音楽を生み出すことだよ」

「音楽……」

「そう。子守歌とか、鼻歌とか、ルリアのお母さんだって歌ってくれたことがあるんじゃないか?」

 ノクティが説明している最中で、ルリアは立ち上がっていた。歌が聞こえてくる方をジッと見ている。

「私……この歌、知ってる」

「えっ」

 ルリアは走り出した。

 ルリアの足下にあったクマのぬいぐるみを拾い、慌ててノクティも追いかける。

 名前を呼んでもスピードを落とさないルリアの背中を見ながら、ノクティも気持ちが昂っていた。見たものは絶対に忘れないが、聞いたものは自信がない、と言っていたルリア。彼女が知っている歌ということは、一度や二度、耳にした程度ではないだろう。母親が歌ってくれたのか、演奏する人が傍にいたのか。どんな経緯にせよ、彼女の幼い頃の記憶を刺激する何かがあったのだろう。

 ノクティたちが噴水広場へ出ると、丁度ステージで聖歌隊たちがお辞儀をするところだった。ルリアがステージを見たそうに爪先立ちをするので、ノクティは彼女を抱きかかえてあげた。

 えんじ色の衣装に身を包んだ青年たちがステージを下りていく。交代で別の聖歌隊がステージに上がる。今は各教会の聖歌隊たちが代わる代わる歌を披露しているらしかった。

「本当に知っている歌だったのか?」

「……ん。いつも決まった時間に聞こえた気がする」

「いつも決まった時間に?」

「ん。お母さんに聞いても何なのか分からなかったけど」

「だとすると、図書館は教会が近かったのかもしれないな」

「……どこの人か、聞いてみたい」

「そうだな」

 二人はステージ横方面へ向かう。人と人との合間をぬうため、自然とノクティが先導役になった。

 少し歩いたところで、「ノクティ」と後ろから声がかかる。彼は立ち止まって振り向いた。

「今、さっきの聖歌隊の人が横を通ったよ」

「え、本当か?」

 辺りを見渡すノクティの前で、ルリアは更に指さした。白の聖歌隊衣装たちが目立つ中、色のついたケープの人がちらほらといる。

「ほら、あっちも。黒色のケープの人と話してる」

「えっと……」

「ノクティ?」

 様子がおかしい。彼はこめかみの辺りに指を置いて、必死に件の聖歌隊を探している風だ。

「あんな目立つ色してるのに、分からないの?」

「えっと、何色だっけ」

「赤色だよ。や、えんじ色」

「赤色……。そうだよな、赤色だった」

 だが彼はそう言いながらも、ルリアが指さした方へ歩き出さない。ルリアは彼のコートを引っ張った。

「ねぇ、ノクティ。変だよ? どうしたの?」

 ノクティの顔がどんどん青ざめていくのが分かった。

 何度かコートを引かれ、彼は右手で頭を押さえた。一度、目を閉じ、深い息をつく。ようやく目を開けたと思ったら虚ろで、口調も重々しかった。

「…………ごめん、ルリア。オレ……」

「ノクティ……?」

「オレ……色が、分からないんだ」

「……え?」


「全部が、白黒に見える」


 やたらに周りの人々が気楽で、陽気で、こっちの気も知らず、ただただ鬱陶しかった。耳障りだった。今歌っている聖歌隊の連中は子どもが多いからか、際だって下手くそに歌声が耳に入ってきた。

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