6ー1
オウカ=カラック
サーチェリーシティ
プラメラから貰ったメモには、そう書かれていた。
商店で紙と鉛筆を買ったノクティとルリアは、果物売り店の前にあった木の長椅子に座ることにした。店主に悪いので、リンゴも二つだけ買い、二人してかじりつく。
「……美味しいね」
「だろ? 果物は、買ってその場でかじり付くのが一番だっ」
彼らは長椅子の両端にそれぞれ座っていた。ノクティは足を広げ、ルリアはきちんと膝もくっつけて。二人の間には、広げた紙と鉛筆が置かれている。
「さて、目指すサーチェリーはこの辺りだ」
「……ん」
紙にはランキッド大陸の地図が、ルリアによって手描きされていた。
ルリアに地図を描いてもらおうと思いついたのはノクティだった。地図に頼らず旅をしてきたノクティ、地図が頭に入っているルリア。図書館探しをするためには、二人が一緒に地図を眺めた方が効率いい。聞いてみたところ、大きな書店はこの街にないらしい。地図自体を手に入れることができなかった彼らは、ルリアの記憶を使って地図を作り出すことにしたのだ。
ルリアの記憶は、鮮明で、正確だった。ルリアが紙に書いた形は、誰がどう見てもランキッド大陸だった。海岸線や半島までそのままだ。主要な街の名前も書き込まれている。
「ランキッド大陸の地図を写しでもしたのかい?」
と、何も知らずに覗き込んできた果物売りに言われもした。いくら頭に地図が入っているとは言え、ここまで正しく模写できるものなのだろうか、とノクティは思った。ルリアにそのことを訪ねると、「娯楽」と一言述べただけだった。
ランキッド大陸は、羽を広げた蝶のような形をしている。ハトレア地方が大陸の北西部ならば、サーチェリーの街は蝶の胸の辺り。大陸のほぼ中央に位置している。都市部は南東に集中しているので、サーチェリーも、ここよりは都市部寄りと言えた。
「サーチェリーへ行くにはやっぱり汽車に乗らねぇとだな」
「汽車!?」
ルリアが目をキラキラさせる。
「乗ったことないか?」
「ない。……あれ、ない、のかな、本当に?」
「いや自分で分からなくなってんなよ。図書館がサーチェリーにあったとすれば、ルリアも乗ったことがあるかもしれないぞ」
「どうだろう……覚えてない」
「見たものは忘れないんだろう?」
「見た……の、私?」
「ハッキリしないなぁ」
先にリンゴを茎だけにすると、ノクティは立ち上がった。
「どっちにしろ、歩いていくより乗っちゃった方が早い。今なら金もあるし、行っちゃおうぜ」
「お金あるの?」
ルリアのリンゴはまだ半分以上も残っている。
「今限定でならいろいろ贅沢ができそうだぞ。盗賊の一件が結構、金になってさ。依頼主からしたら、ハトレア地方なんて行きたくもなかったんだろうな」
「へー」
ルリアは、ノクティが盗賊の頭相手にギガノトサウルスの骨を出現させた一連を思い出した。
「……ノクティって、何でも土から出せるの?」
「え、どうしたんだよ、急に」
店主にごちそうさまを言ってゴミ捨てしてきたノクティを、ルリアは見上げる。
「ノクティの力のこと、まだよく知らなかったなって」
「あー、そーだっけ? それじゃあ、旅の話題はそれとしようか」
「行くの?」
「汽車に乗るなら、駅のある街まで行かないとな。その街ならオレも使ったことあるから知ってるし」
今にも歩き出そうとするノクティ。
「まだリンゴ、食べ終わってない」
「……持ってこうぜ」
ルリアはコクリと頷いた。
思い立つ日が吉日。彼らは早速、出発した。
ひたすら、歩く。
「さっきの話だけど、オレはネクロマンサーのなりそこないだと思って聞いてほしい」
「……ん」
「自分なりに力をいろいろ使ってみて分かったことは、まず、オレは骨しか呼び出せないということ」
「骨だけ?」
「ああ。動物の身体で試したが、肉体があっても骨だけしか蘇らせることができない。その代わり、地面に触れた手の平から垂直に、どれだけ深かろうが、骨のどこか一部さえ当たれば、全体像を蘇らせることができるらしい。蘇らさないって選択もできる」
「へぇ。それって、例えば片足のない動物だったら?」
「残念だけど片足のない状態で現れる」
「……想像すると、ちょっと怖い」
「だな。それに、オレが操り終えたら砂になっちまうから、オレはただの死体荒らしだ。人間なんてもってのほか。土葬した場所から身内の骨が無くなっちまったら、家族は悲しいよな」
「……」
「ジョークだ、ジョーク。人間にはもうしない」
「……ん」
ひたすら、歩く。
また荒野が現れたが、すぐに隣の街になった。食事と宿泊で一休みする。二日間、歩き疲れた。
ノクティの経験では、駅のある街まではもう一泊すれば着くということだった。前日とはまた違う宿の部屋、それだけでルリアは楽しかった。
翌日は朝早くから街を出たので、昼過ぎには目的の街に着いていた。ハトレア地方の南方部の街だった。
街のモチーフになっている鳥の彫刻が、てっぺんに飾られた赤い三角屋根の建物。目立つ駅舎だった。
「ここが始発なんだ」
ノクティの紹介の通り、二人が改札を抜けると、ホームに立派な蒸気機関車が停まっていた。
「わぁ……」
大きい。それがルリアの最初に抱いた感想だった。想像よりずっと大きかった。本の中で、全長がいくつだとか、高さがいくつだとか紹介されても、実感が沸かなかったのだ。艶やかな黒い車体も魅力的だった。
ルリアは興奮した気持ちを押さえられず、先頭車両を指さした。
「これに乗るの?」
「乗らないって言ったら?」
「……乗りたい」
「だよな。乗ろうぜ」
「ソシィも乗るの?」
「あいつは空。飛行距離も時間も、いくらかかろうがソシィは気にしないよ。困るのは仕事も金も無くなった時のオレだ」
丁度よく、間もなく発車時刻の汽車があった。ノクティは思い切って指定席の切符を購入した。
「帰りの分の運賃はたぶんないぞ」
彼の言葉には、お金がないからという物理的な意味と、図書館がすぐ見つかるようにという願望的意味の両方が含まれていた。
トイレだけ簡単に済ませ、汽車に乗り込んだ。彼らの席は、乗客車両としては先頭の車両にあった。二人掛けの紺色シートが向かい合うボックス席だ。ノクティは進行方向を向いて通路側に、ルリアは進行方向を背に窓側に座った。
スチームが噴出される。発車の鐘が鳴ったと思うと、呼応するように汽笛の音がした。窓にへばりついていたルリアが、音にビクついた後、昂った表情でノクティを振り向く。
「ポーって言った……!」
「ポーって言ったな」
ノクティがニヤついていると、汽車が動き始めた。慣性の法則でルリアはよろけそうになる。
「わっ」
小さく声を上げてから、また窓にへばりつく。そんな少女の反応も、ノクティには微笑ましかった。
「ほんとガキだなぁ」
「……え?」
「いや何も」
ノクティは尻をずらして窓際に寄った。窓を少し開けてやる。ルリアが窓から顔を出し過ぎないように、少しだ。
冷たい風が入ってくる。季節柄、仕方ないが日差しは暖かい。ルリアも嬉しそうだった。
「汽車、やっぱり初めて乗るか?」
「ん。たぶん。でも……分からない。乗ったような気もする。お母さんが死んで、ショックで、それどころじゃなかったかもしれない……」
ルリアは遠く、風景を見つめた。
一理ある、と思った。ノクティは彼女と同じ方向を見つめたまま言う。
「いや、爆睡だったんだろ」
「ノクティ嫌い」
「冷たいなぁ」
車窓は緑が増えてきた。ぽつりぽつりと民家も見え、畑も広がっていた。明らかにルリアの暮らしていた村とは違う世界がそこには広がっていた。車窓から見える景色のもっと奥には、どんな景色が待っているのだろう。想像がつかない。頭の中の記憶の引き出しは何十、何百とあっても、全く想像がつかない。
この汽車は、私たちをどんな世界へ連れていってくれるのだろう――
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