5ー3

 会話が途絶え、風車の回る音が部屋に鳴り渡る。

 ルリアは天井を見上げた。耳を澄ますと、風車の音とは別に何かがこすれるような音がしている。ルリアは風車に関して書かれたページを頭の中で開いた。

 風車の羽根が回ることで、建物内部の歯車が回り、歯車に連動した石臼が引かれる。石臼の中に小麦を入れておけば、製粉が行われる仕組みだ。軋むような音は歯車や石臼の音かもしれないと思った。

 こうして風車を実際に見ることがなければ、風車のページをもう一度読むことはなかっただろう。風車が織りなす規則正しい音は、ルリアの耳に心地よく入ってきた。

 「うーん」と言う声が聞こえ、ルリアはプラメラに視線を向けた。ルリアの代わりに、ノクティが風車守に聞く。

「何かあったのか?」

 また「うーん」と唸ってから、プラメラはルーペに近付けていた顔を離した。

「私、都市部の役所の人間として風車ここに来てるんだけど、その前は役所内で事務的なこともやっててさ。そのせいか、いろいろな職種の人とも関わることが多くてね」

「それで?」

「この手の鍵を作る職人の話を聞いたことがあるの」

「鍵職人か……」

「好きな分野の話だったからか、よく覚えていてね。あたってみてはいかが?」

 ノクティは顎に指を当てて考え込む。いい案かもしれない。

「それから話を聞いて思ったのだけど、貴方たちが探している図書館、そんなに遠くない所にあるんじゃないかと思うの」

「それはどうして?」

「貴方たち、お嬢ちゃんの親戚のお家から来たんでしょう?」

「ああ」

「遠い所に住んでいる親戚の家だとしたら、小さい子なりにも、移動が大変だったとか、時間が長く感じられたとか、そういう風に思うんじゃないかしら。図書館とお母さんが入院していた病院、それから親戚のお家。私にはそんなに距離があるように感じられなかったけどな」

「……どうだ?」

 なるほどと思い、ノクティはルリアの顔を見た。彼女も、同じ思いであるといった反応だ。

「途方もない旅になると思っていたけど、近場から、しらみ潰しに情報収集するのも良さそうだな。プラメラさんみたいに、都市部から地方に来ている人もいるみたいだし」

「うんうん」

「こんな単純な仮説、どうして今まで思わなかったのか……」

「第三者、赤の他人だからこそ気付くことだってあるわよ。あくまでも私の考えで、だけどね。その鍵職人も隣のデライオ地方の人だから、ありえる話だと思って」

 プラメラはコートをルリアに返すと、再び棚へ向かった。ルーペを戻し、代わりにメモ帳と鉛筆を出す。棚の上でメモに文字を走らせると、ノクティの前に差し出した。

「鍵職人の名前と、住まいのある街よ。名前はうろ覚えだから、どこか間違っているかもしれないけれど」

「いや、それでも助かります」

 ノクティはメモを受け取り、ザッと目を通した。知らない名だった。街は知っている。そこまで距離はない。

「情報料は? いくら出せばいいでしょう?」

 ノクティの問いに、プラメラはハハッと吹き出した。

「何それ、まるで裏の世界みたいだね。情報屋なんて実在するの?」

 言われてノクティは口をつぐんだ。彼女はただの善意で、知っていることを教えてくれただけにすぎないのだ。

 それこそ裏の世界とは全く無縁の人間で、興味を武器に勉強に励んできたのだろう。役所に勤めることができたのも、彼女の努力と天性のものだ。街の人間から物知りだと認知されているのも人柄から。家庭環境だって良かったに違いない。自分とは全く違う平行線を歩む人。彼女の笑顔を見ていると、自分はどうしてこうなのだろうと、哀れになる。

「……ありがとう」

「いいのよ。街で一番賢いって言われて、嬉しいだけよ。長く生きてるんだから、おばさんなりに誉めてもらいたいものよ」

「え、おばさん?」

 食いついたのはルリアだ。

「プラメラさん、何歳?」

「そんなどストレートに聞いちゃう!? 可愛いお嬢ちゃんだから許しちゃうけど」

「あ、ごめんなさい……」

「だからいいんだってばぁ」

 ハハッとまた笑ってから、顔の前に指を四本立てた。

「もう四十過ぎのおばさん」

「はぁ!?」「えぇ!?」

 二人は同時に声を上げる。

「見えねぇ……」「見えない……」

「ハハッ、ありがとう。わりと人生経験豊富なの」

 プラメラが胸を反らすと、作業着姿で分からなかった豊満なそれが強調された。人は見かけによらない。

ルリアは向かいに座るノクティに顔を近付けて呟いた。

「何か……より、信じられそうだね」

「おぅ。オレも同じことを思っていたところだ。何でだろうな」

「何でだろう」

 二人はここでようやく、ハーブティーの入ったグラスに手を伸ばした。

 ルリアは恐る恐る少量だけ口に含む。スーッとする感覚がある。それでいて飲みやすかった。身体にも良さそうだ。これを飲み続けていればあのように若さを保てるのだろうか、と思った。

 その後、プラメラは風車の簡単な説明もしてくれた。ルリアの想像した通り、階段の上には歯車と石臼があるらしい。街の人々が持ってきた小麦を溜めておき、一年かけて製粉する。

 風車の話が終わると、ノクティは「それじゃあ」と言って立ち上がった。ルリアも続く。

「図書館、見つかるといいわね。貴方たちを応援してるわ」

「本当に、ありがとうございました」

「また遊びにきてよ。任期まではここで働いているから。代行業者の仕事の話も聞いてみたいな」

「機会があったら」

 ドアに向かう二人だったが、ノブに手をかけたところで、ノクティは静止した。プラメラを振り返って言う。

「あの……人生経験も豊富で、この街で一番賢いとされる貴女に、興味本位で聞いてみたいんですけど」

「え? なーに?」

 あっけらかんと言うプラメラに反して、ノクティは真剣な面もちだった。

「……ネクロマンサーは知っていますか?」

 隣でルリアの息を飲む音が、ノクティにも聞こえた。

 自分は何故、こんな質問をしているのだろう。ノクティは自分の行いにも関わらず不思議だった。

 でも、聞いてみたかったのだ、きっと。

「ネクロ、マンサー……えぇ、聞いたことはあるわね。確か、死んでしまった人を生き返らせる人とか、そんなだったかしら」

「やはり、よくご存じで」

「でも、物語の中での話でしょう? 黒魔術とか、白魔術とか。骨董品の中にも曰く付きで語られるのよね、魔術が込められているとか、魔術のために使ったとか何とかってね」

「えぇ……でも、もし実際に存在するとしたら」

 プラメラは人差し指を顎に当て、視線を上に向けた。

「そうねぇ……」

「……」

「死者を生き返らせるなんて、どうかしてる。どんな理由にせよ、精一杯生きたその人の人生を冒涜している。私はそう思うな」

 プラメラの返答を聞き、ルリアはノクティの顔を見上げた。彼は、長く溜めて、

「…………そうですか」

と言った後、「参考になります」と締めた。能面のような顔に口だけを無理矢理、微笑ませていた。

「えっ、まさか、お嬢ちゃんの亡くなったお母さんを生き返らせようとしてとか、そんなことを考えているの?」

「いえ」

「ダメよぉ。お母さんが亡くなったことはとても残念だけど……だからって、貴方たちが得体の知れない魔術に手を出すことはない。貴方たちに何かがあったら、天国のお母さん、もっと悲しむと思うから」

「……」

「それ以前に、そんな魔術が現実に存在したら、だけどね」

「……えぇ、ただの興味本意ですから。それじゃ、お邪魔しました」

 ノクティはドアを開けた。

「またねぇ」

 室内から手を振るプラメラに、ルリアは会釈したが、ノクティは背を向けたままだった。ドアは静かに閉まった。

 

「ノクティ……」

 風車の建物から出て立ち尽くしてしまったノクティのコートを、ルリアは引っ張った。

 ノクティは少女を見ることなく呟いた。

「……彼女なら、そんな生き方もあるよねって、軽く言ってくれる気がしたんだ」

「……ん」

「そうだよなぁ……得体の知れない魔術だよなぁ」

 彼は冷笑する。

「……ノクティ。私も、欲しいと、思ったよ。それに、私は救われた……」

 ルリアの言葉に、ノクティは腰を屈めた。彼女の頭にポンッと手を置く。

「ありがとうな、励ましてくれて。でも、これで分かったろ。ルリアはネクロマンシーの力なんか手に入れちゃダメだ」

「……ん」

「得体の知れないやつに、なっちゃダメだ」

「……」

 あまりにも悲しそうな彼の表情を見ると、ルリアは聞くことができなかった。


(ノクティは、どうしてネクロマンサーになろうと思ったの?)

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