5ー2
風車の傍まで行くと、軋むような音を立ててゆっくりと羽根が回っていた。石造りの塔に、木造の屋根のある造りだ。周囲は砂利が蒔かれた円形の広場になっている。街の雰囲気とぴったりの建物だった。
塔の、羽根と反対側の位置に、入り口と思われる木製のドアがあった。ノクティはドアをノックした。応答はない。今度はもっと強く叩いてみた。
「……はーいっ!」
女性らしき声が聞こえたのは、室内からではなかった。彼らの頭上からだった。首を上へ向けると、ノクティの頭一つ分上に、逆さになった女の顔があった。癖毛のショートヘアで、丸眼鏡をかけている。
「うわぁあっ」
驚いてノクティは尻餅をついた。女の顔は、するするとルリアの顔の高さまで下りてくる。
「あーら、可愛らしいお客さんだこと」
そう言って女はニコニコ顔を作った。よく見ると、作業着姿の彼女の腰には、安全ベルトとロープがつけられていた。上で何かの作業中だったようで、蜘蛛のようにロープで下に下りてきたらしい。
女は逆さまのまま聞いてくる。
「何の用?」
「あ……その……」
明らかにしどろもどろになっている少女に、立ち上がったノクティが助け船。
「貴女が風車守の方ですか?」
「うん、そうよぉ」
「見てもらいたいものがあるんですよ。貴女がこの街で一番、物知りだと聞きまして」
「へぇ、それは嬉しいねぇ。ちょっと待ってて」
言うなり、女はロープを持って身体の向きを上下反対にする。そしてロープを使って壁を上っていった。細身に見えるが、腕力があるらしい。
女が塔の上の方にある窓から室内に入るのを、ノクティたちは下から見届ける。彼女の姿が見えなくなっても、二人共、首を上へ向けたままだった。
「風車守って、女の人だったんだな」
「……ん。勝手に男の人だと思ってた」
「しかも案外、若かったな」
「ノクティの好みだった?」
「オレはもっとスタイルいい方がいいな……って何言わせてんだよお前は」
二人が淡々とやり取りしていると、ドアが内側から開いた。
「どうぞーっ」
そこはワンルームの住まいになっていた。天井に伸びる木造の階段がある。簡単な台所と小さなベッド、丸椅子が二つ並んだ正方形のテーブルといった家具には、生活感があった。壁際には本棚と引き出し付きの棚も置かれている。中に入ると風車の回る音がいっそう強く聞こえた。
「さっきは驚かせてしまってごめんなさいね。羽根を回すための装置をちょっと調節していたのよ」
風車守は台所から、瓶に水と数種類の葉っぱが入ったものを持ってきた。テーブルに置き、更にコップも二つ持ってくる。それからルリアの顔の高さに視線を合わせ、問うた。
「ハーブティー、好き?」
「……飲んだことない」
「そっか。じゃあチャレンジしてみて」
「……ん」
ルリアはノクティの後ろに身を隠しながらも返事した。
「何この子、凄く可愛いじゃん」
「たぶん他人と話すの、あんまり得意じゃないから。こいつのことは気にしないでくれ」
「そういうことなら、そういうことにするね。さ、座って座って」
促され、ノクティは丸椅子に座る。ルリアも向かい側の席に続いた。
風車守は、ハーブティーを二人のグラスに注いでから、自分の分も用意し、ベッドに腰かけた。
「私はこの風車の管理を任されている、プラメラ=ウェント。貴方たちは? 明かしてもいい事柄だけでいいわ」
「オレは代行業者で、こいつがその依頼者」
ルリアは無言で頭を下げた。
「へーぇ。代行業者かぁ。そんな仕事もあるのねぇ」
プラメラは興味深げに二人を交互に見ると、
「それで? 私に見てもらいたいものって何?」
ありがたいことに無駄話も無く本題に入ってくれた。
ノクティはプラメラに、ここへ来るに至った経緯を簡単に話して聞かせた。ノクティがネクロマンサーであること、ルリアが瞬間記憶能力の持ち主であること、ルリアの母が殺されたこと、ルリアの生活環境などは除いて。
「……なるほどねぇ。死んじゃったお母さんの勤めていた図書館を探すため、代行業者さんにねぇ。意志が強くて立派なお嬢ちゃんだ」
穏やかな口調で言いながら、プラメラはルリアを見た。反対に少女は、睨みつけるくらいの眼光で風車守の女を観察した。この人が信用できる人なのかどうかと、見定めるために。
「私も本は趣味で読むから、図書館にも書店にも行くけど、貴方たちの探している図書館とは違うみたい」
「手がかりと言えば、こいつの持っている鍵くらいしかなくて困ってるんだ」
ノクティはルリアを親指でさした。
「それが、見せたいものね。見せて?」
ルリアが動かないので、プラメラが近寄っていく。どの鍵のことを言っているのか、すぐ分かったようである。
「ちょっと見させてもらうね、お嬢ちゃん」
言いながらルリアのコートについた鍵に触れる。このいい臭いは香水というものだろうか、とルリアは思った。
「んー……ごめん、もうちょっと近くで見てみたいから、ちょっと脱いでもらってもいいかな?」
「……ん」
ルリアがコートを脱ぐのを待つ間に、プラメラは引き出し付きの棚からルーペを探してきた。ルリアからコートを受け取ると、その場でルーペ片手に鍵を観察し始める。
「これ……作りは簡単だけど、特殊な鍵だね」
「分かるのか?」
「ちょっとだけね。私、骨董品とか見るの好きでさ、独学でそういうの勉強したり素材を調べたりもしてるの。このルーペもそのためのものね」
プラメラはノクティにルーペを掲げた。その様子を見ながら、ルリアは頷いた。
「この人の言ってること、ほんと。本棚にそういう本が並んでる」
ノクティは本棚に目をやった。さっぱり分からない。
「へぇ。お嬢ちゃん、物知りなんだね。本のタイトルで分かるんだ」
「……読んだことのない本もあるけど」
「いやぁ、立派よ。まだまだ小さいのに、骨董品に興味があるなんて」
「……興味は別にないけど」
「あら、そうなの?」
問いかけはするが、プラメラは再び鍵の観察を始めている。彼女はルリアよりも鍵への興味の方が強いようだ。さすが骨董品好き。
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