4‐2
にわかに彼が出した『相棒』という言葉。ルリアが「どういう意味?」と聞こうとした時――
「わっ」
彼女の頭頂部を何かがかすめていった。
「おぉ、丁度いいところに」
「な、何!?」
ルリアは頭を押さえながら空を見上げた。闇夜の月の下、何かが飛んでいるらしい。ルリアは注意深くうかがった。
ノクティは右腕を伸ばして口笛をひと吹きした。
それが合図だったのだろう、彼らの頭上を旋回していたものは、主――ノクティ=レイズスの腕に降り立った。
「鳥!?」
体長二十センチメートルほどの灰色の鳥――ソシィが、少女に翼を広げて見せた。
「こいつがオレの相棒、ソシィ」
ノクティの紹介に呼応するように、ソシィは「コーッ」とひと鳴きした。声量を落としている風だったが、遠くまで響きそうな声質だった。
ルリアは暗くて見づらい中、ソシィをまじまじと見つめた。脳内の鳥図鑑のページをめくってみるが、該当するものがない。
「……知らない種類の鳥」
「お嬢ちゃんが知らないってことは、本当に珍しい鳥なんだろうな」
「何ていう鳥なの?」
ルリアは目を輝かせてノクティに訪ねた。純粋に興味深かった。自分の図鑑に存在しない、目の前の鳥のことが。
「オレもよく知らないんだよな」
「え?」
ノクティはソシィを見つめながら過去を思い出す。
「代行業の仕事を始めてすぐの頃、コレクターの家に入ったことがあったんだ。そこのコレクションの一つだったのがこいつ。そのコレクター、裏で悪徳な取り引きとか事業に手を染めてて、動物実験もしてるって噂だった。こいつの元々の持ち主も不明だったし、依頼人とも相談した結果、オレがこいつを引き取ることになった。こいつもそれを望んでいるようだったし」
主の話の内容が分かっているのか、ソシィはまたひと鳴き。
「こいつ、凄く頭が良くてさ。伝書鳩の仕事を試しにさせてみたら、できるできる。都市部の私書箱を、依頼を受ける仲介地点にしていて、銀行も経由しながら、こいつは依頼主とオレとを繋いでいる。簡単な道案内もできるんで、依頼内容が近場だったら引き受けるって、そういう風にしてるんだ」
「へぇ……」
ノクティはソシィを載せていた腕を軽く振った。拍子にソシィが中空へ飛び立った。ルリアにもその姿が見えにくくなってしまったが、鳴き声は聞こえてくる。
「ソシィが、街はあっちだって言ってる」
先ほどルリアがさした方角をノクティは指さした。
「言葉が分かるの?」
「何となく、さ。それに、お嬢ちゃんが導き出した方向と同じだから、間違いないだろうって思ってね」
言いながらノクティは目配せした。
「さっさと行こうぜ。どうせ寝るならこんな所じゃなくて、街の土の方がいい」
倉庫で長いこと暮らしていたルリアには、別にどちらでも構わない問題だった。が、ノクティの、
「それに、一ヶ所に留まったことで、どんな獣が出るかも分からないからな」
という発言で、彼女は身体を震わせることになった。脳内に動物の知識が詰まっているからこそ。
そしてルリアは、迅速に身体の向きを街があるだろう方へ変えた。
「……早く行こ」
「おい、待ってよ、お嬢ちゃん」
今にも歩き出そうとする彼女を、ノクティは呼び止めた。振り向くルリアに手を出す。
「何これ」
「だから、手を引いてと何度も」
「絶対、ヤダ」
ノクティの人生の中で一番早いタイミングで繰り出された断りの言葉だった。
歩いている途中で、ルリアは彼に聞いてみた。
「ネクロマンシーで生き物に代わりに歩いてもらっちゃダメなの」
と。彼はこう答えた。
「むやみにネクロマンシーは使わない。亡くなった人間と同じで、生き物たちの死を軽い気持ちでは使わない。どうしても困った時に助けてもらう、そう制限してないとオレはただの死骸漁りだ。オレらがご飯を食べる時に、『いただきます』って生き物たちに感謝するのと一緒な」
彼の話でルリアは、歩くことに文句を言うまいと決めた。
街に到着したのは歩き始めて二時間後のことだった。何もない夜の荒野の散歩。目的地があるようで、それでいて、宛もない道を歩き続けるような気分。この二時間が、ルリアにはあっという間に感じられた。
会話をしていないとお嬢ちゃんが隣にいると実感できない、そんな理由で、ノクティは喋り続けた。今までにどんな仕事があったか、どんな街を訪れたか、どんな人と出会ったか。彼の話はルリアにとって、実に興味深くて、聞いていて楽しいものばかりだった。
ルリアは生まれ育った図書館とあの村以外、現実の景色を知らない。本の挿し絵や写真などで見た平面の景色と、ルリア自身の妄想の景色のみ。ノクティの話は、それらの景色を立体にし、より具体的にさせた。
何よりノクティは話が上手だった。ルリアに合った話のトーン、テンポ、ストーリーだった。始終、彼女を飽きさせることがなく、ルリアは純粋に、もっと彼の話を聞きたいと思った。
彼らが着いたのは、バローズという街だった。ソシィは街を上空から偵察している。
領域に足を踏み入れるまでもなく、ルリアの暮らした村よりずっと栄えていることが伺えた。さすがに都市部のような、経済が発達していることを誇示する大きい建造物や、工場などはない。この街も主たる産業は農業だ。
建物はほとんどが一階建てか二階建ての造り。どの建物も修繕の必要もない。木造の家の中に、石作りの家も混じっている。風の強いこの地方では、石作りの方が家の保ちがいい。煙突からは今も煙の出ている民家があった。街の中央にはシンボルとも言える風車が回っていた。動力になっているのは乾いた風か。道には街灯が立てられ、こんな夜中でも明るかった。貧困層の多いハトレア地方の中でも発展していると言えた。
当たりだ、とノクティは思った。ここなら宿の一つくらいあるだろう。街灯もありがたい。何より、ルリアが暮らしていた村より栄えているらしいのが良かった。栄えすぎていても良くない。彼女は農業をずっとやらされていたらしいから、ここでなら働き口もあるかもしれない。
今は閉店時間な商店の前で、ノクティはルリアを向いた。時間も時間なので、街中に人影はない。
「さて、お嬢ちゃん」
「……ん」
「ここでお別れだ。この街なら、お嬢ちゃんも生きていけると思う」
「……」
ルリアは俯いた。街に着いたらこうなるのだろうなと、彼女自身も予想していたことだった。
「お嬢ちゃんの家出を手伝った支払いとして、お嬢ちゃんの知識を貸してほしい」
「……ん。何?」
話すタイミングが無かったことも要因だが、今まで取っておいた話題なだけに、ノクティの手の平にも汗が出る。
「お嬢ちゃんは、本で読んで、ネクロマンシーを知った」
「……ん」
「そこに……ネクロマンシーの力を無くす方法は書かれていなかったか?」
「え……?」
家出の依頼と引き替えに彼が何を知りたいのか。ルリアはいろいろと想像していが、そのどれとも違う質問だった。答える前に、ルリアは問いかける。
「ネクロマンシーの力……いらないの?」
「おぅ。いらない」
彼はハッキリと言った。
「……どうして?」
「もういらないから。……そもそも、オレなんかが得るべきじゃなかったんだ」
「……」
ネクロマンシーの力が欲しい少女と、ネクロマンシーの力がいらないネクロマンサー。二人は、ちぐはぐだった。
「それで……知っているのかい?」
「……知らない」
「そうだよな。そんな反応に見えたよ。なる方法も知らないなら、無くす方法を知っているわけがないよな。教えてくれてありがとう」
「……」
目を伏せるルリア。教えたことなんてないのに。
「それじゃ、さっきも言ったけど、ここでお別れだ。後は一人で頑張れよ」
「……」
返事のない少女の顔を、ノクティは覗き込んだ。
「……大丈夫か?」
「……」
「お嬢ちゃん?」
「…………ヤダ」
「え? 何て?」
「……可能性は、ある」
「可能性?」
ルリアは首を上げた。真剣な顔つきだ。
「私のいた図書館に、私が入ったことのない部屋があったの」
「……!」
「どんな本が置かれているのかも分からないけど、いつも鍵がかかっていて、お母さんしか入ることができなかった部屋。私は入らせてもらえなかった。そこになら……あるかもしれない。ネクロマンサーの、もっと詳しいこと」
「……」
ノクティは思案した。彼女が図書館の本からネクロマンシーについて知ったことは事実だ。黒魔術、白魔術も知っていた。それらの基礎的な本があったのは間違いないだろう。
それ以上の、禁忌に触れる内容の書物が実際にあったとする。それらの本が、鍵のかかったその部屋にある可能性もあるだろう。見たもの全てを記憶してしまう娘に、危険な本を読ませないためだ。
ただ確証はない。そう、可能性があるというだけだ。ノクティの知りたい情報があるとは限らない。
「……この鍵は、その部屋の鍵かもしれない」
コートの鍵に触れた後、ルリアは改めて依頼した。
「私の
『お母さんを生き返らせて……っ!』
あの時は、ワラにもすがる思いで懇願してきたようだったが、今は違う。彼女なりの強い意志が感じられた。
ノクティは言った。
「……一つ、約束してほしい」
ルリアは頷く代わりに彼をジッと見る。
「もしもその鍵が図書館そのもの、もしくは秘密の部屋の鍵だったとして。その部屋に、ネクロマンシーに関する詳しい記述の本があったとして」
「……ん」
「お母さんを生き返らせてと、二度と言わないこと。これが依頼続行の条件だ」
「!?」
ルリアは目を見開く。何か言いたげに口を動かすが、それをノクティは遮った。
「オレはお嬢ちゃんのいた図書館を一緒に探す。それはオレが図書館の本を読みたいから。ネクロマンシーの力を無くしたい、それが目的だ。それが支払いでいい。だけどお嬢ちゃんは、お母さんを生き返らせるためではなく、お母さんと過ごした場所に戻るためだと、それを一番の理由にしてほしいんだ」
「……」
「君にオレと同じ道は辿ってほしくない」
ノクティは彼女の瞳に訴えた。
ルリアが返事をするまで、数十秒は要しただろう。ノクティは彼女から視線を外すことなく、言葉を待った。
「……ん」
辛うじて聞き取れた。
ノクティはにんまりと笑うと、右手の平を立てて彼女に向けた。ハイタッチを求めて。
「よし、お嬢ちゃんの図書館、探すぞ!」
しかし少女は「違うっ」と首を振る。
「え、今更、依頼を変える気か!?」
「違うっ、ルリア」
「へ?」
「ルリア」
「ああ……」
お嬢ちゃん、ではなく、名前で呼べ、ということらしい。ノクティは苦笑しながら言った。
「分かったよ。ルリア、まずは宿探しだ!」
「……んっ」
ルリアは背伸びして、ノクティとハイタッチした。
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