2ー1

「いやぁ、助かったー。寝場所だけじゃなく、飯まで貰えるなんてなぁ」

 ノクティは握り飯を頬張りながら歓声を上げた。

俵の上に腰かけている、色素の薄い少女――彼女は自分のことを、ルリア=フリークと名乗った――は、口元に人差し指を当てた。彼をジッと見る目は、睨んでいるものと思われた。

 ルリアのコートは、一番上の合わせボタンが南京錠と鍵になっている、変わったデザインのものだった。コートの下に黒衣とブーツが見えている。

「おっと、わりぃ。大声は禁物、だったんだよな」

 ノクティは声量を小さくし、謝るつもりでウィンクしてみせた。

 二人は薄暗い倉庫に移動していた。五畳ほどの小さな空間だ。麦俵やワラが無造作に置かれ、灯りは天井から吊るされたランプしかない。ノクティには足りない照明だったが、話すことが目当てであるので、その乏しい灯りでお互いの顔を見られるだけでよかった。


 彼らの出会いは、数十分前に遡る。


 ルリアはノクティに偶然ぶつかったのではなかった。意図があって、わざと接近していたのだ。

「お母さんを生き返らせて……っ!」

 そう言う少女の顔は、必死に何かを懇願していた。瞳にはノクティの頓狂とした表情が映っていた。

「お、お母さんを生き返らせてって、どういうことだい、お嬢ちゃん?」

 少女の両肩を持って自身のコートから引き剥がしたノクティは、膝を軽く曲げて中腰になった。少女の背の高さに合わせたのだ。

 少女はノクティを真っ正面に見て、質問に答えた。

「死んだ人を生き返らせることができるんでしょう?」

「――っ!」

 ノクティは虚を衝かれたように口を結んだ。何でそのことを知っているのだろう、と頭によぎってすぐ、先ほどまでの大男とのやり取りを見られていたのだろう、と思いついた。

 村はずれなら他に人もいないだろう、と彼は考えていた。自分と盗賊の頭以外に人はいないと、周囲を確認したつもりでいた。

 浅はかであった。大男との一件を見ている人間があそこにいたとは。

 ノクティは唾を一度飲んでから言った。

「……お嬢ちゃん、何を言っているんだい?」

「子ども扱いしないでっ。私、ちゃんと見たんだからっ」

「見たって、何を……」

 試すつもりで聞いた。

「お兄さんが、地面から骨を出していたところ。それから、その骨を操り人形みたいに操って、おじさんを襲ったこと」

「おぅ……」

 何も言えない。一から十まで見られているじゃないか、とノクティは自分に突っ込んだ。ここまで完璧に見られてしまっては、誤魔化す方法も思いつかない。

 だが彼を一番驚かせたのは、次の言葉だった。

「私、知ってる。あの骨は、ギガノトサウルスだった」

「えっ?」

 彼女の言った名詞が、恐竜の名前だと分かるのに数秒を要した。

 正直なところ、ノクティは勉学に関して自信がなかった。学校もほとんど通っていない。それでも、生きていく上で必要最低限の知識くらいは身についていると思っている。彼自身、不便に思ったこともさして無かった。

 そんな彼でも恐竜くらいは知っている。二億年以上前に存在していたとされるセキツイ動物。男の子なら少なからず憧れる存在だろう。彼が以前初めて地上に出現させた時、彼自身かなり興奮したものだった。

 一番有名であろう『ティラノサウルスレックス』の名も知っている。だから『サウルス』と聞いて、すぐにではなくとも恐竜の種類だと察することはできる。ましてや、今の話題は地面から恐竜の骨を出したことについて、なのだから。

「ぎが……何だって?」

「ギガノトサウルス」

 少女は無表情で言ってのけた。

「どうしてそう言い切れるんだい? 骨だけじゃあ、種類が何なのか分からないじゃないか」

「骨を出していたことは認めるんだ」

「……」

 小さいなりで頭のキレる奴だ、とノクティは心で毒づいた。

 彼も彼で、彼女の発言に少なからず動揺していることは間違いなかった。ここに第三者が現れてこの会話を打ち切ってもらえないだろうか。ほのかな期待は持ってみる。周囲に一瞬だけ視線を動かしてから、ノクティは口を開いた。

「……オレがお嬢ちゃんの言う通り、骨を出すやつだとしよう。それでお嬢ちゃんは、どうしてあれがその、ギガ何とかザウルスだと――」

「ギガノトサウルス」

「そう、それね。あれがそれだったと、そこまで言い張る根拠を聞こうじゃないか」

 ノクティは背筋を伸ばした。少女に挑戦するつもりで、腕を組んでみる。

 しかし少女は変わらず表情を崩さない。

「本で見たから」

「本?」

「一度見たものは忘れない。恐竜の本と骨の本を読んだことがある。そこから骨格と大きさの合う種類を探しただけ」

「えっ……?」

 一度見たものは忘れない。彼女は確かにそう言った。

 恐竜に関する本と骨に関する本、二つの内容を総合して合致する種類を探し当てる、本当にそんなことが可能なのか。大の大人でも難しい行為ではなかろうか。

 ノクティは少女の顔をうかがった。

「お嬢ちゃん……何者?」

「お兄さんこそ」

「……」

「……」

 二人は互いに見詰め合った。どちらが先に口を割ろうか、互いに見極める。鼻息も荒くなった。

「……」

「……」

 ほんの数秒だったかも知れないし、何十秒もあったかも知れない。時間感覚も麻痺してくる沈黙。そんな二人の間を割ったのは――


 ぐぅぅぅ……


 ノクティ=レイズスの腹の虫だった。

「……」

 少女は目をパチクリさせている。何の音だ、と思ったかもしれない。

 急に抜けてしまった緊張感に、ノクティは吹き出した。

「ぷはっ! くっ、わりぃわりぃ、お嬢ちゃん」

「っ」

「オレ、実は腹ぺこなんだ。この村、すぐに退散するつもりだったから、飯処も今夜の宿も考えてなくてさぁ。昼間から盗賊ともやり合って、疲れも溜まっているような気がするんだけどなぁ……?」

 ノクティはニヤニヤしながら少女の顔を見やった。

 少女は何かを悟ってか、一瞬、逡巡した表情を見せた。半歩、足が後退する。押し勝てそうだと睨んだノクティは、歯を見せて笑った。

「お嬢ちゃんち、お邪魔していい?」

「なっ!?」

 少女の頬が一気に紅潮する。狼狽していると見えた。恥ずかしいという感情が素直に出てしまう辺りには幼さが感じられた。

 初対面の、しかも子どもに向かって何を言っているのだと思うかもしれないが、ノクティは大真面目だった。彼女ならきっと許してくれると、確信があった。

「困ってるんだよぉ、ここには泊まれそうな所がなくて。お嬢ちゃんちに泊めてくれたら、それはそれは助かるなぁ、と」

「わ、私のうちは宿屋じゃありませんっ」

「でもここで会ったのも何かの縁じゃん? オレを招き入れるのが筋ってもんじゃないかねぇ」

「意味が分からないっ」

「怪しいもんでも何でもないぞ? オレはただの代行業者だから」

「だい……こう?」

 『代行』という単語が咄嗟に浮かばなかったのだろう、虚を衝かれたように、少女は口を丸くさせた。

「でもお兄さん……ねくろ――」

「ちょっと待ったっ!」

 ノクティは少女の口の前にバッと右手を出し、彼女が続きを言うのを制した。左手の人差し指を自身の口の前に立てる。

 やはり彼女は知っている、ノクティは悟った。

「それはここで話すような内容じゃない」

 ノクティは少女に目配せした。視界に数人、村民の姿が入った。少し騒ぎすぎたか。

「お嬢ちゃんもまだ、話したりないでしょう?」

「っ」

「それに……」

 ひと押しすれば食も住も提供してくれると決めこんだノクティは、

「オレに何かお願いしたいことがあるみたいだったし」

と続けた。むしろノクティにとっては、食云々よりもこっちの方が重要だった。

 彼女が一言目に何と言ったか、忘れたわけではない。お母さんを生き返らせて――その意味を知りたいから。それ以上に、少女にかつての自分を重ねて、ノクティは彼女に惹かれたのだった。

 彼女は昔のオレと似ている。

 もっと彼女と話したい――

 ノクティの言葉が効いたのか、少女は小さく頷いた。

「……ん。来て」

 

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