第3話
昔話の続きを話そう。
路地裏で殴り倒された彼は、梶原に連れていかれた後、折原という名を与えられる。
梶原は折原を鍛え上げた。身に付けさせたのはボクシング。彼が最後に放ったクロスカウンターに、天性のものを感じたためだ。
目を閉じれば、あの白い絶望を思い出す。カメラのフラッシュと意識が潰えた光景は、折原を焼き焦がし続けていた。
それを振り払うかのように、彼は己を鍛え続けた。用意された相手を倒して、倒して、倒し続けて。遂にその日常も終えた頃、新たな指命が与えられる。梶原に警察官になれ、と告げられたのだ。
その日を境に彼は、ディック・マンと呼ばれるようになった。警察の弱みを握るために罠にはめ、時に警察の情報を梶原に流す。陥れた人間は数えるのも馬鹿らしくなるほどだ。
しかし、それだけでは警察の上層部との縁は作れない。警察官としての実績を積むために、青蜥蜴の末端の組織を幾つか潰したこともある。
そして、折原に近づく者は誰もいなくなった。
******
折原は、グローブをはめると両腕を上げて構えをとる。左手でこめかみを、右手で顎を防御するような構え、下半身では常に両足のかかとを浮かせる。
神崎ひかげは股の疼きに戸惑っていた。いつもは感じない違和感にやりにくさを感じる。原因はオットセイの酒。それは、性欲を喚起させる効能がある。折原が人を嵌めるためにもよく使用するその酒は、その効能が故に販売が禁止されたものでもあった。
折原はジャブを放つ。神崎ひかげとの距離を測るためだ。自分と神崎ひかげの生物としての差を。
折原の左手に残された感覚は人間のそれではなかった。薄い肉に覆われた鋼鉄の柱。それが折原の抱いた神崎ひかげの印象である。
神崎ひかげはジャブを喰らうも、股の違和感の方が気になっていた。男性諸氏にはお馴染みのあの感覚。チンポジに違和感があるような、その感覚が戦闘に意識を集中することを阻む。そのせいで、折原にまた先手を譲る事になった。
折原は、ジャブとストレート。ダブルで右ボディを当てる。そこまでもらって漸く神崎ひかげは反撃に出た。豪快な左フック。しかし、折原は既にその場から逃れていた。
折原は、神崎ひかげを中心に回りジャブを浴びせ続ける。側面。そして、後頭部。試合であるのならば、反則を取られるそれを躊躇なく放つ。しかし、神崎ひかげには通じない。
神崎ひかげは戸惑っていた。ボクシングのフットワークと多様な攻撃を素人のひかげでは捕らえることは出来なかった。それでも持ち前の頑丈さで凌ぐ。
折原は戦術を変える決意をした。神崎ひかげには、全力の強打でなければ脳を揺らすことは叶わない。故に、前傾姿勢に切り替えた。
折原は真っ直ぐに神崎ひかげに向かっていった。警戒した神崎ひかげは両腕を広げて掴みに掛かる。自分なら拳の打撃程度は耐えられるとの確信から、防御を捨てた攻勢に出た。
ぐちゃ、と鼻が潰れた感覚が神崎ひかげを襲う。真っ直ぐ懐に入ってきた折原は、ひかげの鼻に頭突きをかました。激痛が神崎ひかげの動きを遅らせる。折原は、掴みにきた神崎ひかげの左腕の下をダッキングで交わし、左アッパー、そして、後頭部への右フック。最後に腎臓へと打撃を入れる。
折原は神崎ひかげと距離をとった。一撃でも貰えば殺される。しかし、こちらは全力で削り続けるしかない。折原にとってもまた、一息入れる間が欲しかったのだ。
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