第13話 令嬢達のお茶会

 温かい紅茶の湯気と、香ばしい焼き菓子の匂い。

 今日のフルールは、ブランジェ公爵邸に同窓生三人を招いてお茶会をしている。


「はい、これ卒業旅行のお土産」


 オーケルマン伯爵令嬢ベルタが大きな包みを渡す。


「ありがとう。何かしら?」


 うきうきと包みを開いたフルールは、「まあ!」と驚喜の声を上げた。


「素敵なキルトね! 嬉しいわ」


 雪の結晶の刺繍の入ったキルトの膝掛けを、早速スカートの上からふんわり掛ける。


「卒業旅行、どうでしたの? ベルタのご実家に滞在したのよね?」


「そう! 素晴らしかったわ。ご領地にはまだ雪が残っているのよ。わたくし、雪合戦したの初めて!」


「温泉も最高だったわ。見て、お肌つるつるよ。フルールも来れたら良かったのに」


 バイヤール伯爵令嬢サラとグラニエ侯爵令嬢コンスタンスも次々と褒め称える。


「まあ、雪と温泉しかない土地だけどね」


 ベルタは照れたように頭を掻くが、満更でもなさそうだ。

 オーケルマン伯爵領は王都の北に位置する豪雪地帯だ。王都は一年中気温差があまりないが、山一つ越えた地方の領土はまるで別世界だ。

 フルールは在学中はこの三人と行動を共にすることが多かった。気の置けない親友達だ。


「でも、王都から領地うちまで片道十五日、滞在が十日だから、ほとんど馬車に揺られていた気がするわ」


 自分の家の領地の遠さを嘆くベルタ。旅は楽しいが、移動時間がネックだ。


「それに、本当にフルールが来れなくて残念。フルールが行くなら、伯爵領うちじゃなく国外旅行にしたのに。外国語ペラペラだから」


「そんな、わたくしが喋れるのは隣接五カ国の言語だけよ。それも日常会話がやっとで、ビジネス会話はまだまだお勉強中で」


「……外交じゃないんだから、日常会話で十分よ」


 謙遜するフルールにベルタがツッコむ。元王太子妃候補は有能だった。

 この卒業旅行には勿論フルールも誘われていたが、王宮入りが決まっていたので泣く泣く諦めたのだ。その後、婚約破棄でゴタゴタしてしまったが……。こんなことなら行けばよかったと切なくなってしまう。

 だって、学園で毎日笑い合っていた令嬢達は、卒業後それぞれの道に進んでしまうのだから。


「こうして四人で会うことは暫くないわね」


 しんみりと呟きながら、サラがティーカップをソーサーに戻す。彼女は西に領地を持つ伯爵家へ嫁ぐことになっている。一人娘のコンスタンスは婿を取り、ベルタも大臣の息子との縁談が進行中だ。

 この国のやんごとなき女性達は、学園を卒業する頃には結婚相手が決まっているのが普通だ。家庭を持てば、一人で出歩くのも難しくなる。


「でも、離れていてもわたくし達の友情は不滅よ! 手紙を書くわ。困った時はいつだって力になるわ!」


「ええ、わたくしも」


 力説するコンスタンスに、フルールは笑顔で頷く。学生時代の友達は宝だ。顔を見るだけで、あの日の自分に戻れる。


「この中ではわたくしが一番結婚式の日程が早いと思うの。みんな来てくれるかしら?」


「ええ、勿論」


「万難を排して」


「楽しみにしてるわ」


 サラの言葉に、三人が口々に同意する。それから暫し結婚談義に花を咲かせてから、


「そういえば」


 ベルタが不意に切り出した。


「どうやらグレゴリー殿下とメロディ様、破局したらしいわよ」


「え!?」


 衝撃のニュースに、サラとコンスタンスはソファから身を乗り出す。フルールもティーカップに口をつけたまま固まった。


「どうして!?」


「詳しいことは解らないけど、グレゴリー殿下は城内で謹慎中で、メロディ様は今は領地に連れ戻されているって」


 食いついたサラに、ベルタが答える。


「メロディ様はこれからが大変ね」


 コンスタントが憐れみのため息をつく。

 あんな形で婚約者持ちの男性を奪った令嬢に、今後まともな縁談が来るとは思えない。


「グレゴリー殿下も地位も危ういわよ。王国府の中ではセドリック殿下第二王子派の貴族や官僚が増えているって」


 情報通のベルタが重ねて教えてくれる。


「でも、全部自己責任よね。フルールを傷つけた罰よ!」


 ね! とサラに同意を求められて、公爵令嬢は曖昧に微笑む。


「わたくしにはもう関係ない方々の話だから。でも……あんまり不幸すぎると夢見が悪いから、わたくしの見えないところで幸せになってて欲しいわ」


 のほほんとした渦中の人の一員の回答に、三人の令嬢は顔を見合わせて……。


「フルールらしいわ」


 と苦笑するしかなかった。

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