第14話 ユージーンの贈り物

「それでは、いってまいります」


「よろしくね」


 封筒の束を持って公爵令嬢の部屋を後にする執事エリックを見送って、文机に齧りついていたフルールはぐんっと両腕を伸ばした。


「また恋文のお返事ですか?」


 エリックと入れ替わりに入ってきたメイドのカトリーナがローテーブルにお茶の用意を始めたので、フルールも文机からソファへと席を移す。


「わたくし、やんわりとお断りする文言を五十種類は使えるようになったわよ」


「了承の言葉はないのですね」


 疲れたため息をつく令嬢に苦笑しながら、メイドはカップに紅茶を注ぐ。


「今日のお菓子は南大通りのパティスリーの焼きメレンゲですよ」


「あら嬉しい。わたくし、メレンゲ大好き」


 皿に盛られた白く軽い焼き菓子に、フルールは手を合わせて喜ぶ。卵白と砂糖を泡立て焼いただけのシンプルなそれは、口に入れるとシュワッと溶けてとても美味しい。

 嬉しそうにメレンゲに手を伸ばす令嬢に、カトリーナはクスリと笑った。


「なぁに?」


「いえ、失礼しました」


 不思議そうに首を捻るフルールに、メイドは笑顔を抑えられぬまま、


「そのメレンゲ、セロー侯爵様からのプレゼントですよ」


「!」


 フルールはメレンゲを摘んだまま静止する。


「ほーんと、セロー様はフルールお嬢様の好みを解ってらっしゃいますよね。他の方のプレゼントは、定番だったり流行り物だったり、『女性にはこれを贈っておけば外さないだろう』的な物ばかりなのに。セロー様のプレゼントは必ずお嬢様が喜ぶお品なんですもの」


「そんな……」


 俯いてモジモジする令嬢が可愛くて、カトリーナはニヤニヤが止まらない。


「食べ物もそうですが。女性への求愛のプレゼントに多肉植物の寄植えを贈ってくる方ってそうはいませんよ。他の皆さんは薔薇や百合なのに」


「あ、あれは、嬉しかったわよ。わたくし、校外学習で植物園に行った時に初めて多肉植物を見て、あのぷっくりとした葉っぱの愛らしさにすっかり魅了されて」


「……で、それを見ていたセロー様が当時のことを覚えていて、お嬢様にプレゼントしたのですね」


「……」


 ユージーンの贈ってくれた寄植えは、公爵邸の温室の一番日当たりの良い場所に置いてある。

 手の中の焼きメレンゲを見つめてぼんやりするフルールに、


「そろそろ了承の手紙を書いてはいかがですか?」


 カトリーナが背中を押す。


「で、でも、わたくし、まだ誰かとお付き合いするなんて……」


「まだお付き合いしなくていいんですよ。デートするだけです」


「でででデートぉ!?」


 フルールはソファから飛び上がる。


「け、結婚前の女性が殿方と二人で会うなんて……」


「結婚前だから会うんですよ」


 むしろ、結婚後に伴侶以外の異性と二人で会う方が問題だ。


「でも、わたくし、ユージーン様のこと、何も知らなくて……」


「知らないから、会うんです」


 どこまでも奥手なお嬢様を、恋愛面では一日の長があるメイドが諭す。


「会って、相手がどういう人か見定めて、それからお付き合いするか決めればいいんですよ」


「でも、そんな風に相手を選定するのって失礼じゃなくて?」


「全然。相手だって選定してきますもん」


 カトリーナはけろりと言い放つ。


「相手も自分も、条件や価値観が合う人を選び選ばれ、お付き合いに発展するのです。相手にも自分にも選択肢がある、それが自由な恋愛ですよ」


「そう……なの?」


 カトリーナの考え方は進歩的すぎて、経験値の低いフルールにはついていけない。


「とにかく一度会ってみてはいかがですか? セロー様のこと、気になっているのでしょう?」


「それは……」


 ……気になっていないといったら嘘になる。

 ユージーンはフルールのことを色々知っているのに、彼女は彼のことを何も知らない。


(知らないまま悩むより、知ってから悩んだ方がいいわよね)


 冷めた紅茶を一気に呷って文机に戻る令嬢を、メイドは微笑ましく見守っていた。

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