幕間 猛獣帰還せず
ミストルティアの玉座の間を、重い沈黙が満たしていた。邪王ヴォルディガの座るミスリル製の玉座から冷気でも吹き出しているのではないかと思うほど、寒い。
「グロティガは帰らんか」
猛獣魔将グロティガにクレイモル攻略を命じてから3日が経った。普段であれば最早事は終わり、そうでなくてもグロティガの飛ばした連絡用の鳥が来ているはずだが、それも無い。
「死んだのだろうか……」
静かな口調で、自らの予想を声に出したのは魔将総長サーガである。真銀王の剣によってつけられた傷はもう痛まなくなっていたが、しかし予想外に傷が深く、その腕には未だ生々しい傷痕が刻まれている。
その語気に含みは無く、心から戦友の身を案じている風だった。サーガもグロティガも武人肌のバルバロスである。お互いがお互いを牽制し、蹴落とそうとすることも茶飯事の蛮族社会、ひいては魔将達の中でも、二人には通じ合うものがあったのかもしれない。
「敵地に行って帰ってこないということはそういうことだろう。しかし、ヤツの性格なら私達と戦いたくなって敵側についたということもあり得るな」
普段多くを語らず、殺戮と戦闘のことしか考えていないと言われる黒騎魔将アワンですら、グロティガの未帰還を惜しむような言いぐさだった。更には、邪王の前に跪き、進言する。
「邪王様、命じてくだされば、グロティガの仇、討って参りますが。ヤツが寝返っていたら、その首も持ち帰りましょう」
血と死と炎の色をした瞳が邪王を見据える。深い憎悪と妄執に囚われたそれは、対峙する者に有無を言わさぬ圧がある。当然ながら、それに屈する邪王ではあるまいが。
「良い。しばし真銀の国の王子達については放置する。先んじてミグドノレシアには命じたが、ここを新たな拠点として、地方全体を支配していく。お前もギギナールの攻略に乗り出せ。サーガ、お前も手伝うと良い。あの国の王はかつて蛮王を下したと言われる男だ、容易ではあるまい」
「「はっ」」
命令を聞き届け、二人の魔将は退室する。部屋には邪王と造物魔将バレトだけが残された。
「裏切り、寝返り、仇討ち……どれも私には理解出来ぬものですな。これだから感情を持つ生き物は」
平坦な声で、邪王の傍に控える造物魔将バレトが言う。感情が無いと言うが、その言葉には明らかに侮蔑と嘲笑の意味合いが込められているように聞こえた。
「バレトよ、それは違う。感情を持つのが悪いのではない。感情を制御出来ぬのが悪いのだ。感情を制御出来ぬ者は、どこかで致命的な失態を演じる。ふ、さて、余にあれだけの憎しみの目を向けた王子に、果たしてそれが出来るかな……?」
くつくつと笑う主を見ながら、造物魔将はやはり、人やバルバロスの感情は理解出来ぬと思った。
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