第9話 恐機雌伏~the Standby horror~
1.
人の喧噪が賑わう昼間の公園。
平日ながらも親子連れや昼休憩にやってきたOLなど
様々な人々の往来が活発としている。
そんな中で風景にも溶け込めないとも言える様な違和感を
一ヶ所だけ存在していたが不思議と人々はそのことに
気づかない様に普段通りの行動を行っていた。
違和感の存在は騎士風な中世の意匠を思わせる格好の長身の男性で
複数人が座れるベンチに座ることなく柱の様に微動だにせず
仁王立ちの様でその場に立ち留まっている。
その隣でベンチに座っている青年は銀髪で白を基調とした色合いを
除けばごく普通の服装という感じなのも余計に引き立たせた。
銀髪の青年は立っている青色の騎士風の男に声を投げる。
「失敗したようだねナイトメア」
「―――申し訳ございません」
「いや、失敗したことに関しては別に気にはしていないよ。―――――だけどボクは言ったはずだよ。【デモンデウス】となった彼と戦えと」
穏やかな口調とは裏腹の冷たく鋭い刃物の様な感覚を与える様に青年―――レイアムはそうナイトメアと呼ばれた騎士に冷たい感情の言葉を突き刺す。
青き騎士は直立不動のまま微動だにしない様子でレイアムの言葉に反応する。
「御命令を無視したことに関しては言い訳はしません。ですがかの魔神へと至る術(すべ)を有した人物ということで変身前の実力が如何ほどか試してみたく、出過ぎた真似をしました」
「確かに、キミはそういう性分だったね」
「―――しかし、あの警官を野放しにしたことはよろしかったので?」
「構わないよ。力無きものが事実を知った所でそれでどうにかなるということはないよ。よしんば動きがあっても小さき力では微々たるものでしかない」
ナイトメアの疑問にレイアムはそう淡々と答える。
その言葉の通り、今会話をしている二人に対して周囲の人間たちは疑念どころが
彼らに対して興味や関心がないといった感じにただいつも通りに過ごしていた。
ネットなどにしてもこれといった騒動などは幾度もあったがそれが尾を引いている様な感覚は気付けばすぐに薄まっていった。
“そういう風”に“法則”が動いているとレイアムから以前説明はあったが
どういった原理なのかは依然として判らず、レイアムもそれ以上の言及をしなかった。ただそれならそれで問題として思わなかったのも己を含めた【ゲベート】全体の総意でもある。
「まあ、デモンデウスと戦うことをしてくれるのであればボクは特にキミらを咎める気はないよそういう約束をしたからこそ今に至るということもね」
「ご配慮いただきありがとうございます。我らもまた尽力を持ってかの黒き魔神への対応をする所存でございます。」
ナイトメアの言葉にレイアムは笑みを浮かべてベンチから腰を上げると同時に上へと見上げる。
その視線は空というよりもそのはるか先を見ているかのようであった。
そしてその目は怒りとも哀しみとも違う、“虚ろさ”を見せていたことをナイトメアは見るもその意味を理解することはできなかった。
2.
ここは郊外の病院とその敷地だった場所。
様々な理由から廃院となり、それ以降も数多の理由が原因で野ざらしで放置され閉鎖した禁区。
誰もいなくなって久しい閉鎖された廃病院に重い銃声が鳴り響く。
「キシャアアアアアアアアアア!!!?」
悲鳴を上げると同時に地面へと倒れ伏す機怪化獣。
大型の黒い拳銃を構えたゴウは無表情のまま、更に発砲し、その場に複数の機怪化獣たちを粉砕していく。
周囲には機怪化獣だった残骸が散乱し、それをケンが調べていた。
銃を納めながらゴウはケンの方へと視線を向ける。
「おい、どうした?」
「これを見てみろ・・・」
ケンに促されるままにゴウは彼女が見ていた機怪化獣の残骸を見る。
生物と機械が融合した異形の怪物。
その異様な形状はひとえに生命の冒涜とも言っても過言ではない。
「ただの機怪化獣の残骸だろ・・・コイツがどうしたってんだ?」
「今までの機怪化獣は“残骸”を残していたか?」
ゴウの言葉にケンは疑問を持って投げ返す。
疑問に引っ掛かりを覚えたゴウは今までの機怪化獣の“最期”を振り返ってみる。
自分達がこれまで倒してきた機怪化獣は巨大化を含めても全て“塵”の様に崩壊していた。
だがこの廃病院で戦った機怪化獣たちはそのほとんどが残骸を残している。
無論、完全に残留している訳ではないがそれでもほとんどの形を残しているのが確認できる。
また、今までの機怪化獣と違って何かしらのパーツが更に組み込まれたのか様に
不自然なパーツも残骸からは散見されていた。
「―――誰かが手を加えているって言いてぇのか?」
「そうだ。ヒトに付与することで異形の怪物としていた機怪化獣に更に何者かが手を加えたのがこれだ」
「―――――」
ゴウはかつての光景と記憶がフラッシュバックする。
かつての共に過ごした者たちの変わり果てた姿。
自分自身も異形の怪物へと身体が変わり始めていった恐怖。
そして自分らを見下ろす様に視線を落としていたレイアムの姿が浮かび上がった。
こみ上がる怒りに拳を強く握りしめ、歯を喰いしばるもそれらの感情を抑えながらケンに言葉を投げる。
「それでこんなことをやらかすヤツは誰だ。レイアムか?」
「いや、既に変容した存在に更に手を加えるということをわざわざする男とは思えない。というよりもこんなことをしたヤツは人間であるならば最低の部類と考えた方がいい」
ゴウの質問に否定の答えを出しつつもそれを行った者の見解を出すケン。
しかし白き魔女の表情には感情はなく、言葉もまた冷淡にただ答えを口に出していた。
「レイアムじゃねぇってことは」
「以前、おまえが戦ったというレイアムの部下の仕業だろうな」
3.
ゴウはナイトメアとの交戦を思い出す。
騎士を彷彿とさせる電気を伴ったゲベートの幹部、“恐怖を与える者”ハンティング・ホラーズの1人。
以前にも戦ったカイテンという破戒僧と同じく人間を逸脱した異形の魔人達。
しかし、あの魔人たちが他の機怪化獣に更に手を加えるかというと疑問が生じる。
レイアムもまたそうだ。
目的が漠然として掴み所がわかっていないがあの男がそんな所業をわざわざする理由がない。
だとすれば彼ら以外のハンティング・ホラーズに属する者が手を出していると考えるのが自然か。
「どっちにしろ、碌なヤツじゃないのは確かだな」
「ああ、相当に根が腐り切ってるとも言えるな」
険しい表情で言うゴウにケンもまた表情を無く、冷徹な感情で返答する。
そこに別の方向から彼らとは異なる声が聞こえてきた。
「そいつぁYO~褒め言葉として受け取らせてもらうゼ~!」
声が聞こえたと同時にゴウとケンは同時に声の主がいると思われる方角へ向き発砲する。
鈍く重い激突音と共に「あいでぇ!?」という声がそこから響くと声の主がその姿を現す。
「いってぇじゃねぇかYO!?挨拶としちゃあ中々に強烈だがYO~?」
のっそりと姿を現したのは丸眼鏡状の黒いサングラスにパンクファッションと呼ぶべき奇天烈な格好と筋肉質というよりも肥満体に近い巨体だった。
頭部の額部分に当たったのか左手で抑えながら二人を睨み付ける巨漢の男。
「何者だ。と言わなくとも先ほどの発言からしてこの機怪化獣に手を加えた張本人か」
「ご明察ヨ~。名乗りが必要なら名乗るゼ。俺サマはハザード。ゲベートのハンティング・ホラーズの1人で組織随一のイケメン技術屋YO~!!」
ケンの質問に複数本の葉巻を咥えていた口から盛大に煙を吐くハザードは嬉々として自己紹介する。
「イケメンって面構えかよ・・・奇怪なドマンジュウと言った方がまだマシな部類だぜ」
「ガッハッハー!!俺サマのカッコよさに嫉妬してるってか~?喜んでるならサイン要るか~?」
「ンなこと、一言も言ってねぇ!あと誰が喜ぶか!!」
ガッハッハと高笑いをするハザード。
口から大量の煙を吐き出しながら不敵な笑みを浮かべつつゴウたちを見る。
ゴウとケンもまた睨み続けながら警戒を強めていく。
「まあそんなに殺気出すなや。今はおまえらと殺る気はねぇヨ」
「それを信じろという保証はどこにもあるまい」
「ハッハー確かにその通りだな!」
ケンの言葉にその通りとばかりに高笑いで返すハザード。
無防備に近い様子ではあるがそれでも迂闊に攻撃を躊躇うぐらいにはハザードには薄気味悪さを感じさせる何かもあった。
ゴウはそんな感じをカイテンやナイトメアといった先ほど戦ったハンティング・ホラーズとはまた違った脅威を感じ取っている。
「さてお喋りも中々いいがそろそろ失礼させてもらうぜ~」
ハザードの動きにゴウとケンは武器を構える。
「逃がすか!!」
「備えはしてるんだぜ~?」
フィンガースナップと同時に地響きと共に天井を崩しながら巨大な異形の腕が現れる。
崩れてた天井の穴から巨大なしかし今までとは異なる雰囲気を醸し出した機械化獣が2体、こちらを見ていた。
ハザードは高笑いしながら嬉々として説明する様に喋り出す。
「俺サマが手を加えた改造強化機怪化獣だ。精々可愛がられてきな!!」
捨て台詞の様に言いながらその場から消え去るハザード。
それに呼応する様に改造機怪化獣は咆哮を上げる。
4.
「ゴウ、とにかくまずは2体だ」
「わかってる。クソ、ふざけた野郎だぜあのダルマ!!」
ケンに答える様にゴウは手を頭上にかざすとその姿が揺らぎ、光に包まれると同時に廃病院を破壊しながら巨大な鋼の巨人が姿を現すと同時にデモンズハーケンで機怪化獣を切りつける。
上半身を真っ二つになった機怪化獣はそのまま崩れ落ちるかと思いきや、目をこちらに睨み付かせるとだらんとしていた腕を物凄い速さで振り回し、デモンデウスを吹き飛ばす。
『グッ!?』
バランスを崩しながら後退するデモンデウス。
その隙を逃さない様にもう一体の機怪化獣が口を始めとした身体中のいたる所からガトリング砲を出現させ、デモンデウスに向けて乱射し体勢を崩し膝を付いていたデモンデウスへと無数の弾丸が襲い掛かる。
「ゴウ!」
『言われなくてもわかってる!!』
ケンの応答に返す刀で答えたゴウことデモンデウスはデモンズハーケンを片手で回転させ、弾丸の嵐を捌く。
そのまま、身体を低くしたまま砲撃する機怪化獣へと向けて突進していく。
上半身が裂けていた機怪化獣も攻撃に参加すべく裂けた部分からミサイルを発射しようとデモンデウスに狙いを付けていた。
『させるかってんだ!』
そう言うと同時に左手に黒い大型拳銃を召喚すると同時に発砲する。
銃弾がミサイルの一つに着弾すると同時に爆発すると他のミサイルも誘爆する様に連鎖爆発を起こし、機怪化獣を飲み込む。
『ギャアアオオオオオオオオオ!!!』
悲鳴を上げると同時に身体が爆散していく機械化獣はそのまま灰塵へと化していく。
デモンデウスはそれを見向きもせずにそのまま砲撃を続ける機械化獣へと向かっていき、砲弾を捌きながら発砲する。
銃弾を物ともせず砲撃を続ける機械化獣にデモンデウスは拳銃の代わりにもう一つのデモンズハーケンを呼び出す。
『これならどうだ!!』
左手を大きく動かし、鎖の付いた錨の部分を勢いよく飛ばすデモンデウス。
巨大な錨の刃は鎖を伸ばしながら大きく放物線を描く様に機械化獣の背後に回り込み、勢いそのままに背中に突き刺さる。
突き刺された衝撃バランスを崩した機械化獣は前屈みに倒れ掛け、バランスを戻そうとした瞬間、その頭上に黒い鋼の魔神が死神の鎌の如く2本の巨大な錨を振り下ろし、機怪化獣を十字に両断する。
悲鳴を上げることもなく地面に倒れ伏した機械化獣はその身体を灰塵へと変化させ、空へと散っていった。
『ケン、あのダルマ野郎はどうだ?』
「周囲に反応はない。完全に逃げられた様だな・・・」
『クソ!あの野郎、ヘラヘラ笑いやがって・・・次は確実にぶっ飛ばす!!』
ハーケンの先端を地面に突き立てながらデモンデウスは怒りを含めた言葉を放つ。
周囲の雲行きは徐々に怪しく、空は灰色の世界へと変わっていった。
5.
場所は代わり、都心郡のとあるビルの屋上。
そこに2人組がモニターを付けた機怪化獣から先ほどのデモンデウスの戦いを見届けていた。
「流石デモンデウスちゃん。レイアムさんが気に掛けるのもわかる気がするわね」
妖艶な風貌に豊満な肢体を持った女性は不敵で怪しげな笑みを浮かべながら画面の向こうに映る刃金の魔神を見やる。
女の名はファムファタル。
ゲベートの幹部たるハンティング・ホラーズの1人を務めている魔性の機怪化人である。
その隣では全身をマントで覆った人物―――ジョーン=ドウもまた無言のままデモンデウスを見ていた。
「―――――――――」
「ハザードさんももう少しやる気を出せばいいのにね~まああの人の気まぐれは今に始まった訳じゃないけどね」
指を下唇に付けながら甘酸っぱさを抱かせる喋り方をするファムファタルであったがその瞳と表情には邪悪さを滲み出させている。
ジョーン=ドウはそんな彼女に一瞥もせず、踵を返して場から離れる様に歩き出す。
「あら、もう行かれるのかしら?」
「・・・・・」
ファムファタルの言葉に振り向きもせず、そのまま歩き、ビルの階下へと姿を消していくジョーン=ドウ。
それを見たファムファタルはつれない人・・・、と呟くと機怪化獣と共にいずこかへと姿を消す。
誰もいなくなったビルの屋上はまるでその痕跡を消すかの様に雨が降り始め、勢いを徐々に増していったのであった。
場所は再び代わり警察署の【特異事象対策係】にスポットが当たる。
シイナはデスクで黙々とノートパソコンにかじりつく様に作業を行っていた。
アオヤマはその反対側のデスクの椅子に姿勢を崩しながらカップラーメン(シーフード味)をすする。
「・・・・・」
「・・・・・(ズルズルと麺をすする音)」
時計の針と屋外と屋内の喧噪のみが響き渡る室内。
一見すれば平穏な日常といえるかもしれないが実際は異なった。
理由はこの前の一件である。
青い騎士風の男とその近場に倒れていた黒尽くめの青年。
騎士の方はわかなかったが青年の方に関してはここ最近のSNS上でも目撃例があった2人組の1人であると思われる。
容姿などもSNS上で散見されていたものと合致していたということもここ最近の調査でようやく判明できた。
これらを踏まえ、アオヤマたちはようやく“自分たちの本来の役割”を果たせると意気込んで動き始めたのだが・・・
「―――何故ですか」
「どったのシイナ君?」
「何故我々が資料作りをしなければいけないのですか!しかも今更ながらに報告書も込みで!!」
色々な思いが詰まった叫びの様な苦悶を上げるシイナ。
カップヌードルを食べていたアオヤマはため息込みでシイナに同意する反応を見せた。
「確かにね~今まではなあなあな対応だったのに急にウチらを本腰で動かせる為にとはいえ、今更報告書作れと言うのは酷だわね~」
「それもありますが・・・何故こうも上や周りの動きが怠惰的なんですか!解せませんよ、我々が必死で嘆願してたのも一蹴に伏していたというに・・・!!」
シイナの憤りもよくわかる。
設立からここまで何もないも同然な開店休業中な有様でつい最近起きている事件についてもほぼこちらに対して放置も当然だったのだから仕方ない。
ようやく動き出したと思いきや大規模な調査ではなく、これまでの不可思議な猟奇事件に付いての資料レポートを作成して提出しろという杜撰とも取れる命令・・・
アオヤマ自身も上層部の重い腰には慣れていたとはいえ、ここまで遅滞なことに関しては含む部分もない訳ではない、しかし。
「まあ、表向きにでもやる気を見せ始めたのは良好じゃないのかねぇ」
「警視~そんな呑気なことを・・・!!」
情けない声を出す部下にまあまあ、と宥めるアオヤマ。
「とりあえずチャチャと資料作成して提出しちゃおう。その後は俺がどうにかするから」
「わかってますが・・・進展ありますかねぇ」
「そこはまあ、野となれ山となれと言った所さ。とにかくシイナ君は作成に注力してね」
部下をそう促しながらカップヌードルの残ったスープを飲み干すと同時に立ち上がったアオヤマはふと窓を見やる。
雨足は先ほどから強まり、豪雨とはいかないものの大粒の雨を空を振り下ろしていた。
まるでこの先に大きな不穏な出来事が起きる前触れを表すかの様にそしてそれを起こそうとする者たちを包み隠すかのようにしばらくの間、勢いを弱めることなく降り続けるのだった。
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