第7話 天外界境~outerside horizon~
1.
始めは虚無だった。
そこには黒でもあり、白でもある“何もない”空間だった。
音も物も何も無かったその場所にポーンと古時計の音が響く。
カチ・・・ カチ・・・ と針の動く音が空間を支配する。
ここは【語り部の部屋】とも呼ばれている我々では
本来知覚することすら不可能な埒外の世界線。
境界の向こう側の虚無とも言うべき“観客席”である。
今現在、響ている時計の音も“世界の歩み”とも言うべきものを
そう知覚認識しているに過ぎないのだ
いつの間にかそこにテーブルとイスが姿を現し、
テーブルの上にはチェス盤が置かれていた。
するとそこに1つの影がイスに座り、相手のいないチェス盤を見つめている。
影―――レイアムは無言のまま、ジッとチェス盤のある駒(ピース)を見つめた後、
その一つを持ち上げて動かすと再び沈黙してチェス盤を見つめる。
カチ・・・ カチ・・・ と静寂の空間に時計の針が響き渡る空間にもう一つの影が現れ、向かい側の椅子に腰かけた。
「――――――――――」
その影はぼんやりとヒトの形をし始めていき、女性の姿を現していく。
輪郭としては黒い挑発の髪を上部にまとめ、動きやすいドレスを着た女性だ。
対面に居た先客の影―――レイアムは視線を合わさずに影の女性に声を掛ける。
「キミか―――“この世界”では初めての邂逅かな?」
「かもしれないね。キミ、ボクのことかなり避けてるみたいだし」
「今のキミと今のボクとでは決して架線(レール)が交わることはないからね。
この空間でならまだしも“この世界”ではありえない話のだから」
レイアムの言葉に女性はそうだね、と小さくささやく。
その後、彼女はレイアムにもわかるように大きなため息を吐き出す。
「やれやれ、こちらとしては随分久しぶりな再会だと言うのに切ない物言いを
してくれるじゃないか・・・ まあ、キミの場合は“つい先刻ほどの可能性”も
ありえるからね」
「――――――」
彼女の言葉には彼は沈黙を持って接した。
その様子を見た彼女は再びため息を付くと席を立つ。
「まあ、“この世界”は“今まで”とは異なっているケースになり得る可能性もあるだろうからキミとしても正念場なんだろうね。どちらにしてもお邪魔虫でしかない私はこれ以上、居るのもアレだしこのまま退散させてもらうよ。
―――ああ、これはお節介かもしれないけども“かつての仲間”として一つ言葉を言わせてもいいかい?」
「なんだい?」
一呼吸を挟んで彼女は言葉を続ける。
「あんまり1人で抱え込むモンじゃないぜ。それじゃもう会える可能性はないかもだけども会えた時はまた駄弁らせてもらうよ」
旧友との再会の歓びを噛み締めた様な声で彼女はその場から姿を消していく。
女性が姿を消すと再び時計の音のみによる静寂な世界へと戻っていった。
レイアムは再びチェス盤をただ静かに見つめていた。
チェス盤の駒の一つが少し輝きを見せており、それにレイアムは不敵な笑みを浮かべるのであった。
2.
場所は移り、とある空間に話は移る。
そこは城とも礼拝堂とも取れるかの様な場所。
陽光が差す窓などはなく、灯りに関してはどこからかはわからないが不気味ながらも厳かな雰囲気を醸し出すファンタジー作品における邪悪な聖域とも取れる感じの場所だった。
周囲には人間の様な機械の様な成れの果ての様な異形の怪物たちが跋扈していたが
それら全てがこの場の異常な威圧感に怖気づいてしまっているのか静粛といった姿勢を取っていた。
その場に1人の怪僧が直立し、鎮座していた。
怪僧―――カイテンはその怪腕の手を合わせ、目を閉じ、集中しているかのような姿勢を続けていた。
先のデモンデウスとの戦闘で負傷した肉体の修復は既に終えているが完全な回復とは今だ言えず、状態を万全とする為に瞑想の姿勢を取っていたのだ。
そんな怪僧のプレッシャーに充てられたのか機怪化した異形たちは動くことせず、様子を伺っている。
しかし、その厳かな空気と静粛な雰囲気はすぐさま崩壊へと至る。
まるで自分の存在を強調するような騒音とも言える音楽と陽気な感じの大きな声が場内に響く。
「HA~HAHAHAHAHAHA!!!陰気で邪気で妖気な魑魅魍魎の化生共~!!元気にしてるか!?オレ様は狂気で快気で瘴気だぜー!!!!と言ってもこの場にいる訳はないか!!HAHAHAHAHAHAHA!!!!」
けたたましい騒音の様な大声でその場に現れる者がいた。
奇怪なハイテンションでラップとも取れるような口調でハミングしながら
パンクファッションと言うべき奇天烈な印象を抱かせる格好とカイテンと
ほぼ同じ巨体の持ち主が口に葉巻を無数に加え、盛大に煙を吐き散らしながら
サングラスを通してでも感じる禍々しくも怪しく赤く光る眼でカイテンを睨み付ける。
「おうおうおうおう、カイテンさんよ~?オメェYO?なんでぇYO?失敗なんかYO?してんだYO?幾らYO、レイアムの大将のYO、直々の指名だったのにYO、これじゃYO?示しがYO、つかなねぇだろがYO!!?」
「確かに・・・ レイアム殿が託されし使命を果たせなかったことは拙僧の不徳の致すところ」
釈明もせず、ただ己が非を認め謝罪するカイテン。
それを見た巨漢の男は盛大に葉巻の煙を吹き出しながら不満を垂れ流す。
「オイオイオイ、これやヨォ・・・・・オレ様の方が悪役みたいじゃねぇかよォ?」
「そこまでにしておけ、ハザード」
後ろから声が響く。
ハザードと呼ばれた男は身体ごとその声の方角へと向き直り、声の主に返事する。
「なんだなんだナイトメアYOォ・・・ 何か文句とかあるのか?」
「不満も不服もない。カイテンの使命の失敗は明白なのは確かだ。だが、それに対して貴公のやり方は陰険とも取れるものだ。それは貴公としては不本意ではないのか?」
声の主―――ナイトメアは暗闇から姿を現す。
騎士を彷彿とさせる意匠の服装でありながらどこか禍々しい雰囲気を醸し出す彼は
ハザードの行動に対してそう指摘する。
ナイトメアからの指摘に嫌そうな表情を浮かべながら、
「―――ああ、そのとおりだな。悪かった。ついつい悪ノリしちまったんだよ。
すまねぇなカイテン。」
「いや事実であることは変わりなし。拙僧は特に気には留めておりませぬ」
悪びれることなくハザードの批判を肯定するカイテン。
それを見たハザードは盛大に煙と共にため息を付く。
ナイトメアの隣にいつの間にか女性がひょっこりとその姿を現した。
「なーんだ、もう弄り合いは終わり~?残念ね~そのまま殺し合いに発展してくれたらおねーさん、すっごくテンションアゲアゲだったんだけどな~」
「相変わらず性根が腐った女だな、ファムファタルよ~?」
皮肉も込めた愚痴をファムファタルに向けるハザード。
そこへ彼らとは別方向から靴音を鳴らしながらその場に現れる者がいた。
「相も変わらずの騒々しさだなハザード。とりあえずはこれだけが来たか」
スーツ姿の男フォビドゥンは周囲を見渡す。
口を開いたカイテン、ハザード、ナイトメア、ファムファタルの他にも
ボロボロの布を外套(マント)の様に羽織った外見では判断できない人物と
初老の紳士とも言える男性がいた。
「そうだねフォビドゥン。と言っても我々の様にヒトの姿と意思を保ったまま“昇華”した者はそう多くない。大半は機怪化獣と成り果て、よしんばそれより上のステップへ進めても肉体の維持ができず、体組織の崩壊を経て塵芥と化すのが関の山だ。人類の新たな進化と称すには些か課題なども山積みなのだよ」
老紳士ファウストはフォビドゥンの言葉に丁重な口調で返答する。
「まあ無駄に数増やしてもオレ様たちのYOうな特出したヤツがホイホイ出る訳がねぇがなゴク潰しが増える方が面倒なだけだぜ」
「確かにだねぇ、我々の同志を増やすにしても質は問われるのは確かだねぇ」
だろ?と煙を盛大に吐きながらファウストの返答に反応するハザード
二人のやり取りをしり目にナイトメアはフォビドゥンの方へ言葉を投げる。
「しかし、我々は揃ってはいるが我らの主は今いずこにいるのだ」
「おお、そうだそうだ。レイアムの大将はどうしたんだYO?」
「彼なら“いつもの”の所にいる」
「―――あそこか」
「彼だけしか入ることのできない“語り部の部屋”ね」
「如何いたしますかな?誰かが呼びに行くので?」
「いや、レイアムからは既に今後のことは我々に任せるということを聞いてある」
カイテンの言葉にフォビドゥンはそう答える。
「それで次はどうするのだ?」
ナイトメアの言葉にフォビドゥンは邪悪な笑みを浮かべながら彼の方へと向ける。
3.
「うーん、気持ちぃ~!!」
プールの淵に腰かけ、足をプールの水に浸かられながら競泳水着姿のルミコは
背筋を伸ばしながらご満悦の様子を見せる。
「いや~この時期でも温水プールで水着で泳げるのはサイコー!!」
「そうだね」
アキラもまた競泳水着にパーカーを羽織った姿でルミコの横に立っていた。
ここは市内にある商業プール施設でしかもスパやジムの機能も備えたお高めの場所である。
何故アキラとルミコが居るのかと言うと“とある人物”の誘いによってやってきたのである。
ちなみにルミコはアキラが声を掛けると2つ返事で了承してやってきた模様。
「只より高い物はないし、安い物もない!!」
「さようですか・・・・・」
淵でポーズする友人の反応に空返事で答えるアキラは顔をふと上げてこの前のことを思い返していた。
時間はカイテンの戦いの後に巻き戻る。
不意の衝動というべきか唐突に泣き出してしまったアキラであったが
しばらくして冷静を取り戻していた。
「大丈夫メカ?柔らかティッシュ使うメカ?」
「―――ありがとう、グスン」
アーミィからのティッシュを受け取り鼻をかむアキラ。
若干まだ涙目な状態となっているがピークも過ぎており、
涙も幾分か引いており、普通に返事もできるぐらいにはなっていた。
「ごめんなさい。 ・・・・・唐突に泣き出してしまって」
「気にしなくていい。恐怖と緊張の連続だったんだ。ああなっても
不思議ではないし、対応したヤツが高圧的だったのもあるしな」
「さり気なく俺まで原因にするな・・・!」
ゴウからの抗議は無視され、場所を移動することになった。
場所はいつもの公園。
時間帯は夜としては20時を過ぎた辺りで人気もケンが
人払いの魔術を施した結界で問題ない。
いつものベンチにアキラは座り、その横にケンが周囲にはドクター・トミィ(今はドクター呼びの気分らしい)にアーミィ、オーヴァが立っていた。
ゴウはアキラ達よりも少し距離を置いた感じに立ち、視線を合わせない様に腕を組み目を閉じていた。
アキラは落ち着きを取り戻すも恐る恐るケンとゴウに先ほどの“敵”のことを聞いてみた。
「あの・・・ さっきの、ことなんですけども」
「例の怪僧か?」
「あの人はレイアム・・・・・この前出会った人の仲間、なんですよね」
「そうらしいな」
ケンは不意とゴウの方へと視線を向けたがそれを察知したのかゴウは身体を反対へと向けて視線を合わせない様にしていた。
会話に割って入る様にトミィが言葉を口に出す。
「あのような奇怪な者まで跳梁跋扈するとは・・・・やはり悪とは密かに
世の中で育ってるという訳ザマスか!!!」
「奴らにとって善悪の基準はさほど重要ではないのだろうな。機怪化獣と化した者の
大半は理性を失い、己という存在意識すら散逸してしまうのがほとんどだ」
ケンの言葉にアキラは二人と初めて出会った時の様子を思い出す。
あの時、怪物と化した男性の様子は今でもよく覚えていた。
あれは明らかに常軌を逸した正気を失った感じは未だ恐怖を抱かせる。
それも上回る程の狂気と恐怖をあのカイテンという人の形をした怪物を
間近で見たことによってアキラはその恐怖を身に染みていた。
だがそれとは別にアキラは前からレイアムと出会ってから思っていた疑問を
ゴウにぶつけた。
「ゴウさんとレイアムさんは・・・・・・どういう関係なんですか?」
「・・・・・・・・」
その問いにゴウはしばしの沈黙をした後、こちらには振り返らず一言だけ答えた。
「―――昔のダチだ」
4.
(昔の友達かぁ・・・・・)
ゴウの表情はわからなかったが複雑な表情を浮かべていたのは何となくだがわかった気がする。
プールの淵に腰を下ろしたアキラは浮かない様な表情をしていた。
そんな彼女の顔におもむろに水が勢いよくぶつかる。
「わっぷ」
「アハハ、ビックリした?そんな顔するんだもん。ちょっかい掛けたくなるじゃん」
そう言いながらプールの中に居るルミコは水鉄砲をもう一回アキラに向けて放つ。
やったなぁ~とアキラもパーカーを脱いでプールへと入り、ルミコと水掛をし始める。
ルミコとの遊びでさっきまでの浮かない顔から笑みを戻すアキラ。
そんな楽しみながらの水掛をしている所に複数の人影が近づいてきた。
「二人とも楽しんでいるメカねぇ~」
「フンガー」
「フッフッフ、若人らが楽しくして貰えて招待した小生もご満悦のご満足の満漢全席ザマスよ。歓びのライブをやりたい所存ザマスが(スマホで関係者に連絡)、え、ダメ?(´・ω・`)」
それぞれの反応を示したドクター・トミィ達。
そう彼らこそがこの施設に招待したのだった。
アーミィの水着は所謂ワンピースタイプでひらひらとした装飾がチャームポイントといった感じでオーヴァはマッチョを意識したのかロボットの様な見かけにブーメランパンツという中々のギャップ。
そしてトミィはトランクスタイプに白衣を着た科学者であることを忘れないいで立ちだった。ちなみに彼の腹筋はうっすらとだが割れていた。
ある意味では浮いている印象の3人組だが周囲の人らは恐らくだが関わり合いたくないのかは不明だが反応は薄めだった。
「今回は招き戴きありがとうございます~いや~こういう所、一度来てみたかったんだ!」
「それはそれは招待した甲斐がありまくりで一曲プレゼントしたいザマスな。え~と」
「ルミコでっす!アキラの友人で彼女の誘いにいの一番に応じました!!」
「感謝感激感動ザマスぞルリコ嬢!フレンズは生涯の至宝故、アキラ嬢との友情は大切に!!」
妙にウマが合ったかの様にテンションを同じくしながら会話を弾ませていくルミコとトミィ。
その様子にアキラは少し苦笑いをしながら、トミィの代わりにアーミィとオーヴァにお礼を言った。
「今回はホントありがとうね。まさかこんな凄い所に招待して貰えるとは思わなかったから」
「フンガー」
「いいメカよ。キョージュの懐しか痛まないメカだから存分楽しんでキョージュの財布にダメージをぶちかましてやればいいメカだから」
「流石にそこまでは・・・・・」
「大丈夫メカ。キョージュあんなんでもお金持ちメカだから」
何故か自分の事の様に威張るアーミィ。
とそこへこちらに声を掛ける女性がいた。
「フフ、楽しそうね」
「あ、ケンさ・・・・・!!」
声の主の方へと振り返ったアキラは息を吞む。
それもそのはず。
彼女のケンの水着姿は想像以上に凄かったからだ。
こちらに向かってくる彼女の姿はある意味『魅惑の魔女(水着)』
ビキニにパレオという水着姿に豊満と言うべき胸と肢体は実にモデルか女神かの様な印象を周囲に与えるのは十分な程のインパクトだった魅惑の魔女と表現そのままとも言える女性に周囲の視線は釘付けであり、同時に話題を一気に搔っ攫っていく。
「おおお、セクシー、ダイナマイッ・・・・・!!」
「超、アニキ!!メカね」
「フンガー(訳:全然違うよねそれ)」
ルミコたちの感想の声にその大元である女性は笑みを持って返答の反応とする。
ケンは手招きでアキラを手招きし、近くのテーブルへと誘う。
「楽しくやっているかしら?」
「はい、けど意外ですね。ケンさんもこういう所に来るなんて」
「あら、魔女とは言われても基本は人間よ。楽しめることには大概惜しまないわよ」
アキラの疑問に笑みを浮かべながらケンはそう答える。
また、今の彼女の態度は普段、というよりもゴウと行動を共にしていた様な雰囲気含めて異なり、女性らしさを前面に出しているかの様な感じだった。
場の雰囲気に合わせてのことなのかどうかはわからないがどこか威圧的な空気を感じさせていた“魔女”という印象は今の彼女にはない。
「まあ、協調性というよりも空気読めないヤツは1人居たけどね・・・・・」
「ゴウさん来ませんでしたね・・・・・」
アキラは周囲を見回してみたがゴウらしき人物の人影は全くなかった。
彼女の反応を見ながらケンも呆れ気味にこう答えた。
「『騒々しい場所は元から好きじゃねぇ』とかほざいてたんだから気にしなくて構わないわ。
多分、周辺を目的もなく散策してるだけだからそんなに気にしていいわよ」
ケンにそうですか、と言いながらもアキラはこの前のゴウの反応を思い出す。
『昔のダチだ』
(ゴウさん、レイアムって人のこと本当はどう思ってるんだろう・・・・・)
ルミコたちが買ってきた売店の食べ物や飲み物に口と手を出しながらアキラは
この場にいない男のことを思うのであった。
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