第2話 機奇遭遇~abnormal encounter~

1.

人気の少ない路地裏。

暗がりの光届かないその場所はまさに人の心に潜む闇ともいえるほどだ。

そんな薄暗い路地裏に“彼”は悶え苦しみながら自分の中の“異物”に抗っていた。


「グ・・・・・・ガッ、アアアアアアアアッ!!!」


想像を絶する苦しみが、身体中を鋭利な刃物で滅多刺しにされたかの様な激しい痛みが全身を電流の様に駆け回り、彼の理性と精神を殺しに掛かる。

いつ自分が“人で無くなるのか”という恐怖と自分をこんなことにした“あの男”への

復讐心と怒りとがせめぎ合い、いつそれで己の身体が砕け散るのではないかと

様々な思考が脳内を駆け巡り、彼自身いつ壊れるのかわからない状態だった。

苦しみながらも彼はそれでも己を保とうと痛みと苦しみに耐え抜こうと足掻いていた。

そこへ一つの足音が彼の元に近づいてきた。


「!?」


自我が徐々に薄れていきながらもそれに気づいた彼はその足音の方へと振り向く。

アイツ以外の人間を手に掛けたくない、もし一般の人間であれば自分の意思で動ける内にこの場を離れなければいけないと思った。

しかし、その足音の人物は臆することなく、強い意思を見せるかの様に己の所に近づいていく。

虚ろな状態でありながらも彼はそんな人物の姿を見やる。

姿を現した女は光輝いてる様な金色の長髪に白の衣装を纏っていた。

だがその風貌は普通の女性とは言い難く、どこか魔女と形容できるような印象だった。


「大した精神力だな。身も心も怪物に成り掛けていながらも今際で耐えているとは・・・怨嗟と憎悪だけではいずれ成り果てるがそれだけではない何かも備えているようだな」


女はそう言いながら己の身体を一瞥すると更に言葉を投げかける。


「その苦しみから解き放たれたいか?」

「・・・?」


睨み付けるように女を見るも女は構わず話を続けた。


「選択はたった2つ。私と契約するか、そのまま獣以下の怪物に成り果てるか、だ」


少ない言葉ながらも女から感じる何かしらのプレッシャーから彼女は本気で言ってることは理解できた。

契約、ということは彼女はやはり魔女の様な類であることはわかったが激痛の中、

信用していいのかどうか少し迷った。

もしよしんば苦痛から解放されたとしてもそれだけなのか、など苦痛で思考が乱れながらも迷いを感じずにはいられなかった。


「悩むのは無理ないがそんな時間はないだろう・・・それに契約すればその力を更に昇華できるかもしれないぞ?」

「ッ!?」


こちらの思惑を見透かしたかのような発言を女は投げ掛ける。

その言葉に己は自分をこんなことにした“アイツ”の姿が頭を過ぎった。

例えどうなろうとも“アイツ”にだけは一回ぶちのめさないと気が済まない。

もはや迷いは消え失せた。


「して・・・ヤる・・・ヨ・・・契約・・・いや、契約サセロ・・・!!」

「さっきよりも意志が強くなったな。良いだろう、だが覚悟しろ。二度と元の生活には戻れないぞ」

「構わねェ・・・アイツに・・・これ以上、好きにさせるぐらいなら・・・どんなことになっても・・・構わねェ!!!」

「上等だ。なら思え、自分の中にある怪物の姿を自分の力とする姿にイメージしろ」


そう言いながら女は右手をこちらに出すと同時に掌から光輝く魔法陣の様なモノが表れる。

魔法陣から帯を思わせる複数の光が己の身体に纏わりつく。

彼女の言葉に従う様に彼はイメージした。

―――怪物から昇華した自分の力。

―――どんな敵にも対抗できる最強の力。

―――悪魔でもあり、神でもあるかの様な絶対不変の力。


「刃金の肉体を持った邪悪に抗う機械仕掛けの魔神・・・そう、デモンデウスだ!!」


この出来事が白の魔女『ケン』と黒き狩人『ゴウ』の出逢いであった。


2.

放課後、学校の教室にてアキラは机に頬杖を付きながら空を見上げていた。

所々雲はあるものの晴天と呼ぶに十分な青空だった。

そんな青空を見ながらアキラは昨夜の出来事を思い返す。


巨大な機械仕掛けの怪物を倒したデモンデウスは光の粒子となって消滅していく。

粒子はそのまま小さな人の形へと集まっていき、ゴウとケンの姿へと形作っていた。

アキラはそんな様子をジッと見つめる。


「あんまり手応えのねぇヤツだったな。結局はザコか・・・」

「とはいえ、無駄に攻撃を受けるのもどうかと思うがな・・・こっちの身にもなれ」

「うっせぇよ・・・ん?」


視線に気づいたのかゴウは彼女の方へと振り向く。

一瞬ビクッとするアキラ。


「おう、改めて大丈夫か?ケガはねぇか?」

「あ、は・・・はい・・・あの、すみませんさっきはその・・・テンパって」

「気にすんな。“機怪化獣”に襲われて無事に済んだこと自体がラッキーみてぇなモンだ」

「機怪化獣・・・?」


疑問符を浮かべるアキラを余所にゴウの隣にいたケンが厳しい表情を浮かべながら言葉を紡ぐ。


「ゴウ、喋り過ぎだ」

「・・・ああ、悪ィ」

「これ以上の詮索は無用だ。普通の生活を送りたいのなら、この場での出来事は全て忘れなさい。こちらとしてもあまり強引なことはしたくない」

「ご、強引って・・・」

「記憶をいじらせてもらう」


ケンの躊躇いのない一言にアキラは戦慄する。


「ケン、オメェも他人の事言えねぇじゃねぇか・・・」

ゴウの言葉にムゥと唸るケンは咳払いをした後、改めてアキラに言葉を掛ける。

「どちらにしても忘れなさい。今後の貴女の身を案じてでもあるわ。そして私たちのことも他言無用よ」

「そういうことだ。じゃあな!」


そういうと同時に二人の身体が蜃気楼の様に揺らいでいくとそのまま霧散するかの様に消え去った。


「あ・・・消えちゃった」


アキラはそう言うと同時に不意に空を仰いだ。

夜空に点々と輝く星々と月が不思議と自分を照らしているかの様に感じながらその場を後にするのであった。


(そう言われてもやっぱり記憶から完全に消せないというか・・・気になることも一杯あるから消せないよ)


そんなこんなを思い返していると後ろからアキラの眼を両手で覆う者がいた。


「おーい、どうしたアッキー。黄昏ちゃってー・・・そういう時期?」

「ルミコ・・・当たってる、胸・・・」

「そっちはあててんのよ?って言っちゃみたり~?」


友人のとぼけた態度にアキラはただ呆れながらも苦笑する。

ルミコはアキラのその表情を見て同じく笑顔で応えた。


「大丈夫そうだね。空見ながら黄昏てるから何か悩みでもあるのかなって思ってネー」

「ありがとうルミコ。ちょっと考え事をしてただけだからホントへーきへーきだから」


アキラの様子を見たルミコはふむ、といった感じで一考した後、ポンっと手を打つ。


「よしじゃあ、今日ウチ来ない?C.C.S.(クレイジー・クライ・サイエンス)の新作買ったんだ!」

「ごめん。今はそんな気分じゃないんだ・・・今度聴かせて」


申し訳ないといったポーズをするアキラは席を立ち、そのまま教室を後にする。

ルミコは友人の背に対して言葉を投げ掛ける。


「一人で抱え込まないでよ?可能な限り相談になるからね?」


そんな友人の言葉に小さく「ありがとう」と呟くとアキラは学校の外へと向かうのであった。


3.

信号待ちの合間にアキラはスマホで昨日の出来事について検索を掛けていた。

しかし、どこにも機械仕掛けの怪物やあのデモンデウスというロボットについて書かれてはいなかった。

他に気になるニュースがないかと調べていたら例の“猟奇事件”のことが頭を過ぎった。

昨日の男性の変容、2人組の男女、そしてデモンデウスという名の黒いロボット・・・一致する要素が多すぎるが昨日の一件がそうならばニュースになってないのもおかしな話だと思った。


『普通の生活を送りたいのなら、全て忘れなさい』


ケンと呼ばれていた女性の言葉が思い起こされる。

色々引っかかりを感じるも彼女の警告を無視するのも何か怖い感じを抱く。

そう思っていたら信号の色が赤から青に変わり、横断可能になったことに気づくと

アキラはスマホをしまい、帰路である道を進もうとすると後ろから声を掛けられた。


「カノ~ジョ、今日暇?これから一緒に遊ばない?」


振り返ると3人組の所謂チャラい感じをした男がいた。

ナンパか・・・めんどう・・・と内心呟いたアキラは体よく振り払うべく言葉を放つ。


「すみません。今日はちょっと・・・」

「なんだよ、つれないな~」

「真面目過ぎるのも辛いよ~」

「俺らと楽しくやろうよー」


男の1人がアキラの手を掴もうとした時、別方向から男の手を掴む者がいた。


「あ・・・」


不意に声を漏らしながらアキラはその人物を見やる。

灰色を思わせる鈍い銀色の髪に黒いサングラスを掛けた全身黒一色の男。

忘れるはずもない昨日自分を救ったゴウと呼ばれていた男であった。


「な、なんだよアンタ・・・」

「・・・・・・」


ゴウは無言のまま男の手を掴んだ腕に少し力が入る様子をアキラは見た。

このまま去らなければ腕をへし折るぞ、という脅しではない本気を感じた。

それは男達もそれを感じ戦慄したのか瞬間に青ざめた表情を浮かべる。


「わ、わかったよ・・・おい、いくぞ!!」


ゴウもそれを聞くと手を離す。

同時にそそくさとその場から離れる男達。

それを見送るゴウにアキラは感謝の言葉を掛ける。


「あ、ありがとうございます」

「・・・・・・」


アキラに振り向いた後、そのまま無言で立ち去ろうとするゴウ。

慌てたアキラはゴウを引き留めるべく、続けて声を出す。


「ま、待ってください!!」

「・・・・・・」


呼び止められたゴウは振り向かず、そのままアキラの言葉に耳を貸すかのような姿勢をしていた。

アキラは少し呼吸を整えてから


「お、お礼をさせてください。昨日のことを・・・!!」


4.

場所を公園へと移し、噴水が見える遠出のベンチにアキラとゴウは座っていた。

二人の手には近場の売店で売られていたホットドッグを持ち、二人ともそれを口にしていた。

アキラがお礼として彼女が買ったものでゴウは買う直前まで「いらねぇ」と断っていたのだが半ば強引に押し切られた模様。

ちなみにゴウのホットドッグはパンにソーセージのみを挟んだだけというシンプルなものとなっているがこれはゴウ自身の要望である。


「ケチャップやマスタードは、嫌い・・・なんですか?」


おそるおそるアキラは聞いてみた。

ゴウは食べる手と口を止めてアキラの顔を見ず答えた。


「水気のあるモンは身体の特性上、錆びやすいんだよ」

「錆びる!?」


意外なことに驚きを見せるアキラを余所にゴウは話を続ける。


「俺の身体は普通じゃねぇ。それに関してはわかってるな」

「うん」

「色々あってな。俺の身体は機怪化獣と似たようなモンになってるんだよ」

「・・・・・・ッ」


唐突なカミングアウトにアキラは困惑するしかなかった。

付け加える様にゴウは話を続ける。


「俺も以前は機怪化獣になりかけたことがあった。その時に偶然かどうかはわからねぇがアイツと・・・ケンと出逢った。逢って早々アイツは俺に契約を持ちかけた。それ以外に俺が助かる道はないと」


ゴウは更に続けた。


「俺にはやらなきゃいけないことがあった。それを成すまで俺はバケモノにもなれないし、死ぬ訳にもいかないと。だからアイツとの契約は即決した。どんなことになろうとも俺はアイツを!!」


アキラは黙って彼の言葉を聞きながら横にいるゴウの顔を目を見た。

グラサンの合間から見える彼の眼には決意を固めたかの様な力強さを感じさせる目の輝きをしていたのを彼女も感じ取れていた。


(一体、この人に何があったのだろうか・・・)


アキラの視線に気づいていないのかゴウは残っていたホットドッグを口に入れて飲み込む。


「喰えるモンは少なくなったがそれでも喰うことへの喜びさってのは忘れちゃいけないんだなと思うぜ・・・」


どこか哀愁を漂わせる雰囲気を見せて空を見上げるよう頭を動かすゴウ。

しかし、そんな空気は唐突に打ち壊されるのであった。


けたたましい音が鳴り響くと共に“ソレ”が現れた。


「呼ばれなくともジャジャジャジャーンの即惨状!!良い子も悪い子も遠からずにお聞きなさい!!東西南北右往左往、ありとあらゆる悪を打ち倒す!愛と勇気がお友達の正義の味方の超・絶!!天才科学者!!!ドクター・トミィとは小生のことと記憶しておきたまえアンダースターン?」


キーボードを操作しながら自己紹介しつつ巧みな決めポーズをした奇天烈な科学者

ドクター・トミィを目の前にゴウとアキラは沈黙していた。

ほんの少し、場の空気が静寂とする。


「―――なんだコイツ?」

「なんだとは失礼な!この悪漢め、痛い目に逢う前に少女の傍から離れるのでザマス!!」


ゴウの返答に即座にそう答えながらビシッとポージングするドクター・トミィ。

そんな彼を思い出したかのようにアキラが口を開く。


「あなたは確か昨日の」

「おおう、誰かと思いきや昨日の悩み抱えしお嬢さんではないか!昨日は色々と誤解故に警察にお世話になってしまったが小生はほれこの通り!!健在にありますぞよ!!」


ハイテンションな様子でそう答えるドクターの隣に少女と大柄な大男が姿を現す。


「博士、1人で勝手にハイテンションなトークをかましてるんじゃねぇでメカよ」

「フンガー」

「アーミィにオーヴァ、いたのでザマスか?」

「ザマスかじゃねぇでメカよこのボンクラ主人がぁ!!」


そう言うと同時にアーミィと呼ばれた少女は問答無用とばかりに強烈な蹴りを主人の腰に叩き込んだ。


「ウボァァァァァァァァァァァァァ!!!!?」


どこかの皇帝の断末魔の様な叫び声を上げてドクターは宙へと大回転しながら舞い上がり、盛大に頭から地面へと叩きつけられていた。

そんなドクターを片手で地面から引っこ抜くオーヴァ。

まるでコントの様な一連の展開に呆気にとられるアキラ。

ゴウに関しては面倒なことになったと言わんばかりの表情とため息を付く。

一連の状態で普通なら死んでてもおかしくない感じであったドクター・トミィは

何事も無かったかのようにピンピンとした状態でいつの間にか復活していた。


「相変わらずの過激なノリッコミ。流石ザマスよアーミィ」

「1人で勝手に話を進めるからでメカよ。私たちのことすっかり忘れてたでメカよね?」

「フンガー」

「ごめんちゃい」


バキィと強烈な一撃がドクター・トミィの頭に炸裂する。


「おい、コントをしたいのなら場所が違うだろうが」


顔から盛大に血を流しながらもゴウの言葉にハッとするトミィは二人とゴニョニョと相談すると3人共々ポージングしながらゴウを睨み付けるように叫ぶ。


「そうでザマスよそこな悪漢!貴様、今巷ではトレンドの様に出没している

悪の巨大ロボットのパイロットザマスな!」

「あ?」


露骨に怪訝な表情を浮かべドクター・トミィを睨み付けるゴウ。

ゴウの睨みに怯むことなくトミィはポージングしながら更に続けた。


「ふふん、図星とばかりに小生を睨み付けるとは・・・やはり貴様は悪!!何の罪もない少女を襲おうとしているのも一目瞭然!貴様の所業、断じて赦しませんぞ!!?」

「テメェ、何を勝手に・・・!」

「もはや問答無用は無用!ゆくぞアーミィにオーヴァ!!」


そう言うと同時にトミィはアーミィたちを伴い、ゴウたちから距離を取ると

盛大に空に向けてフィンガースナップする。


「カモォォォン、アイアンジャスティス28GO(トゥエンティエイトジーオー)!!」


トミィの言葉に応じる様にどこからともなく巨大な金色のロボットがその姿を地上へと降り立つ。

両腕を上に掲げ、どこかで見たことあるようなポージングをしており、

そのカッコよさなデザインとのギャップを感じさせる。

オーヴァに抱えられてドクター・トミィとアーミィはそのまま呼び出されたロボットへと乗り込んでいく。


「き、巨大ロボット!?」

「ったく、この往来のある場所で呼び出しやがって・・・ッ!!」


驚くアキラを余所にゴウは毒づく。

そこへどこからともなく白い衣装の金髪の女性が姿を現す。


「やれやれ、また面倒なことになっているな・・・」

「あなたは!?」

「ケン、いつ来たよ?」


驚きの声を上げるアキラを余所にゴウはいつもの通りといった感じで相棒に声を掛ける。


「ついさっきだ。しかし、なんだあのロボットは」

「さあな。とりあえずは“俺達”に用があるみたいだぜ?」


ゴウの言葉に察した様子を見せたケンはため息を付く。


「やれやれしょうがあるまい・・・手早く済ませるぞ」

「おう!・・・っとおめぇは離れてろ。巻き込まれても責任は取れねぇからな?」


促すゴウに無言の頷きで答えたアキラはその場から離れていくのを見届けたゴウは

デモンデウスへと変身し、ケンもまた即座に乗り込む。


『デモンデウス見参!!待たせたな!!!』


金色のロボット『アイアンジャスティス』と漆黒の魔神『デモンデウス』。

2体の巨大ロボットはその場で睨み合う形で対峙する。

アキラはその様子を離れながら見る。


(一体何がどうなってるの!?)

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