第14話 ここにいてはダメな
教室で過ごす朝八時頃。
結衣の机にはゴシップ誌を持った高中香菜が張り付いていた。
「で~家事ってどうしてるの~?」
「えー、やりたい人が……」
「へぇ~それでも二人は上手くいくんだねぇ」
「うん……」
下手なことを言わないように気を張る結衣。
そんな結衣の話を、とても興味深そうに聞く高中。
内容は至って普通の男女の話なのに。
『夜の街で……』『離婚間近!?』と書かれたゴシップ誌の表紙を見ながら、少女漫画雑誌の方がいいんじゃないかと結衣は思い始めていた。
「いやぁ……結衣のおかげで毎日楽しいなぁ」
「そんなに……?」
「この世界はいつもドロドロしているからねぇ」
「それは見るものによると思うけど……」
結衣は引き続きゴシップ誌を見ながら言う。
「……そういえば」
「ん?」
「結衣は友達だからね……あまり深いところは聞かないようにしていたんだけど」
「……深いところ?」
突然記者の顔になる高中。
ああいうことを聞かれるんじゃないかと、身構える結衣。
「……二人は、デートもするのかな」
「…………デート」
「いやよくあるからねぇ……変装してデートしていても、バレて熱愛が発覚したり」
「私は別に変装する必要ないと思うけど……」
「そういうのが二人にもあるのか……気になるんだよねぇ」
「へー……」
知ってどうなるんだろう、と結衣は素直に思った。
記者のような顔をしていた割に平和な質問だ。
「で……どうなのかな。どうしても知りたいんだ」
「えぇ……? まあ、付き合ってたら……行く、んじゃない……?」
「おぉ! たとえばどこに?」
「……カナカナは、その情報は何に使うの?」
「私の知識欲が満たされるだけだよ」
「へ、へー……」
今更ながら、友人の知りたいことの方向がおかしいんじゃないかと結衣は気づき始めた。
「えぇ、でも……私は、そんな、お金ないから……」
「うんうん」
「……スーパーじゃ……デートって言わない?」
様子を探るように言う結衣。
それを聞いて固まる高中。
これじゃダメだったか――と結衣が慌ててデートらしい場所を考え始めた時、
「買い物デートのタイプかぁ……! なるほどねぇ……!」
「え、あぁ……うん……買い物デート……?」
「私もこの前見たんだよ……! 大物芸能人がスーパーで女性とって……現実でもあるとはねぇ……!」
「……あるんじゃない?」
雑誌に載っていたなら現実にもあるんじゃないかと冷静に結衣は思った。
「いやぁ……今日もいい話を聞いたよ」
「ああ、うん……」
そうして、高中は満足げな顔をする。
最近はずっとこんな話を朝にしている。
早く飽きてくれないかなぁと願う日々だ。
「ちなみにぃ……」
「え?」
「私にもその様子を見せてもらうことってできないのかな?」
「……その様子って?」
「スーパーの話だよぉ」
「……ダメだよ!?」
慌てて否定する結衣。
その様子を、遠くから優志にも見られている気がした。
一旦優志の方を見てから、落ち着いて声を小さくする。
「いや、えーと……そういうプライベートな時間が侵されていると知ったらゆーしがものすごく嫌な顔をして不機嫌になると思うので……」
「あぁ、木船君にバレたら困るんだね」
「そうそう……」
実際のところ、優志がそこまで不機嫌になるとは思わないものの。
これ以上優志の負担を増やすことはどうしても避けたかった。
「まあ、その……話だったら好きなだけ聞いていいから」
「わかったよ」
「うんうん……」
◇◆◇◆◇
放課後。
「もう買い物に連れてくるのやめようかと思ってたんだけど」
「へ?」
結衣はいつものスーパーの近くで、下校後に先に歩いていってしまった優志に追いついた。
「え、なんで?」
「余計な物買われる」
「いやいや、余計な存在なんてこの世に一つもないよ」
「少なくとも今日の買い物に結衣は余計な存在だけど」
「ひどい」
結衣は普通に傷ついた。
「今日はパパっと買って帰るつもりだったんだよ」
「あ、なるほどね? だから急いで学校から出ていったんだ」
「あれは結衣を撒くためだ」
「ひどい」
結衣は普通に傷ついた。
「また同じこと繰り返してもめんどいだろ……下校時に見られたんだとしたら」
「ああ、カナカナ? でももうカナカナは知ってるからだいじょう」
「タカナカナ以外に見られたら今度は結衣だけで何とかするのか」
「……下校も気をつける?」
「なんで
「えー……だって」
下校の時、歩きながら話している時間が結衣は好きだ。
それを減らすのは少し嫌だったりする。
「……近くに誰も住んでないって確認できたらいい?」
「そこまでして一緒に帰る意味は」
「心強さ」
「なんか武術習えばいいんじゃね」
「痴漢とか倒せるやつ」と優志はぶっきらぼうに言う。
恐らく優志も本気習えばいいとは思っていない。
そもそも結衣も本当に心強さが大事だとは思っていないから、この会話には本気の部分がない。
ただ、結衣はこういう話をしてる時こそ楽しいと思ってしまうのだった。
「で、今日は何買うの?」
「結衣が知る必要はない」
「いや、手分けして買ってくるとか」
「俺が全部集めた方が確実にほしいものだけ買える。だからいい」
「ぐ……仕方がない」
最近は買い物の時に大暴れしすぎた。
今日くらいは仕方がないか、と大人しくしていることにする。
「まあ私は見てるだけでもスーパーを楽しめるからね」
「じゃあ毎回それでいいだろ」
「毎回だと飽きるんだよ」
商品もそうだが、結衣がスーパーに来ると人とも出会うことがある。
それを楽しみに一人暮らしの頃はスーパーに来ていたこともあった。最低限の物しか買えなかったものの。
「まあそもそも、私は別にただゆーしと――」
「なんで止めた?」
「……あ! ココア飲みたい!」
「家探せば多分ある」
「ならいいや」
「話してるだけで楽しい」というのは、恥ずかしくて言えなかった。
最近は、素直なことを言うのが気恥ずかしくなる時がある。
伝えたところで、優志がそっけない反応をするのはわかっているものの――
「……ん??」
その瞬間、結衣の思考が切り替わる。
視界の中に、何かおかしなものが見えた気がして。
知り合いがいることがあるから、結衣はスーパーの中でも人の顔をよく見る。
その中に一人、ここにいてはダメな知り合いがいた気がしたのだ。
「…………ア」
「どうした」
「……ナンデモナイヨ」
挙動不審な結衣を不思議そうな顔で見る優志。
そんな二人のことを、深く帽子を被った不審者――高中香菜が覗いていた。
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