第15話 本物っぽい演技を

 結衣との買い物の途中。


「どうした」

「……ナンデモナイヨ」


 急に止まった結衣に声を掛けると、結衣はロボットのように動き出した。


「なんでカクカク動いてるんだ」

「……ナンデモナイヨ」


 言いながら膝を曲げずに動く結衣。

 曲芸状態だ。


「……まあいいけど」


 会いたくない奴でも見つけたかな、と予想して優志は歩き出す。


 今日は元々すぐ買ってすぐ帰る予定だった。

 スーパーから出れば、結衣も直るだろう。


「……あのさ!」

「買わない」

「え? あ、違う違う!」

「えぇ?」


 ねだられるかと思ったのに。

 隣を見ると、何故か顔は赤くした結衣が気合を入れていた。


 そして、声を震わせた結衣は、


「……つ、付き合ってるっぽいこと、しとかない?」

「…………は」


 明らかに焦った様子でそんなことを言った。


「……いや、いつ」

「今、今しよう!」

「いや、なんで」

「あー……予行演習!」

「帰ってからでいいだろ」

「いやいや……! 人の見てる前じゃないと……ほら、練習にならないよ!?」

「なんで見せつけないといけないんだよ」


 外にいるカップルが嫌いな優志は全く乗り気じゃなかった。


「いやでも……緊急時にさ、やれって言われて急にできる!? 私はできないね!」

「急に言われてるとしたら今だけど」

「だから急に言われてる練習にしようと思って!」

「はぁ……」


 優志は徐々に相手をするのが面倒になってきた。


 ただ、さすがにここまでわかりやすければ、結衣の言いたいことはわかる。


 要は、今誰かに見られているということなんだろう。


「あー……」


 スーパーの中を見回してみても、優志の知っているクラスメートはいない。


 棚の影に帽子を深く被った小柄な不審者がいるくらいだ。

 知り合いではないが。


「……まあ、いいけど」


 結衣がここまで言うということは、どこかにいるんだろう。


 そう考えて、優志はカゴを右手に持ち替えた。


「手」

「いや、そんな大袈裟なことはしなくていいから! なんかアピールの練習みたいな感覚で――」

「手」

「いや、変なこと考えてるわけじゃないんだよ!? ただ、この先の緊急事態を想定して――」

「手」

「――え? ……手?」

「右手」

「……みぎて?」


 何もわかっていない様子の結衣は、犬のお手を待つように右手を上げた。


 その右手を、上から左手で優志が掴む。


「……へ?」


 掴むと、結衣の右手は力が抜けたように下がっていく。

 その右手と一緒に、優志の左手は腰の位置まで下がった。


 繋がれた手を、結衣は呆然と見ている。


「……これでいいだろ、スーパーだし」

「ぇぁっ…………あ、や、やってくれるんだ……」

「……お前がやれって熱弁したんだろ」


 そういえば、手繋ぐのは初めてだな、と今更のように思う。


 子供の頃に一度くらいやっていた気がしていたが。この感覚は、初めてだ。


「……驚きすぎだろ」

「……きゅ、急だったから……」

「言い出しっぺが驚くなよ」

「て、手繋ごうとは、言ってないし」

「じゃあ何ならいいんだよ……」

「……手でいいや」

「だろ」


 落ち着かない様子の結衣は俯いたまま手を眺めている。


 その隣で、優志はなるべく冷静でいようとする。

 ここで優志まで慌てていたら、本物のカップルと変わらなくなってしまう。


「そのぉ……」

「どうした」


 手をもぞもぞと動かした結衣は、不安そうな顔で、


「…………手汗拭いていい?」

「予行演習だよな、これ」

「そ、そうだけど?」

「それっぽく見えてれば手汗とかどうでもよくね」


 今更手汗なんて恥ずかしがる間柄じゃないだろうに、と優志は思う。


「そ、そうだけど……いや、ほら……会話的にも、本物っぽい演技を」

「演技ならいいけど」

「うんだから――」

「とりあえず行くぞ」

「あ、拭かせてくれるわけじゃなく!?」


 優志としても、結衣と手を繋ぐこの状態は慣れない。

 より早く買い物は済ませたかった。


「ゆ、ゆーしなんか慌ててる……?」

「慌ててるのは結衣だろ」

「そうかなぁ!?」


 手を引っ張られながら不思議そうに言う結衣。

 いつもとは振り回す側が逆だった。


「パン売り場パン売り場パン売り場……」

「めっちゃ急いでない!?」

「元々急ぐ予定だった」

「こんなに!?」


 パン売り場まで早足で移動した後、優志は一瞬で買いたいパンに目星をつける。


「これと――……あ」


 塞がっていない右手でパンを取ろうとしたところで、右手に持っていたカゴがガツンと商品棚に当たる。


 塞がっていない手などないことに優志は今気づいた


「これ?」

「……それだけど」

「私が入れてあげよう」


 得意げに言うと、左手が空いている結衣はパンを掴んでカゴに入れた。


 その際、前から回り込んできた結衣と目が合う。


「別に……カップルでもこういう時は手離すんじゃね」

「……言われてみれば」


 手汗の話が出た時から強く握りすぎて、手を離すという発想がなかった。


「……一旦離す?」

「……好きにすれば」


 優志が手の力を緩めると、結衣の手が離れ、その瞬間ゴシゴシゴシ! と結衣が手を拭き出す。


 その隙に他のパンをカゴに入れながら、手を拭き続ける結衣をじっと見る。


「……あ、自分の分拭いてるだけだから!」

「誰も気にしてない」


 呆れる優志。


「ってか、お前、手汗とか……」

「よし……! また行こう!」

「そんな気合い入れて手繋ぐカップルいるのか」


 そうして優志は、平静を装って、いつもと違う結衣を眺めながら。


「予行演習なら、もういいんじゃねーの」

「え? あー……とねぇ……あ。ま、まだやろう! 一応!」

「あっそう……」


 再び手を繋ぎ、いつもと違う自分を誤魔化すように足を動かすのだった。

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