第11話 俺と結衣が付き合ってることに

 優志が結衣の十分ほど後に登校した日のこと。


「……ん」


 結衣と違い、優志はなるべく結衣とは時間を空けて登校したがる。

 だから、優志が登校する頃には、結衣は大抵誰かと盛り上がっている最中なのだが。


「……なんだあいつ」


 今日は教室に入るなり、結衣と目が合った。

 何だか申し訳無さそうな顔をしていた気がする。


 何となく不吉な感じがする。


「や~、おはようおはよう」

「……おはよう」


 それを気にせず席に座ろうとしたところで、聞き覚えのある声が挨拶してくる。

 優志にとって第二の不吉な予感。


「覚えてるぅ?」

「何が」

「誰か」

「たかなかなかな」

「おー大体合ってるねぇ」

「間違ってるだろ」


 結衣が「カナカナ」と呼んでいたことだけは覚えていた。

 ただ、言った後に正しい名前も思い出す。


「たかなかかな」

「いいねいいね、漢字も教えてあげよう」

「は」


 高中は手に持っていた本を机に載せると、開いたページに『高中香菜』と書き込む。

 教科書に書くのかよ、と思ったが、ページにはデカデカと『不倫! 離婚!』と書いてあった。ゴシップ誌だ。


「……よくそんなの読むな」

「う~ん? 人の趣味を馬鹿にするのはよくないなぁ」

「……趣味って」


 もっと楽しいこと趣味にすればいいのに、と言いかけて、これも趣味の否定か、と気づく。


 自分には理解できない人間だと優志は悟った。


「で……今日は」

「今日は?」

「用だよ」

「んん〜? 友達の彼氏がどんな人か見に来ただけだよ」

「……まだ言ってんのか」


 天坂も高中も、同じ話題によく飽きない奴だと呆れる。


「それについては、結衣にでも聞けばいいんじゃね」

「ん、何が?」

「いや、だから付き合ってるとか何とか」

「……ん?」

「なんだ……その反応」

「あれ? もしかして――」

「おーっとー!? なーに話してるのー!?」

「……うるさいな急に」


 急に二人の間に結衣が割り込んでくる。


 目立つな、と優志は結衣に視線を送る。

 しかし、焦った様子の結衣はその視線にも気づかない。


「カナカナ! ちょっと話さない!? 面白い噂があってさぁ!」

「え、なになにぃ? 情報提供? 情報提供?」

「情報提供! 情報提供! 話そう話そう!」


 そう言ってガッチリ高中の腕を掴んだ結衣は、優志の前から姿を消した。


「……情報提供ってなんだよ」


 面倒くさい相手を連れて行ってくれたのはいいものの、結衣の行動は腑に落ちなかった。



 ◇◆◇◆◇



「ふわぁ…………眠いねぇ!」

「そのテンションでか」


 その日の夜。

 いつも通り優志はリビングでゆっくり過ごしていた。


「あー眠い眠い眠い……眠い!」

「徹夜でもしてるのか」

「うっわねっむ! 眠いなぁ……!」


 しかし、結衣の方はゆっくり過ごしていたとは言えないかもしれない。


 最近はそもそもテンションが高い時が多かった。

 ただ、今日は特におかしい。


「……じゃ、俺が先に寝る」

「え、あ、そう?」


 こういう時は、一人にすれば治る時もある。

 そう考えて優志は早めにリビングを出ようとするが、


「あ! ゆ、ゆーし」

「あん?」

「今日は、ゆーしの部屋で寝るから、ま、待ってて」


 そう言うと、結衣はソファの上の毛布を抱える。


 最近の結衣はソファで寝たり優志の部屋で寝たりしている。


 だが、部屋で寝たがる日は何故か不安そうな日のことが多い。


「待った」

「んぇ!?」


 そそくさとリビングを出ていこうとする結衣の肩を掴むと、結衣は跳ね上がった。


「結衣」

「ふぁい」

「こっち、向いてみろ」

「ふぁい」


 振り返ると、結衣はペコちゃんのように斜め上のどこかを見ていた。


 優志はこの時点で何かあることを確信した。


「俺は超能力が使える」

「……しゅ、しゅごいね」

「結衣の思考だけは読めることがある」

「わ、私と一緒にマジックショーやる?」

「わりといい案だけど今はいい」


 優志はまっすぐ目を見ながら再び結衣の肩に手を置く。

 顔を赤くした結衣の黒目がスーパーボールのように跳ね回る。


「最近の結衣は明らかにテンションが高かった。おかしくなってた。いつもより馬鹿っぽかった。ただ、その要因はわからなかった」

「うえぇ……? そうぅ……?」

「でも今日の朝の出来事を見て、俺はもしかしてと思ったことがある」

「あ、あさ?」

「朝、高中が俺のことをまた『友達の彼氏』って言ってきた」


 優志が話した瞬間、結衣の体が強ばる。

 その反応は優志が自分の能力を確信するには十分だった。


「でも彼氏とか言うことを結衣が否定してないはずがないんだよ。だから勝手に高中が言ってるんだと思ってた」

「しょ、しょのー……カナカナはゴシップがしゅきだから……」

「だけど高中を連れて行く時、結衣はそれに触れなかった。否定もしなかった」

「ピュー、ヒューひゅひゅー……」


 観念した結衣は下手な口笛を吹く。


「まさか結衣がそんなことするわけはないんだけどさ」

「え、な、なに?」

「一応聞くだけ聞いていいか?」

「うん……しょうがないから聞いていいよ」

「ただの憶測だから違かったら俺を存分に馬鹿にしていいんだけど」

「うん……馬鹿にする」

「理由は知らないけど――お前、俺と結衣が付き合ってることにしてないか?」


 優志の質問で、十秒ほど沈黙が続いた後。


「……してましゅ」


 結衣は余命宣告を受けるようにゆっくりと頷いた。

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