第10話 普通に帰った方が楽しいかな
放課後の手芸部の部室。
優志は入部した時から定位置の端の椅子に座っていた。
前には天坂が座っている。
「今更だけど」
「なんですか」
「……天坂、すっかりこっち側だな」
「……うるさいですね」
新学期になってから約二週間。
入部してから、天坂の座る場所はいつも優志の前だった。
部室には四つほどの机の固まりがあるが、他の机では楽しそうに女子同士が雑談している。
「場所がなかったんです」
「空いてるだろ、別に」
「入部した日は、なかったんです」
「入部した日と同じ場所に座らなくてもいいだろ」
「……邪魔ならそう言えばいいんじゃないですか」
「急に卑屈になるなよ」
優志の周りには基本的に人がいない。
放課後は部活に遅れがちな結衣が来る前は、優志と天坂くらいしか集まらない。
「ここいたら目立つだろうから、聞いただけだ」
「……先輩達が目立つので、隠れてるんじゃないですか」
「今は結衣いないから天坂もチラチラ見られてる」
「えっ」
言われて、天坂は慌てて後ろを確認する。
「……勘違いされたくないので、早く先輩達が付き合ってること発表してくださいよ」
「勘違いされる前にまず天坂が勘違いしてるけどな」
「……何がですか」
「ちょっとガチで忘れた感出すな」
天坂にはとっくに優志と結衣が付き合っていないことは言ってある。
「誰が見ても……付き合ってると思うんですけど」
「それを決めるのは見てる奴らじゃない」
「……先輩って本当にそういう感じじゃないんですか」
「意外と恋バナ好きなんだな、天坂」
「はっ……?」
顔を上げた天坂は意外と慌てている。
面倒な話題にカウンターを決めてスカッとする優志。
「いや……私はただ……他の人からどう見えてるかを、先輩に親切に……」
「だから俺に親切せずに机移動して他の女子に親切してくればいいんじゃね」
「……その話はいいです」
「友達できたか?」
「先輩は、友達いるんですか?」
「……この話はやめよう」
天坂は自分と似てるのかもしれないと思う優志だった。
「まあ、言いたい奴には言わせとけばいいだろ」
「それは、そうですね」
「結衣のことが好きだとか付き合ってるだとか……本人以外関係ないし」
「……はぁ」
「結衣と付き合うとか……どうせ全部事実無根の――」
「……ちなみに、先輩」
「ん」
「後ろにいるの、気づいてますか」
「ぁ?」
振り返ると、口に手を当てた結衣がいつの間にか後ろに立っていた。
聞いてはいけないことを聞いてしまった、という顔。
「……勘違いしてる」
「ゆ、ゆーし今、私と」
「勘違いしてる」
「つ、付き合うって、一応、何の話なのか……」
「勘違いしてる!」
「いや、や、やっぱり何も聞いてない!」
「勘違いしてる!!!」
その後、優志は逃げ出そうとした結衣を無理やり隣に座らせ、その勘違いを解いた。
◇◆◇◆◇
帰り道。
二人は隣に並んで帰っていた。
「いやー、今日はびっくりしたなー」
「何が」
「何がとは言わないけど」
「言わないなら言うなよ」
相変わらず結衣との会話に頭は使わない。
こうして一緒に帰っていると、優志は小学生の頃を思い出す。
こういう会話は昔からなのだ。
「ってか、同じ家に帰るようになって気づいたけど」
「ん?」
「友達と遊んだりしないのな」
「……ん?」
「理解できるだろ」
優志からすれば結衣は友達界の大富豪。
しかし、同棲している間、学校以外では結衣が誰とも会っていないことに気づいた。
「そこはあれだよ、あれ」
「なんだよ」
「時は金なりってこと」
「……ああ」
遊ぶのには金が必要だということか、と優志は理解した。
「まあ、そうか」
「……え、伝わったんだ」
「悪いこと聞いたな」
「思った以上に伝わってる……?」
結衣は本当伝わっているのか疑うような顔で優志を見る。
「まあ……まあ、うん。……夕飯、どうする」
「そんな露骨に話変える?」
「話したいなら話せば」
「お金ちょうだい」
「って言って俺が百万円手渡してきたらどうするんだよ」
「冗談でしたーって言う」
「だろ。半端な覚悟でねだるな」
「えぇ……?」
「そんなにダメだった……?」と呟く結衣。
優志も別に何か考えて言ったわけじゃない。
「というか、金欲しいのかよ」
「代償なしで召喚できるならほしい。……いや、ねだってるわけじゃないよ」
「労働の対価ならもらえるだろ」
「それは時間を代償に召喚してることになるから」
「特殊な考え方」
夜のダラダラしてる時間なら代償にしてもいいだろ、と優志は思う。
「真面目な話」
「真面目な話は禁止ね」
「なんでバイトしてないんだ? してたろ、一時期」
高校一年生の頃、結衣が働いていたのは覚えている。
「バイトって楽しい?」
「少なくとも楽しさを求めるものじゃないんじゃね」
と言う優志は、バイトをしたことはなかったが。
「もう、なんかさ、お金が原因で死にかけて、絶対しなくちゃいけない! ってなったら、頑張るけど」
「手遅れだろ」
「今は……普通に帰った方が楽しいかなって、思うから」
「……ふーん」
気恥ずかしそうに言う結衣に、優志はそれ以上何も言えなかった。
「……ただ」
「ただ?」
「結衣が働きも遊びもしない場合、帰る時間が毎回一緒なんだよな」
「不審者が出た時も安全じゃん!」
「集団下校か」
不審者が出ても結衣を守れる自信はないな、と優志は思う。
「いや、行く時は時間空けて登校するようにしてるのに、下校だけ無防備すぎだろ、って話」
「いんじゃない? 誰もいないし」
「毎日帰ってたらいつかは会うだろ……さすがに」
「その時はその時だよ」
「……そうだけど」
結局バレる時はバレる。
その可能性を下げようという話をしているのだが、自信たっぷりに言われると説得する気も薄れてきた。
「バレた時はそっちで何とかしてくれよ」
「わかってるわかってる。大丈夫大丈夫」
「不安」
「大丈夫大丈夫」
「私はそういうの得意だから~」と自信満々に言う結衣。
そんな結衣をなんだかんだで頼りにしている優志。
――そうして二人が無防備に同じ家に帰っていく瞬間を、
「…………――」
遠くの窓から、一人分の目が覗いていたことに、二人は気づかなかった。
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