第9話 平和だねぇ
「今日は私が後に出るね」
平日の朝。
同じ家から同じ学校に登校する二人は、玄関で話をしていた。
「いいけど、追いつくなよ」
「仕方ないから私は三十秒ハンデでいいよ」
「追いつく気満々だな」
優志は本気で嫌そうな顔をする。
優志は周りからの目なんてどうでもいいというスタンスで生きている。
ただ、完全に周りからの目を気にせずに生きられているかというとそうでもない。
周りからの目は気になる時は気になる。
だから、同じ家から同じ学校に行く奴がいると噂になるのは嫌なのだ。
「言っとくけど……主に困るのはそっちだからな」
「大丈夫大丈夫、冗談だって。一分は待つって」
「……一分ならいいか」
さすがに、一分も同じところを見てる奴はいないだろう。
というような確認をして、優志は家を出る。
最近は毎日この時間差登校をしている。
教室に着くと、一足先に席について休む。
当然誰かが「おはよう」と挨拶してきたりはしない。
教室では結衣と話すことすら稀だ。
そういう過ごし方が当たり前になっている。
「おはよう」
「……は?」
「それ、挨拶に対する反応じゃないよね」
驚きながら横を見ると、タレ目とふんわりした髪が特徴的な女子が立っていた。
「ああ……おはよう」
「おはよう」
挨拶してくるなんて変な奴だな、という目で見ていると、相手は突然笑い出す。
「はははっ」
「…………なんだ」
「結衣の言ってた通りだね」
「……結衣?」
話が見えず困惑していると、
「おはよー――カナカナ!?」
後から登校してきた結衣が大声を上げた。
「あれ? えーと……なんでカナカナがゆーしと……?」
「友達の彼氏を見たくなったんだよ」
「彼氏じゃないからね!?」
「……なんだ、お前の友達か」
二人のやり取りを見て、大体の関係は掴めていた。
「あ、うん……
「俺は絡まれてただけだ」
「酷いなぁ、挨拶までしたのに」
「挨拶はしたけど」
だからなんだ、と優志は会話を面倒くさがる。
そんな二人が話しているところを見て、結衣は意外そうな顔をする。
「あれ……ゆーし、結構……」
「ん、なんだ」
「あ、ほら、カナカナ私の席で話そう! ここだと邪魔だから!」
「うぇ~話してたのに~」
「いいからいいから!」
そうして、結衣は優志から無理やり引き離すように高中を引っ張っていった。
「……散々目立ちやがって」
結衣はうるさいし、高中もおかしい。
変な奴には変な奴が集まるんだな、と優志は結論づけた。
◇◆◇◆◇
学校帰り。
二人はスーパーで買い物をしていた。
「ゆーしー、これ買ってー」
「今日の朝の恨みは忘れてない」
「あれ!? 買ってくれない!?」
結衣が持ってきた冷凍ジンギスカンを拒否すると結衣は驚いたような顔をする。
「意外と怒ってたんだ」
「怒ってはない」
「ならいっか」
「よくない」
怒るほどのことかと言うと、そうでもない。ただ腹は立つ。
「俺を巻き込むな」
「うん」
「とあいつに言っておけ」
「それは自分で言ってよ」
それは嫌だ、とわがままを言う優志。
自分から行動するほど興味があるわけでもない。
「まあどうでもいいんだけど」
「どうでもいいならいいんじゃない?」
「……いいけど」
馬鹿そうな会話だな、と自分でも思った。
「ってか、あんな変わった奴クラスにいたか?」
「今年から同じクラスだよ」
「変わった奴なのは否定しないんだな」
「変わった奴ではないけど」
結衣も変わった奴だとは思っていそうだ。
「なんかねー、高校からこの辺りに引っ越してきたんだって」
「ふーん」
「なんかいろんなこと知ってて面白いんだよ」
「ふーん」
関わる気がない優志にはどうでもいい情報だった。
「それと」
「んー?」
「お前、俺と付き合ってるって吹聴してないよな」
「なんでっ!? してないけど!?」
「してそうな反応するなよ」
怪しいほどに動揺する結衣。
ただ、嘘はついていない顔だ。
「じゃあ、あいつが勝手に言ってただけか」
「そ、そうそう……ほら、なんか……よくある勘違い、みたいな」
「へぇ」
「なんかそういう、噂とか好きだから、カナカナが」
「ふーん」
ゴシップ誌読んでそう、と優志は思った。
「まあ、ならいいけど」
「カナカナから離れろ! って言うかと思った」
「俺が結衣の交友関係に口出したことないだろ」
「ないね」
学校では結衣とも深く関わらない、が優志の基本スタイルだったりする。
「俺に迷惑かからなければどうでもいいし」
「じゃあ安心して買い物できるね」
「まあ安心して――は」
そのタイミングで冷凍ジンギスカンをカゴに突っ込んだ結衣は、どこかへ去っていく。
「……いい加減買い物に結衣連れてくるのやめるか」
毎回こう思うんだろうな、と思いながら、優志は今日も重たいカゴを両手で持った。
◇◆◇◆◇
「重たいぃぃぃ……!」
「それがお前の罪の重さだ」
買い物の後。
スーパーがセールの日だったこともあり、買い物袋はいつもの二倍くらいの重さになっていた。
「どうだ、わかったか」
「ゆーしよく持てるねぇ……」
「反省しろ」
帰り道の途中、重たい方を持っていた優志が、軽い方を持っていた結衣と袋をトレードした。
その結果、結衣の足取りは一気に重くなった。
荷物の重さを体感させて優志は満足げな顔をする。
「うあぁ……」
「もういいから返せ返せ」
「返す返す返す……」
袋を渡すと、結衣は「ふぃ~」と手をブンブン振る。
早く軽い方を受け取ってほしい優志はそれを冷めた目で見ている。
「ほれ」
「そっちも重いよね」
「重いと思うなら時間稼ぎするな」
どんどん腰が曲がっていく優志を結衣は面白がって笑う。
卵が入っていなければ荷物を振り回して殴るところだった。
「わかったわかったってぇ」
「重い方でもいいんだぞ」
「そっちはゆーしにあげるよ」
調子のいいことを言う結衣。
観念して軽い方を受け取ろうとした時、
「あ」
結衣の手が優志の手に当たった瞬間に、結衣はスッと手を引っ込める。
「おい」
「い、いや」
「なんだ今のフェイントは……? 本気で俺に全部運ばせる気か……?」
「違う違う違うから! 持つ持つ!」
改めて袋を受け取った結衣は、ふー、と落ち着いたような息を吐く。
「……平和だねぇ」
「なんだその感想」
散々騒いだ後にくすっと笑って、結衣は帰り道にある前まで自分が住んでいたアパートを眺めていた。
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