第12話 付き合うフリって

「結衣、彼氏と一緒に住んでる?」

「へ?」


 それは、結衣が優志より先に学校に着いた日のこと。


 近づいてきた高中香菜に急にそんなことを聞かれた。


「……にゃんで?」

「こういう時、否定から入らないのは肯定と一緒なんだぜぇ」

「ちちちがうけど、にゃんで?」


 当然、結衣が誰かに家の話をしたことはなかった。

 知っているとしたら優志しかいないはずだった。


「いやぁ、一緒に帰るところを目撃してしまってねぇ」

「……カエルトコロ」

「同じ家に入っていくからビックリしたよ」

「ふぉぉぉ……!」


 結衣の頭は真っ白になった。


 下校時に無防備だというのはつい昨日優志に言われたばかり。

 そして結衣は自信満々に「大丈夫大丈夫」と答えたばかり。


 優志にどんな顔をすればいいのか全くわからない。


「えっ……カナカナの家って……この辺だっけぇ……?」

「この辺だよ」

「あ、そっかぁ……」


 どこから引っ越してきたのかは聞いていたけど、今どこに住んでいるのかは聞いていなかった。


「あれって木船君の家?」

「ゆーしの家、です……」

「へー、やっぱり仲いいんだねぇ」


 ニヤニヤとした表情で顔を見られる。


 しかし、それは別に「大変なこと知っちゃったなぁ」という顔ではなかった。

 どちらかというと恋愛の話でからかうような顔。


「家でも同じ感じなの?」

「え、まあ、はい……」

「どっちかが料理作ったりするの?」

「あ、うん、どっちも作るよ……」

「へぇ~~~」


 これはいい情報聞いちゃったよぉ、という顔をする高中。


「…………」


 ただ、結衣からすれば、全く核心に触れてこないのが不思議で仕方なかった。


「えっと……」

「ん?」

「カナカナは、二人で住んでるって言っても、そんなに……驚かないんだね」

「付き合ってるなら普通なんじゃないの?」


 高中からすれば、そこは別に大事なところじゃない、という雰囲気。


 もしかすると、カップルであれば、高校生が居候しててもそこまでスクープじゃないのかもしれない。

 高中はそんなことより、恋愛模様の方が気になるという顔をしている。


 いつもエグいゴシップ記事ばかり読んでる割にはピュアなのかもしれない、と結衣は思った。


「住んでるって言っても、自分の家には帰ってるんだよね?」

「えっ、あ、うん」

「なら普通だよぉ、私はそのくらいじゃ驚かないもんね」

「ソ、ソッカー」


 誤魔化す前に、向こうが勝手に納得してくれた。


「にしても、いやぁ~いい情報知っちゃったなぁ」

「ははは……」

「一緒に住んでたらどういう感じなのか私にも詳しく教えてほしいなぁ」

「え、あ、まあ、ゆーしがいいって言ったら……」


 そうして、穏便に済んだことに安心しながら、結衣はこのことは優志には何としても隠し通そうと心に決めるのだった。



 ◇◆◇◆◇



「――それで、俺と結衣は付き合ってることになったのか」

「…………ふぁい」


 その結果、その日の夜には優志に隠し事はバレていた。


「……どこから叱ればいいのか」

「しからないで……」

「声がか細すぎる」


 結衣も反省してると思ったからか、優志はそれ以上は咎めなかった。

 そもそも、優志が本気で結衣に怒ることはほとんどない。


 大抵の場合、すぐに結衣と同じ視点に立ってくれる。


「で、どうすんだよ……バレるんじゃねーの、さすがに」

「……考えてましぇん」

「知ってる」


 付き合っていることにしたのは結衣の考えじゃなく、相手の一方的な勘違いだ。


 それを利用しただけだから、作戦も何もない。

 流れに身を任せただけだ。


「一応聞いとくけど」

「んぇ?」

「結衣に彼氏はいないんだよな」


 聞かれて、結衣の頭の中で思考がぐるぐる回る。

 ……自分にとって、優志は彼氏か? という質問だろうか。


「俺の知らないところで彼氏がいたりはしないんだよな?」

「あ、そっちか」

「こっち以外に何があるんだよ」


 結衣の中で彼氏と優志が勝手に繋がっていた。


「いないいない……え、どういう質問……?」

「俺の他に『俺が結衣の彼氏だ!』って奴が出てきたら破綻するだろ、一応、確認した」

「あー……あぇ? やってくれるの?」

「何が」

「付き合ってるって、嘘ついていいの?」


 何となく、優志はこういう迷惑を嫌がるイメージがあった。


「他の案があるならやらない。案があるのか」

「え、ない」

「……なら、しょうがないだろ、一時的に」

「あ……え、ありがとう」


 今回に関しては、完全に結衣は自分のミスだと思っていた。


 優志の言う通り、もう少し下校時も気をつけていればよかったのかもしれないし、大丈夫と言った割には、その対応でも優志に迷惑を掛けてしまった。


「バレたら俺もめんどいし……別にいい。たかなかなかなに付き合ってないって言わなければいいだけだろ」

「高中香菜ちゃんね」

「面倒くさいからゴシップ記者って呼ぶか」

「あ! いじめだ!」


 それでもほとんど文句も言わず付き合ってくれる優志には、素直に感謝していた。



 ただ、先に部屋に戻っていく優志の背中を見ながら、結衣の頭には一つの疑問が浮かんでいた。


「……付き合うフリって、何するんだろ」

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