54 Q:A-O3D-T【脱線】

>Quest : Adventure - 乙3 Dungeon - Trouble




 『墓守の厄災』と呼ばれる魔物 金骨百足は乙3Dカブラマルク迷宮内を自由闊歩するボス級の中でもまともにやり合おうとすれば最も厄介な個体だ。


 まず黄金でできた躯体くたいは並の冒険者では金以上の硬度を持つ素材でなければロクに傷も付けられない。そんな凶暴な身体がありとあらゆる攻撃にまで転用されるので質が悪い。

 加えて問題なのはぶっ飛んだスピードである。その巨体からは想像もつかないような速度で縦横無尽に動き回り、攻撃においては高度なコンビネーションを発揮するそれはまさしく厄災を冠するにふさわしい凶悪さだ。


 そして何より、俺やカツゾウのように現状ではテク押しでしか対峙できないプレイヤーにとっては百足という体型が厄介となる。無数に足を持つ金骨百足はこちらが何をしてもそうそうバランスを崩してくれないので、隙を作りにくい。


 不幸中の幸いと言うべきか、金骨百足は討伐しなくても適当に攻撃を掻い潜ればその内飽きてどこかに去ってしまうので、現状ではなし続けるのが正解だった。


 だが今回は一つ問題があった。このダンジョン特有の遊び要素、ダンジョンの構造を無視してあちらこちらに動き回る金骨百足の移動時にしがみつくことで発生する通常「脱線」と呼ばれるイベントである。王座が複数あり、独立したいくつかの正規ルートがある乙3Dの攻略において他ルートに移転できる例外的な手段がそれだ。


 そして今、カツゾウだけが期せずして脱線することになった。


 「…………」


 やってしまった。

 脱線発動時は通常、移動が完了した際に再度百足に襲われることは無い。カツゾウの技術があれば突進を正面から受けたとて致命傷を負うような事態は避けられるはずだ。現にパーティーステータスにおいてカツゾウはダメージこそ負っているものの依然生きてはいる。

 だがここからはカツゾウは全く別のルートでソロで、俺はアリアを伴いこのルートを完走し、核座で落ち合うしか再会する術はない。

 カツゾウの腕なら或いは、だが彼女が飛ばされたのがもし最悪のルートだった場合、ソロでの攻略は構造的に厳しい場面がある。


 「カツゾウ殿……」


 俺の背を降りたアリアが震えながらその場に膝を着く。


 「まだ生きています」


 そう、まだ、だ。

 現状の彼女のステータスと技術があっても乙等級では些細なミスで命を落とす。


 「一旦核座に向かいます。付いて来てください」


 「…………」


 アリアはほんの少し前までは常に朗らかでゆとりある佇まいだったミツカの怒気すらもはらむ雰囲気に足が竦んだ。

 実際にはミツカはアリアに対して怒っていた訳ではない。明らかに手合い違いなアリアがこの緊急事態に手を滑らせるかもしれないことを踏まえて立ち回ることもできただろうに、自身の怠慢でカツゾウを危険な目に遭わせたことが許せなかったのだ。

 だがミツカの内心など知る由もないアリアにとって、自身の失態で恩人を危険な目に遭わせ、オウルのリーダーを怒らせている状況に他ならない。


 情けない。だが立ち止まっている場合ではない。

 アリアは竦む足を奮い立たせミツカの後を無言で歩いた。




 ………




 そこからのミツカの進撃は怒濤どとうだった。


 今までの戦いもアリアが見たことも無いような豪傑のそれだったが、それすらも遊びだったのかと思えるような鬼神の如き凄まじさ。

 一切の隙無く、一切を許さない。立ち塞がった全ての魔物を一切歩みを乱さず呼吸するかのように討ち取る。


 途中、あの恐ろしき百足と同様の威圧感を醸す、鷹の頭と翼を持つ巨人と遭遇したが、凄まじい手数の攻撃を完璧に躱し往なし十数分の戦いの末一切傷を負うことなく圧倒した。


 あぁそうか。

 彼は今まで一貫して優しく親しみやすかった。だがそうあるから人間味のある人だと思えていただけで、その実は小さな人の身でありながらあのような化け物を相手に完封するような正真正銘の化け物だ。

 私は何て人に迷惑を掛けたんだろう。何て人を怒らせてしまったんだろう。


 歩みは着実に乙3Dの核座へと向かっている。だが生還できたとて、私はその後生きて帰れるのだろうか。




 ………




 途中、ショートカットのために敢えてボス級の一角である神兵ホルストと交戦するルートを選んだ。幸いにも金骨百足と違って相性のいい相手だったので難なく完封はできたが、それに安堵して一息つく暇などない。

 カツゾウは生存しているようだが詳細な安否までは分からない。一刻も早く核座に辿り着いて、場合によっては別ルートの探索もしなければならない。


 昨晩の会話を思い返す度鼓動が早くなる。

 滅多なことを考えるんじゃなかった。死亡フラグなんて思ってしまったせいで、この不測の事態に胸騒ぎが止まらない。


 死なれては困る。彼女はこの世界を生きていく上で大切なパートナーだ。

 だがそれだけじゃない。彼女はゲームしか能の無かった俺を、ゲームの世界に縋り続ける俺を間近で見て、それでも「好き」だと言ってくれた。そんな彼女を自分の失態で死なせる訳にはいかない。


 そうして無言で後を付いて来るアリアを伴い歩き続ける内、俺たちはとうとう乙3Dの最奥にある王座の前へと辿り着いた。





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