53 Q:A-O3D-B7【墓守の厄災】

 「じゃあアリアさん、お手本を見せるので、さっき教えたような感じで【波爪抉はそうけつ】でトドメ刺してください」


 六体の石像との戦闘開始からものの一分にも満たない間に既に広間は静かになっていた。

 そしてアリアの目の前には四体分の石像の首だけが並べられていた。


 この首はミツカ殿が言った「首残し」とやらにカツゾウ殿が溜息を吐きながらも同意し、魔剣術の練習のためにとわざわざギリギリ生かして据えられたものだ。乙等級の中ボスクラスを一分とかからずに仕留めるだけでなくそのような精密なダメージコントロールまでこなす二人に、アリアはこの短時間で急激に成長したはずなのに彼我の距離がただただ遠いことを実感するばかりで泣きそうになっていた。


 「……ふんっ」


 不機嫌そうなカツゾウが渾身・会心・クリティカルの揃った波爪抉を放つと、最後に倒した恰幅の良い石像の頭が一撃で砕け散った。


 「後はお好きにどうぞ」


 そう任された後、鍛えたが依然つたない波爪抉に痛烈なダメ出しを食らいながら打ち続け、何とか石像を砕き終えた時には一休みしていた上に経験値按分でレベルアップ全快の直後だというのにぐったりしてしまうアリアだった。




 ………




 中ボス戦を終えての道中。

 事前に「長い」と聞いてはいたが、確かに前進しているのか不安になるほど進めている感覚がない。

 そしてその道中でも絶えず雑魚と呼べないような雑魚敵と遭遇し続けているので、オウルの二人が難なく掃討しているから感覚が麻痺しそうだが、さすが乙等級はとてもじゃないが並の冒険者では挑むのも憚れるものだと痛感した。


 しかし異常なのはその高難易度ダンジョンを疲れも見せずにテクテクと邁進していくオウルの方だ。

 最初は頼る当てになると思っていたアリアだったが、進むにつれ二人のことが人の皮を被ったバケモノのように思えてならなかった。


 「二人は一体、どれ程の鍛錬を積んでそこまでの強さを手に入れたんだろう……」


 そう内心が漏れたのを聞いて、ミツカは苦笑した。


 「時間とか量とかも大事だけど、結局は質かなぁ」


 カツゾウも無言ながらミツカの言にコクコクと頷く。


 「質の悪い鍛錬を長々続けても実りはない。短時間でも有意義で濃密な鍛錬をした方がためになる。それは痛感したと思いますけど」


 確かに乙等級とは言え、乙等級でなくとも可能な手法によって今までの鍛錬よりも遥かに短い時間で格段に成長することができている。

 あぁ、悔しいな。認めたくないが認めざるを得ない。今までの無駄……必死のつもりになって浪費してきた時間を思うと……

 

 だが気付けた。二人が気付かせてくれた。今尚気付かない大勢がいることを思えば私は僥倖だ。ここで立ち止まる訳にはいかない。


 「これからですよ」


 そんな私を見て、私を嫌っている様子のカツゾウですら励ましてくれる。

 こんなお荷物を背負って、それでも文句一つ言わずに乙等級を邁進する。


 何が「足並みを乱すハグレ」だ。「有害因子」だ。「利己的で凶悪な冒険者」だ。もたらされたあらゆる悪評が間違いだ。彼らのような英傑を何故そう毛嫌いするのか。

 理由は分かり切っている。真に英傑足り得ない俗物が自身の立場を脅かすかもしれない彼らを恐れているだけだ。

 騎士団に歯向かうのは貴族、引いては国に歯向かうのと同義。だが躊躇うものか。父上だって私の想いを理解してくれる。私は本来あるべき騎士足り得るように力を付ける。敵が何であろうと跳ね退けるだけの力を……




>Quest : Adventure -乙 3 Dungeon - Boss 7




 ゴゴゴゴゴゴ……



 と、歩く内に何やら重苦しい音が辺りに響き渡った。


 「うーわ」


 「……今一番嫌なのが来ましたね」


 と、音を聞いた途端に二人がかつてなく神経を研ぎ澄まして臨戦態勢を取るのを見て、一瞬前の思考が吹き飛ぶくらいの恐怖を感じる。


 先程の石像も恐ろしかった。あれに六体も同時に襲われたら堪ったものじゃない。だがこれから相対するのはそれすらも生易しく感じられるような悍ましい何か……


 ガラガラガラガラ……


 と、どこかから重厚な何かが這うような音が近づいてくる。


 「ここは場所が悪いです。やり過ごすのがいいかと」


 「そうしよう。アリアさん、俺におぶさって」


 言われるまま、すぐに武器をしまってミツカの背におぶさる。


 「絶対にしがみついたまま離れないでください。離れたら死にます」


 「……ッ、分かった……っ!」


 これまでの道中も危機を忠告してくれることはあったが、二人をしてハッキリと死の危険を断言されたのはこれが初めてだった。

 二人はいくつかの気功術と水と雷のバフ魔法を発動し接敵を待つ。


 近付く音は次第に大きくなっていき、やがてそれは私たちの頭上で一旦止まった。


 「あぁ~……丁1Dルイゼリオスで幻惑盾もう一枚落ちてたら楽だったのになぁ~」


 「ふふっ、あげちゃいましたもんね。まぁ何とかなるでしょう」


 そう話す内、頭上に見えたのは金色に輝く巨大な百足のような何かだった。

 と、それを認知した瞬間、何かが飛来する。


 二人は雷のバフで向上したスピードで難なく躱すが、躱した後には人の身など一息で押し潰されそうな巨大な黄金の杭が突き刺さっていた。

 そして躱して安堵する間もなく、凄まじい音を立てながらあの巨体からは考えられないようなスピードでこちらに迫る百足の顔貌を見て全身の肌が粟立った。

 黄金の輝かしい装甲とは打って変わって醜悪な、あらゆる生き物をすり潰して呑み込むために発達したかのような巨大な顎……


 今度も二人は難なく躱すが、百足が地面に突っ込んだ衝撃で砂煙が立ち込める。


 「【暴風雨タイフーン】!!」


 ミツカは躱すなり準備していた複合魔法を放つと、凄まじい風と共に雨粒が吹きつけ砂煙を押し戻す。


 と、魔法を放って一瞬硬直したミツカを狙って百足が一目散に駆けるが


 ズヌゥ……


 すかさず間に入ったカツゾウの水属性魔法複合盾術により、その巨体が滑るようにして明後日の方向に流れていく。


 凄まじい応酬。一撃一撃が決死。

 体勢を立て直しこちらに突進しようとした百足を跳び避けた拍子に


 「あっ……!」


 かつてない緊張で流れた手汗のせいでミツカを掴んでいた手が一瞬離れ、勢いに耐え切れず上体を無防備に逸らしてしまう。


 百足はいくつにも並んだ目でそれを見逃さず、すかさず私の方に向けて金色の杭を放った。


 「っの間抜け……!!!」


 が、すぐさまカツゾウが杭に跳び蹴りを入れ軌道を逸らす。


 「森さん!!!!!」


 次の瞬間


 ゴッ


 百足は物凄い勢いでカツゾウの居た場所を通過して壁に突っ込むと、そのまま空いた穴を抜けてどこかへと去って行ってしまった。





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