55 Q:T-O3D-FC【豊穣の神兵】

 乙等級の王座

 死地の最奥にある地獄。まさか自分がその場に居合わせることになろうとは数日前までは思ってもみなかった。


 だがその恐ろしき何者かが立ちはだかる部屋に何の躊躇もなく足を踏み入れるミツカを見たことの方が、アリアの中では自身が乙等級の王座に居合わせた事実よりも重く感じられた。


 狂っている。

 普通ならば狂人かヤケクソか、他に道は無いとしても乙等級の王座に単身挑むなど常識的には考えられない蛮行。

 

 だと言うのに特に不安な様子もなく、ピリついてはいるが緊張している風でもない。ただそこを通るのが当たり前なのだと、思うがままに歩みを止めない。

 そしてそんなミツカが負ける画が全く思い浮かばない。


 この後目にする惨事を想像して、アリアは王座の入り口で一人震えるのだった。




 ………




>Quest : Adventure -乙 3 Dungeon - Final √C




 乙等級第三ダンジョン『カブラマルク』

 その正規ルートCから連なる王座に立ちはだかるのは神兵イルシウス。乙等級ボスクラスの中でも王座に控える特に理不尽な魔物の一柱。

 NSVの魔物は造型が人型に近いほど性能的に凶悪なものが多く、その筆頭はどこでも会敵し得る魔人族だ。

 そしてそんな魔人族が可愛く思えるくらいとびきり理不尽なのが上位の魔神族。今まさに王座からこちらを見下ろしている褐色に黒髪長髪、見目麗しい女性もその一柱だ。


 まぁ理不尽なんて数えきれないくらい味わってきた。その大体を覆してきた。覆せなかったいくつかを思えばこの程度は恐れるに足らず。

 ここで倒れる訳にはいかない。ステータス差は厳しいが、過去幾度となく彼女と闘い打ち倒した経験は俺の中に生きている。


 ドーム状の王座、円状に走った水路を挟んで内側が戦闘エリアだ。

 気功術を重ね掛けしてそこに踏み入れると、イルシウスの両目が煌々と光り輝き、その背に数十もの魔法陣が出現する。


 すぐさま間合いを詰めるべく駆け出した俺の残影を縫うように鋭い氷柱が突き立てられていき、続けざまに彼女の目前に並んだ三つの大魔法陣に対抗すべく立ち止まって魔法を展開する。

 NSVのパターン通り、突き立てた氷柱で動線を制限してからの【砂刃】【散雹弾】【つむじかぜ】の複合、全範囲鬼畜攻撃【死の風】だ。エリア内に吹き荒れる暴風に紛れて砂でできた刃と雹が打ち付け、ノーガードだとミキサーよろしく身体がゴリゴリ削られていく。

 死の風は躱しようがないので防御必須。今回は全体防御として砂と雹に対する物理対抗と魔法効果相殺狙いで中盾壱【岩亀】と複合【溶岩マグマ】シリーズ、炎丙参【炎壁】・地丙弐【岩壁】とを掛け合わせる。

 通常の岩亀では一方面の範囲受け盾術だが、岩壁との複合で亀甲上の全範囲盾が形成される。そこに炎属性を掛け合わせると表面が溶岩状になり、特に氷属性と地属性の相殺に大きな力を発揮する。


 さて、様子見の一撃が終わったところでここからがイルシウスの性悪全開コースだ。

 王座から立ち上がったイルシウスはその背にいくつもの魔法陣を展開し乱射してくる。

 

 プレイヤーが使おうとすれば必ず詠唱・リキャスト・クールタームでラグが発生するような強力な魔法をあり得ないペースで連発してくる。おまけに無尽蔵かと思いたくなるようなMP量と回復ペース。まぁ甲等級と比べれば生易しい方だが。


 一発でもまともに食らえばそこからの嵌め込みは必至。だが怖くはない。俺は彼女が使う魔法の種類、効果、組み合わせ、それぞれに対する最適の対処法を全て頭に叩き込んでいる。

 轟々と飛んでくる魔法を躱し、躱すのが難しい小粒の散弾系は水の防御魔法で防ぐ。さらに合間を縫うように魔剣術【水燕】と【焔鳶双爪】を交互に打つ。

 一撃一撃のダメージの通りは悪くない。後はこの作業を淡々とこなし、戦闘エリアの湿度を上げていく。




 ………




 戦闘エリアの中心にそびえる王座

 そこから止め処なく発射される魔法はどれも少なくとも丙等級以上は威力のある魔法。一発でも食らえば一溜まりもないような強力な魔法が降り注ぐ様はさながら地獄絵図のようだった。


 だが真に恐ろしいのはその一切を食わらずに的確に反撃しているミツカの方だ。

 否、ただ躱して反撃しているだけではない。それぞれの魔法が発射される前には既に続く動作を開始している。まるで一瞬先にどこから何が飛来するか、躱した隙にどこに何を打ち込めば直撃するか全て知っているかのような立ち回り。しかも使っているのは魔法も剣術も全て比較的軽めのスキルでだ。


 ミツカは魔法複合を巧みに駆使し、遠間からでも的確にボスにダメージを与え続けている。

 

 ふとアリアは気付く。戦闘エリア内に水蒸気が満ちてきている。

 思えばミツカが戦闘開始後から使っていた魔法はそのほとんどが炎と水だ。それらが相互に作用した結果、王座を中心とする戦闘エリアは極めて高湿度の空間が作られていた。


 不意にミツカはそれまでのように躱した合間を縫うような攻撃ではなく地と水の複合防壁を発動し、その影でボスの攻撃をやり過ごしながら二つの魔法を展開した。


 詠唱が終わるなり、巨大な炎と岩の塊が捻じれるように混ざり合いながらボスに向かって放たれたかと思えば



 ボゴォオオン



 と、一瞬の眩い光の後で凄まじい轟音を立てて王座を中心に大爆発が起きた。





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