44 NPC【マリスとメリサ】と奴隷制度
「俺とメリサを二人の奴隷にしてくれませんか!?」
「…………」
余りに突拍子のない懇願に面食らってしまった。
NSVというゲームの世界観において、奴隷という身分は必ずしも暗いものではない。
日本における「奴隷」とは、衣食住は粗末な物しか与えられず、一方で過酷な労働や凄惨な扱いを強いられる消耗道具としての人員を連想する悪しき印象を以って語られることが多い。
NSVにおいても実際に奴隷をそのように扱うケースはあるが、必ずしもこの限りではない。設定上は隷属――言葉通り、支配関係における従属者を指しており、その実は「契約により背任し得ない使用人」というものだ。貴族に限らず一般階級の市民においても人材資源として奴隷を活用する者は多くおり、それらは一般的には良好な上下関係を築いている。と、されている。
NSVではプレイヤーが居宅に配置できるNPCに一応「奴隷」という枠もあった。使用人のように管理が行き届いていないと失踪するようなことはない一方で実務面での制限が多く、敢えて選択する人は少数だったが。
しかしNSVにおける設定を知識として知っているだけで、俺にとってもカツゾウにとっても奴隷という身分は身近なものではなかった。
「何で奴隷に?」
カツゾウは一拍置いて落ち着いたのか、マリスにその真意を訊ねる。
対してマリスは一瞬の逡巡の後口を開く。
「……ミツカさんもチヒロさんもあんなにも強くて、お金にも困っていない。ダンジョンやフォレストワスプの時みたいに経験値按分や戦闘の訓練までつけてくれて……報酬まで……いつだってやろうと思えばできただろうに、二人はきっと俺たちみたいな末端冒険者を売り物にしたり、見捨てたりしない。そう思いました」
「売り物……?」
引っかかる言い方だった。
まるで何かに怯えていて、その怯える対象に当初は俺たちも含まれていたかのような
「……俺たちみたいな身寄りのない末端冒険者は、闇奴隷商の格好の獲物なんです」
マリスは続けて、絞り出すようにそう言った。
瞬間、俺の中ではふと合点が行った。
まず彼の言うことは腑に落ちた。身寄りがなく日銭稼ぎで精一杯な戦闘技術の拙い子供冒険者など、闇奴隷商にとって
そしてそれが不自然なフォレストワスプの調査依頼に遣わされ、そんなたかだか一調査依頼に尾行まで付いていた。
状況的に見て二人は獲物。じゃあ同行した俺たちは?
尾行には暗殺の心得のある者も居た。兄妹が商品であれば殺しはしないだろうがどさくさに紛れて無力化まではしたかもしれない。そうなると俺たちは邪魔になる。あの程度の輩が俺とカツゾウを相手取ってどうこうできると思われていたなら失笑モノだが、こちらは街に来たての冒険者で実力までは知られていないとすれば状況としておかしくはない。何なら一見身の程知らずの俺たちも獲物だったのかもしれない。
だがその前に、マリスが言うように身寄りのない子供冒険者が闇奴隷商に狙われやすく、その手法や商品価値が流浪に身を置く冒険者の間で広く知られるものだとしたら。日銭を気にする冒険者が狙う「自分より弱い獲物」にそんな子供たちも含まれているとしたら。
依頼内容を思い返してみれば、俺たちがあてがわれたのは「フォレストワスプの初期調査」依頼だったが、実際には巣は完成・拡張し、変異種や上位種が多数出現していた。あの規模で巣が巨大化していれば付近でフォレストワスプとのエンカウントが頻発し、探索する冒険者に気付かれないはずがない。偶然と云うにはあまりにも不自然な不測の事態だ。
わざわざあんなきな臭い依頼の定員を四人にして兄妹をあてがわれたのは……俺とカツゾウも獲物だったかもしれないが、見方によってはマリスが言うように兄妹を「いつでもやろうと思えばできた」俺たちにお
そしてそれを想定通り有効活用しなかった俺たちと別れた二人兄妹の行く末はどうなる?
そこまで思い当たると、今は想像の域を出ないが兄妹の怯え様とこの街に来てから感じていたきな臭さの点と点が結ばれていく。
嫌な感じだ。
こちとらNSV沼にどっぷり浸かったファンタジー脳だ。このようなファンタジー的な世界において、ありきたりな悪徳シチュを邪推しないわけがない。邪推であればどれだけいいことか。
「……胸糞悪いですね」
カツゾウも同じような想像をしたのか眉間に
確証はないが、大元が想像通りであれば多少の実戦経験を積みランクが上がったところでマリスとメリサにとってこの街は安全ではない。恐らく当人もそれが分かっていて出会って間もない俺たちに敢えて奴隷という、明確に身元が保証される以外は「闇奴隷よりマシ」程度の選択肢を持ち出してまで
「奴隷にはできません」
と、どうしたものか考える間もなくカツゾウが断言する。
「お、お願いします!できることなら何でもしますから!」
取り付く島もないと思ったのかマリスは焦ってさらにとんでもないことを口走るが
「そもそも私たち、家がありませんから」
カツゾウはただ淡々とそう言った。
そう言えばそうか。確か奴隷は一定格の行商か定住区画を有する者しか所有することができないという設定だった。
「家、買います?」
「あぁ~……う~~ん」
せっかく買うならいい感じの別荘地か、移動手段が取り揃うまでは王都近辺がいいが、マルトもまぁ地価の割に使い勝手は悪くないか……
……ところで「家、買います?」って、今物凄くナチュラルに同せ……共住提案されたか?
「買おう」
決して邪な気持ちが絡んだわけではない。いずれ必要になる、あると便利で、安い買い物ではないがマルトの地価程度なら当面の生活に障らない程度の出費で済む。
だがそれより何よりカツゾウとのルームシェアなど楽しいに決まっている。決断は早ければ早い方がいい。まぁこういうところでゲーム的なテンションの思い切りがあってもいいじゃないか。
「ちょうど懐も潤いましたし、今から不動産屋に行きましょうか」
カツゾウは相変わらず凄まじいアジリティを見せるが
「ど、奴隷にしてくれるんですか!?」
マリスの一言でふと我に返る。あぁ、奴隷を所有するのに家がどうこうという話だった。奴隷か~……
「別に……二人を
二人の様子を見ていると寝首をかかれる心配も無さそうだし。
「奴隷がいいと言うなら奴隷でもいいと思いますけど」
カツゾウが余りにも淡々とそう言うので、決めたと思えば優柔不断さを見せる自分が恥ずかしくなる。
「ところで思ったんですけど、丁度私たち、人員が欲しかったんですよね」
「……それだ!!」
カツゾウのナイスアシストでつい少し前の困り事を思い出し、俺たちは取り急ぎ二人の身柄を預かる決意をした。
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