35 NPC【マルト支部長 ゴードン】

 ルイーゼを発って半日


 進むにつれ強力になっていく魔物を嬉々として狩りながら、たんまり買い込んだ食料と回復魔法でケアしつつ愛馬 百段を走らせ、無事マルトに辿り着いた。


 ギルドで冒険者登録を済ませた甲斐あり、マルトへの入場はスムーズに済ますことができたのだが


 「『オウル』のお二方!お待ちしておりました!ささ、こちらへ……」


 門を通るなり、何やら胡散臭いちょび髭のおじさんにやたらと高級そうな馬車に案内された。

 こちらを見たカツゾウの眉間にはシワが寄っている。

 言わずもがな怪しい。初めて訪れる街で縁のない二人にこのは、ちょび髭の胡散臭さも手伝ってどう好意的に受け取っても怪しさしかない。


 「どちら様ですか」


 仕方なく訊ねると、ちょび髭はハッとした様子で


 「名乗りもせず大変失礼いたしました。私、冒険者ギルドマルト支部のナンムルと申します」


 冒険者ギルドがわざわざ高級馬車でこんな時間まで控えてお迎えだなんて大袈裟な……まだ目を見張るほどの成果を上げたわけでもないし、ランクもそこまで高くはないというのに。


 「ギルマスがお二方のとどろく武勇に大変興味を持っておいでで、是非とも表敬訪問を……」


 瞬間、カツゾウがハッキリと嫌そうな顔をする。

 「表敬訪問」ね。よく活躍したアスリートとかが自治体の首長と会うパフォーマンス的なアレ。

 字の通り噛み砕くなら「敬意を表しに訪問する」ということになるが、縁のないギルドのマスターに何ら背景なく表する敬意がないし、こちらから特段報告するようなこともない。人間関係は大切だが、ギルドという公益組織とはあくまで利害で関わるのであって、初めて訪れたギルドと懇意であるポーズをマルトの市民に示す必要性も感じない。逆にギルマスの方がこちらに表敬したいというのなら招くのはお門違いだろう。

 だが、きな臭いとは言え無碍むげにあしらって面倒ごとに発展するのも面倒だ。


 「お腹が空いているので遠慮します」


 何と応えようか迷っている内にカツゾウはキッパリそう言い放ったが


 「最高級のディナーをご用意しておりますので……」


 ゴリゴリの接待じゃないかと思ったものの、カツゾウはまんざらでもない顔をした。


 「……まぁ、分かりました。旅の後なので手短に済ませましょう」


 「ありがとうございます……!さ、馬車へどうぞ」


 まさか結成から数日で政治利用されるとは……

 半日馬の背に跨った後でやたら座り心地のいい馬車だというのに、何だか到着早々気怠けだるい気分になりながら俺たちはマルトの冒険者ギルドに向かった。



 ………



 「はっはっは、噂は聞いているよ。ささ、お掛けになって召し上がってくれたまえ」


 ギルドに着くと応接室というにはいささか華美な一室に通され、予告通りの高級風なディナーを並べられた。

 一応道中の採集で獲得できた【鑑定】スキルで料理を見てみるが、とりあえず検知できる毒は無さそうだ。


 カツゾウは喋りを俺に投げたつもりでいるのか、止めどなく料理を口に運んでいる。彼女、結構食いしん坊だよなぁ。


 「食べっぷりのいいお嬢さんだ」


 そう言ってご満悦なのはマルト支部のギルマスを名乗るゴードンというアフリカウシガエルのようなふてぶてしい風貌の男だ。シチュエーションを加味せずとも胡散臭さが滲み出ている。


 「駆け出しの俺たちをわざわざお招きいただいて恐縮です」


 「はは、ご謙遜を 丁等級とは言え、たった二人で日に十数周もするような御仁、むしろ駆け出しであることが足枷なのでは? 必要とあらば便宜を図るが……」


 今のランクが実力に見合った評価かと言えば疑義はあるかもしれないが、ギルドのランクはあくまで所定のクエストの達成率と貢献度にるものだ。

 恩を売りたいのか知らないが、ランクが上がったところで便利なことばかりではなく、現状でも何ら不便はない。ランクアップRTAをしたいわけでも急ぎ上げたい事情があるわけでもない。結局スピード昇級にはなるのだろうが、基本的には成り行きに任せて順当に上げていく予定だ。

 

 「特に困ってはいませんよ。今後ものびのびマイペースに頑張って、ランクは実力で上げていきます」


 「はっはっは、謙虚なものだ……おい!例の物を」


 と、箸にも棒にもかからない態度でやり過ごそうとしたが、ゴードンは不意に控えていた職員(?)に指示を出し


 「一ギルドマスターとして、有望な冒険者には目を掛けておきたいのだよ。君たちの強さをして、それでも時には命を落とす、それが冒険というもの。その危険を一片でも取り除くためにわしからの厚意として……受け取ってくれるね?」


 何やら見るからに賄賂風な物がワゴンに載せられて運ばれてきた。


 見たところ、ダンジョンドロップの装備や装飾品……の中でも売るのが最大の有効活用とまで言われる見た目重視(とは言えダサい)の一見高級風キンピカ装備だ。

 カツゾウはよく顔に出すが、今度は俺も顔に出たかもしれない。


 いるな。


 NSV世界ランキング二位――その栄華に辿り着くまでに幾度となく血反吐を吐き、辛酸を舐め、屈辱を味わった。

 ランカーとは常に、その足元から虎視眈々と食い殺さんとする猛者たちを蹴落とし続けるもの。当然怨恨が生じることは少なくない。ランクを余所に悪意だけを向ける輩も居た。二位を維持する過程においても舐めてかかって来る輩はごまんと居た。舐められること自体に都度腹が立ったわけではない。ありとあらゆる敵意、それら全てを足蹴にして上に立つのが上位者の宿命だと思っていたからだ。


 だがこう毛色の違うナメられ方はやはりしゃくさわる。


 持ち出された賄賂がゴミ装備なこと。

 ゴミ装備でいいとでも思われたのか、その装備の程度も読めない若輩と思われたのか、それとも向こうも良く知らずにただ高級そうな見た目というだけで並べたのか。

 そしてそんなゴミ装備とて、この世界の人々が命がけでダンジョンから持ち帰った品であり、それをこのような場面で持ち出すこと。

 何よりその手段が通用するだろうと、こちらとあちらの立場を推し量られていること。


 「ごちそうさまでした」


 と、不意に発せられたカツゾウの凛とした声に、頭に上りかけていた血が冷める。

 彼女は粗方平らげた皿にフォークとナイフを置くと


 「大した装備でもないので、不要です」


 淡々とそう言い放った。


 「なっ……!」


 これにはゴードンも、賄賂を運んできた職員も表情を取り繕わず驚愕する。

 実際には現時点で俺と彼女が持つ装備より並べられたキンピカの方がいくらかマシではある。彼女とて冷静な風を装ってはいるが、恐らく内心でははらわたが煮えくり返る思いなのだろう。最も効くであろう、この場における「ありがたくありませんよ」という事実のみをただ淡々と告げた。

 彼らに完全な善意の支援以外の含みがあるのなら、カツゾウの一言に他意を想像することだろう。俺もカツゾウも恐らく言いたいことは、そこに全部含まれてる。


 「俺も結構です。ついでに、装備も金もランクも要りません。冒険者なので、欲しいモノは自分で手に入れます」


 一応「冒険者」という立場を持ち出して自由人を装いやんわりとフォローしておく。

 顔色を悪くしたゴードンだったが、俺の言を聞いて腑に落ちたのか


 「はは、謙虚かと思えば、あくまで性根は冒険者ということか!いやこれは、却って失礼なことをしましたな」


 一先ずは納得してくれたようだ。

 とは言えとてもじゃないが味を楽しめる空気に戻ったとは言いづらい。しかし出された物は出された物として美味しく頂きたい。


 それからは二人の戦闘スタイルや流派、冒険者になる前の経歴などを訊かれたが答えようがないことも多く、結局ぼんやりと答える俺たちに次第に表情を曇らせていくゴードンに一切目を合わせないカツゾウが隣にダンマリしているというヒリヒリした空気の中で高級ディナーを味わった。多分美味しかった。多分。





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