34 騎馬【百段】
すっかり暗くなった頃、宿屋に帰投して食堂で夕食(例によって大量に差し入れられたサービスも含め)を摂ってこれでもかと腹を膨らませた後、部屋に戻ってから早速『聖書』の解読を試みた。
分厚い辞書のようなビジュアルではあるが、実際の文量は漫画一冊分程度のものだ。
「本編」として、数ページ分のあらましを長々詳細に綴った神話的なストーリーが書かれてはいるものの、今現在の傾向的に詳細を読み解かずとも見知った設定通りに事が運んでいるので、今日は全編のあらましを優先し、特に気になる数箇所だけを後で読み返すにした。
ここで早速異変が起きた。
状態異常【聖痕】のきっかけとなった『はじまりの書』と、既に攻略済みの
「これは攻略済みの証ってことですかね」
「かなぁ……他に心当たりもないし」
『はじまりの書』は見覚えの無かった一文以外はNSV時代に読んだ内容と何ら変わりはなかった。
丁1D巻に関してもここ数日で回り倒した道筋に関することが書かれていただけで、特に新しい発見は無かった。
ちなみに丁1Dのシナリオは「ゴブリンによる人攫いを調査していると巨大な骨が屹立する洞窟の入り口を発見、中を調べるとキングボアーを崇め奉る
「単純に攻略なのかシナリオ準拠なのか、順番も気になりますね。次のダンジョンで改めて検証しましょうか。行先は……」
カツゾウは粗方の『聖書』をさっと読み回し、目につくような差異が見当たらなかったのか、次に向かう候補となるダンジョンの書を選りすぐっている。
「今のステータスだと丁2・3D、丙1・3Dあたりかなぁ……乙3Dとか……」
思いついた近場で現状攻略可能そうなダンジョンを挙げてはみるが
「SP修行と思えば苦ではないですけど、今後のことを考えると足は欲しいですよね」
「そうだよなぁ……」
カツゾウも同じことを考えていたようで、腕を組んで考え込んでしまう。
NSV時代、つい数日前まではポータルを使った転移魔法か、近場ならテイムなりレンタルなりの飛竜に乗ったり飛行魔法でちょっ飛びしていたが、今はまだそのいずれも使用できない。
また【騎乗】はスキルの一種であり育成のためにスキルポイントが食われ、しかも魔物を自前で使役する場合には【テイム】のスキルポイントも必要となる。
いずれもその内必要となるスキルなので習得しておくに越したことはないが、ささっと戦闘で熟練できる攻撃系スキルと違い手間がかかる。
だが次に向かう候補となるダンジョンはいずれも、現実感覚の徒歩では遠すぎる。何らかの移動手段が必要だが……
「馬でも買っていきますか?」
馬は生き物ではあるが進化させずに『騎馬』のままにしておく限り枠としてはアイテム扱いのためテイムは不要だが、人の全速力より速さとスタミナの持ちがいいくらいで、維持管理にも当然費用が掛かる。後々倉庫の肥やしになることが目に見えているので考え物だ。
「背に腹は代えられないか」
「早速明日観に行きましょう」
………
と、乗り気でないテンションで翌朝馬屋に向かった俺たちはホクホク顔で一頭の馬を連れ帰っていた。
理由は単純。可愛かったからだ。
NSVでも馬のビジュアルや挙動はリアルではあったが、やはり現実的な感覚で触れると印象が変わった。
生き物の精悍さと美しさを突き詰めたようなフォルムでありながら人懐っこくお利口で可愛い。現物を見た俺とカツゾウはメロメロになってしまったのだ。
本当は二人それぞれの馬を購入するつもりだったが、騎乗スコア(馬の体躯等の個体値に対する騎乗者の重量等)的に小柄なカツゾウとなら二人乗りでも一人乗りと遜色ないパフォーマンスで走れると分かり「じゃあ一頭にしましょう」と倹約手腕を発揮したカツゾウにより、選りすぐった一頭が仲間になった。
名前はカツゾウが「
カツゾウのキャラネームである勝蔵長可の元となった武将が愛馬としていた馬の名前で、城の石段を百段駆け上る馬力に
その名を体現する働きをしてくれるよう、余念なく世話をしよう。
馬を買ったその足で冒険者ギルドに出向き、ルイーゼを発って次の街を目指すことを告げると冒険者のみならず職員にも出立を惜しまれた。
「こんな片田舎に留まる器じゃないとは思っていたが、こうも早いと惜しいものだな まぁ二人は既にルイーゼに多大なる恩恵を
ケニーはそう激励してくれた。
「と、そうだ。この街を出る前にギルマスが一度会いたがっていたからな。少し時間は取れるか?」
「構いませんよ」
そうして何度目かの冒険者ギルド応接室に通され待つこと数分、
「ミツカ殿にチヒロ殿。ルイーゼを救ってくれてありがとう」
やってきたのは何と行商ロウェルだった。
「改めまして、ルイーゼ冒険者ギルド 支部長のロウェルです」
ルイーゼの街に入る際の衛兵とのやり取りでは口が回ると思ったものだが、まんまと騙されたのは俺も同じだった。
「次はどちらに向かわれるんです?」
「とりあえずはマルトを考えています」
「ほぉ~」とロウェルは顎髭を撫でる。
「あそこは都会ですからな。色々見どころがあって楽しいでしょう」
ロウェルは次に向かう予定の中規模地方都市マルトの美味しいお店や優良な武器商などの情報も教えてくれた。
粗方の店の知識はNSVで経験のある俺とカツゾウにとっては既知のものだったが、食事は実際に味わうのが初めてなので大いに参考にさせてもらうとしよう。
「今にして思えば、トリファに発ったタイミングでスタンピードが発生したのも、その帰路でミツカ殿に会えたのも、何か不思議な縁があったような気がしますな」
「はは、本当ですね」
このNSVのような奇妙な世界に迷い込んで数日。人のいい行商と出会い、スタンピードに出くわし、この世界の人々と触れ合い、旧友に出会い……不思議なくらい馴染んでいるが、とにもかくにも今があるのはこの世界で築けた縁のおかげだ。
チュートリアルは上手くこなせたが、これからの旅がここ数日のように何もかも都合よく回るなんてことはないだろう。
それでも頼もしい仲間と馬を得たから、この街でこんなにも人との縁に恵まれたから、モチベーションは十分だ。
かくして、ほんの数日とは思えないような濃厚な時を過ごしたチュートリアルの街『ルイーゼ』を発ち、俺とカツゾウは百段に
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