36 Q:S【フォレストワスプを調査せよ】

>Quest Suddenly



 『オウル』の二人が去った冒険者ギルド マルト支部の一室では、物騒な音が響き渡っていた。


 「クソッ!あのガキども……思い上がりよって……!!」


 マルト支部長のゴードンが、彼の一存でしつらえた高価な調度品を蹴散らす様子を、側仕えの職員たちは息を飲みながら見ている。ゴードンという人物をよく知る彼らは今下手な挙動をすれば自分たちの首など簡単に飛ぶと分かっており、後で片付け設えなおす手間を考えると頭が痛いが、そのような理不尽をただただ嵐が去るのを待つように眺めているしかない。


 「礼儀もクソも知らんガキどもだ!冒険者風情がっ……!」


 その冒険者たちの活躍のおかげと言うのも烏滸おこがましい。自身の都合のいいように利用し、時に邪魔者を排除してでも今の地位と生活を手にしたというのに、仕事ができる訳でもない自分を差し置いて冒険者を圧倒的に下に見ている。

 魔物たちが付近に溜まりやすいダンジョンがいくつか近くにありながらもマルトが地方都市として今の繁栄を築けたのは、多くの冒険者たちが命を賭して戦ってきたからであり、それは今尚そうだ。

 自分たちの首が簡単に切られるように、この俗物も有事には真っ先に見捨てられるだろう。そう思いつつも、自分たちの生活のために表面上は従順にする職員たちだった。



 ………



 地方都市マルトに辿り着いた俺とカツゾウだったが、着いて早々とんだ俗物との出会いに盛大に萎えてしまった。

 到着した時間が時間だったので明日のダンジョン攻略に備えて武器屋で簡単に物色、美味い飯を食べて宿屋でぐーすか眠ろうと思っていたのに、出鼻をくじかれた。

 結局二人してぐったりしながら宿屋に引き上げ、とりあえず明日の攻略予定を簡単に話し合ってから早々に眠りに就いた。


 「昨日はホント、嫌なオトナのお手本みたいな奴に会っちゃいましたね~」


 カツゾウは昨日の殺気がどこに行ったかと思うようなあどけなさで笑う。

 女性の二面性というやつだろうか。恐らく俺に対してはそれなりに心を開いてくれているのだろうが、いけ好かない相手にはあからさまに態度で出すタイプのようだ。ゲームの時は見えなかった一面で、事が事だが新鮮で面白い。


 にしても、ルイーゼを出る時に懸念していたことが早速起きてしまった。

 俺もカツゾウも、知っているのはゲーム的なシステムや設定だけで、この世界の人間一人一人の人柄や背景まで把握している訳ではない。シナリオ上重要か特徴的なNPCがこの世界にも存在するのであれば参考くらいにはなるかもしれないが、今のところは出てきていないので分からない。

 


 宿屋付きの食堂でしっかり朝食を摂り、早速冒険者ギルドにクエストの確認に来たのだが


 「『オウル』のお二方ですね!お待ちしておりました」


 何故だか受付嬢にお待ちされていた。

 縁のない相手に待たれていると何か勘繰ってしまうな。


 「受け手を探している依頼がありまして、是非力をお貸しいただけないでしょうか?」


 一応ランクと身分が証明されたギルド登録済みの正規冒険者ではあるが、にしても初めて訪れた冒険者に頼らなければいけないほど受け手のいない厄介な依頼なのか、ただ人手不足なのか……マルトは複数のダンジョンに隣接するだけあって規模の大きな都市なので人手不足とは考えにくいが。


 「「フォレストワスプの調査」ですか」


 昆虫系魔物の調査依頼と言えばド定番。中型犬ほどのサイズのスズメバチのような魔物が所構わず巣を作るので、その調査と早期の対処が依頼に挙がりやすい。一応依頼書では初期対応に分類されているので、人を選ぶランクでもないはずだ。

 完成した巣は個体数の増加と上位種や変異種の出現確率が上がり難易度も変わるが、さほど難しい依頼でもないのにわざわざ指名で回される理由が分からない。

 もっと美味しい依頼が多くて他の冒険者に見向きされず、依頼内容が書き換えられないまま放置でもされたか?

 

 「一応四人以上を指定の依頼でして……残り二人は既に待機済みなので、今こちらにご案内します」


 しかも連れ合いか……コスパがいい部類の依頼ではないが、ランク要件の依頼消化と素材収集兼経験値稼ぎと考えればまぁいいか。


 「北西方面ですか……じゃあついでなので丁2Dローセント鉱山道丙3Dゲスターブ遺跡絡みの依頼もいくつか請けて行っていいですか?」


 問うと受付嬢は怪訝な顔をしながらもいくつかの依頼書を持ってきた。


 「これだけあればBも秒速ですかね」


 「とりあえず蜂の巣さっさと駆除して、丁2Dの【オモテ】済ませたら丙3D周回かな。明日には乙3Dにも挑戦したいね」


 「ふふっ」


 周回に思いを馳せてワクワクしたのか、不意にカツゾウが笑みを漏らす。


 「あの~……『オウル』のお二人ですか?」


 と、和気藹々しているところに二人組を連れたギルド職員がやって来る。

 

 「こちら、今回の調査依頼で協力していただくマリス君とメリサちゃんです」


 職員に案内された少年少女がこちらに会釈する。

 見るからに駆け出し風の少年少女。文字通り「フォレストワスプの調査」であれば依頼を受けるのに不適格ではないだろうが、その不安そうな表情から見るに相当なビギナーのようだ。

 きな臭い依頼に初心者の抱き合わせ。もしかすると流れ者なのを良いことに厄介事でも押し付けられたか?

 怪訝な表情をしているのはカツゾウも同様だったが、一人ならともかくカツゾウとのペアが既に成立しているので、駆け出し風二人を伴うくらい、例え二人が隙を見て俺とカツゾウを襲おうとしたとしてもフォレストワスプもダンジョンも余裕で回れる。


 「よ、よろしくお願いします……」


 兄妹なのだろうか、自信なさげに挨拶するマリスとその影に隠れるメリサを見て、NSVでも初期以来久しい初心者引率の雰囲気を思い出して、微笑ましい気分になった。





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