第二章 『オウル』始動編

33 小技【過負荷苦行】

>Quest : Adventure-Multi



 「……お、おはようございます」


 「……お、おはよう」


 目が覚めると、並んだベッドにちょこんと腰掛けてこちらを見ていたカツゾウと目が合う。


 「今日はどうしましょう?」


 「ん~……寝る前にぼんやり考えてたんだけど、やっぱり【丙】の魔法は欲しいかなぁ」


 「ですね。では図書館に行きますか」


 魔法の習得は前段スキルの育成が条件に合致したところで魔法書を装備するというトリガーで可能となる。(NSV基準)

 丁の魔法書はギルドの訓練場で閲覧可能だが、丙以上の魔法書はそれぞれ冒険の中で見つける必要がある。

 丁が入門……それこそ魔法職でない誰しもが当然覚えるレベルのものであり、本来の初級が丙等級となる。故に丙までは広く開かれた魔法技能であり、丙の魔法書は各都市の図書館で閲覧可能だ。

 甲・乙の魔法書はダンジョンドロップもしくは高級武器店での購入が基本となるが、装備して習得さえしてしまえば用済みなので、各一冊ずつ手に入れたら仲間内で回せばいい。


 魔法の習得と熟練に早期から余念なく励むのは理由がある。

 MP、SPは消耗・回復のサイクルをこなすほどレベルアップ時の上昇率が高くなるという実にマッチョ志向なシステムになっている。序盤から可能な限り魔法を乱発して枯渇からの回復を常時こなしておく。俗に過負荷苦行オーバーロードと呼ばれたこの地道な仕込みが後々のために非常に重要なのだ。

 特に甲等級やクエスト外ダンジョン最難関である龍王宮などの攻略で必要となる超高燃費なアレやらコレやらをまともに使用できるように、特にMPの最大値は着実に上げていきたい。

 

 とりあえずの方針が決まったので、何はともあれ朝食と宿付きの食堂に向かったところ「この宿にミツカとカツゾウがいる」と聞きつけて居合わせた冒険者たちに囲まれ打ち上げの延長戦が始まり、出発が大幅に遅れる羽目になった。



 ………



 余談だが、俺とカツゾウのパーティーはカツゾウの希望により名義を『オウルOWL』とすることになった。

 何故わざわざ俺個人のキャラネームを付けようというのか、訊ねはしたものの「パーティーの顔であり頭である御崎さんが『オウル』と名乗るのは何ら不自然じゃない」という絶妙に透かした理論ではぐらかされた上「私は軍門に下るので」と武将のようなことを言い出した。他に案があったわけでもなく、必要であれば名義は変えられるので一旦は『オウル』(仮)に落ち着いた。


 人の噂とは早いもので『オウル』の名は既にルイーゼ中に轟いていて、道を歩けば声を掛けられ、露店に寄ればサービスされ、食堂に入れば御馳走されまくり、すっかり街の人気者になっていた。


 「さすが御崎さん、NSV時代から変わらずですね」


 確かにNSVでは名が知れていたので、街中でよく知らない人から声をかけられはした。ルイーゼではその中にれのPKがまぎれていない分気が楽ではあるが、それこそPKの殺気で中和していた分が丸々ないので、今はただただチヤホヤされてむず痒いだけだ。


 「人柄ですよ」


 カツゾウは暗に「諦めてください」と含むようにそう言って笑うが、それを言うなら彼女も彼女である。


 特にスタンピード中に溢出魔物との戦闘で負傷し、彼女の治癒を受けた冒険者たちの彼女への信奉具合ときたら最早宗教だった。

 どちらかと言えば彼女目当てで近づいてくる人が多いのだが、彼女が人見知るので俺がクッションになる分こちらの負担が大きいのを彼女はいくらか勘違いしている。

 まぁ厚意で良くしてもらう分には今のところ助かってはいるので、諸々有難く頂戴するとしよう。



 ………



 そんなこんなで図書館。

 無事炎、水、氷、雷、地の五属性分の【丙】の魔法書を閲覧し、それぞれ習得することができた。

 新スキルが習得できたらやることは決まっている。ダンジョン周回で熟練&過負荷苦行オーバーロードだ。


 道行く人々から頂いた善意(食料)をインベントリに備え猛ダッシュで丁1Dに向かうと、昨日の今日だが早速丁1Dの周回に挑戦しようという熱心な冒険者たちと出くわした。中にはザインとリズも居たので、魔法の複合での活用についてアドバイスし、少しだけ同行することにした。

 ある程度おさらいが済んだら、一息つく他の冒険者たちを傍目にカツゾウと二人での高速周回に移行した。

 今までは基本的にスピード周回セオリーでの攻略だったが、今日は丙の魔法を中心に複合魔剣術などでMP・SPにより負荷がかかるゴリ押し攻勢全狩り完走での周回となった。さすがに丁に比べて威力が増大するので、あちこちで轟音を立てながら爆速周回する俺たちを見て冒険者連中は若干引き笑いしていた。



 ………



 「はぁ、聖書のご購入ですか」


 周回してかき集めた魔石やら素材やらを売却し「ここ数日で急に買取予算が格段に膨れ上がったから本部から何事かと連絡がきた」と呆れ笑いをするケニーに申し訳なく思いながらもガッポリ稼いだお金で、この世界のヒント本である『聖書』シリーズを購入しに二人で教会にやってきた。


 「熱心な信徒さんですね。最近はわざわざ買っていかれる方はほとんどおられません」


 シスターに聖書を購入したい旨伝えると、よほど嬉しかったのかヒマワリのように朗らかな笑みを浮かべ、数十冊もの聖書を一人せっせと運び出してくれた。

 やはり聖書はいいお値段だった。ルイーゼは田舎の部類なので教会自体は小規模、一方でどこの教会もそうだが孤児院などの慈善事業を手掛けているので、慢性的に財政が厳しいのかもしれない。

 これが少しでも足しになればいいが、NSVの前提知識では教会の上層部はドロドロに腐敗した俗物の集まりとされていたので、恐らく売り上げも結構な割合で持っていかれるのだろう。

 シスターのいい笑顔と善意にということで、どうせ当面使い道のない金をついでに寄付しておくことにした。





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