閑5 ルイーゼ冒険者ギルドのトレンド3
「この度は本当にありがとう」
ケニーは目の前の少女に深く頭を下げた。
一方、少女は見るからに不機嫌そうな顔をしている。
ルイーゼ近辺でメタルリザードやコカトリスが溢出しているということはスタンピードが始まっているということだ。一刻も早く丁1Dを周回したいというのに、他に溢出していた変異種の対応……より主に負傷した冒険者たちの治療に回っていて後回しになった。
まぁ付近の冒険者がこの程度なら変異ボスの討伐まではされていないんだろうし、先にギルドで冒険者登録ついでに訓練場で魔法を習得してしまおうと思っていた。
ところが職業【マルチ】で申請を出したところお局風の受付に「マニュアルにないので」と突っぱねられ絶望、どうしたものかと考えていると先ほど治癒した冒険者の紹介で是非とのことでギルドのお偉方との顔合わせに応接室に通されたところだ。
「別に大したことはしてません」
少女――カツゾウこと森 千尋はとにかく一刻も早く解放されたかった。解放されたとて『マルチ』で登録できないというネックをクリアする目処は立っていないが、このお偉方に交渉……もしくは恫喝すれば何とかならないだろうかとさえ考えた。
「えーっと……『カツゾウ』だったか。うちの冒険者連中を救ってくれたようだが……失礼だが、カツゾウは騎士か傭兵だろうか」
聞くと、治癒した冒険者に連れ添いルイーゼに入ったものの、身分を証明する情報が一切なく、素性が分からないためギルドとして報酬を出すにもスムーズに進まないというようなことを言い出した。報酬など別に要らないのだが、身分どうこうはそちらから「マニュアル云々」と突っぱねられて今に至るわけで。
と、素性や冒険者を救った経緯を聞かれて答える内に、冒険者風の男女二人がやってきた。しかもキングボアーとマッドキングボアーの魔石を手に。
やって来た彼らが言うには、ルイーゼに突然現れた『ミツカ』と名乗る冒険者が引率しダンジョンを攻略、その成果だけ持たせ先に帰らされたが、当人は未だダンジョンに残って周回しているらしい。
ここの面々の口ぶり的にそのような行為は命知らずの蛮行もいいところらしいが、NSVでは丁1Dのソロ周回なんてたまに当てられるデイリークエストの一つとしてもお手軽な部類だったので、感性的にも実力的にも自分と同じ境遇の何者かかもしれないと直感した。
早速ダンジョンに向かい周回ついでにそれが何者か確認しようと思ったのに話が長引いてなかなか解放してもらえず。とにかくその『ミツカ』さんとやらは丁1Dをソロ周回するだけの地力があるらしいので、こうも待たされた原因のいくらかはあるであろう彼に周回を手伝ってもらうとしよう。
そうして待つことしばらく、現れたのは見たことのない、しかし見覚えのある装束を身に
憧れの『オウル』を名乗った彼に「
「…………デートみたい」
かくしてすったもんだあったものの、躍り留まらない心に突き動かされた私は彼と丁1D周回デート(照笑)を楽しみ尽くしたのだった。
………
数週間後
ルイーゼに突如現れた英雄と聖女は既に街を去ったが、彼らがルイーゼと冒険者たちに残していったものは途方もなく大きかった。
彼ら引率の下、ルイーゼに駐留している冒険者の大半が回復魔法と気功術を習得、さらに彼らの意向でザインとリズに引き継がれた「回復手段の習得方法及びスキル育成の手引き」を基に、当日参加できなかった冒険者たちにも回復手段の習得方法が周知された。
大半は回復手段の中でも初級までしか習得には至っていないが、冒険者の死傷率は格段に下がった。しかも、それまでは死地と恐れられたダンジョンを攻略する冒険者が格段に増えたにも関わらずだ。
「個人の招集依頼を掲示します! 前衛攻撃職と後衛攻撃職それぞれ一名ずつ、回復手段必須、他詳細要項は掲示を確認してください!」
「アートンの娘さんが熱出したらしくてよ。あいつ急遽休みになっちまったんだ 今日だけ代わりに盾役やってくれる奴いねぇかなぁ」
その日も冒険者ギルドでは丁1Dの攻略に挑まんとする冒険者たちが溢れ返っていた。
英雄と聖女による丁1D攻略実戦研修が行われてからというもの、丁1Dの攻略成功率は飛躍的に向上した。何となく仕組みが分かった冒険者たちは必要な役を申し合わせてパーティーを組み、時には都合のつく者同士で即興のパーティーを組んで挑むという少し前までは考えられなかった暴挙にまで出る者も居た。
冒険者たちはザインとリズを筆頭に着々と練度を上げていき、冒険が明るいものになると冒険者同士の交流も以前に増して盛んになった。さらにダンジョンで得た素材で良質な装備を作り、余した素材や魔石の売却などで懐の潤った冒険者たちが熱心にお金を落とすので、ルイーゼの街全体も潤った。
しばらくするとより高位のダンジョンに挑戦すべく旅立つ者も居たが、現状でもルイーゼの駐留冒険者たちは防衛戦力として必要十分である。
二人が街に居たのはほんの一週間にも満たない短い期間だったが、その間にルイーゼの街に齎したものは今だけでなくこれから先のルイーゼにとっても大きな意味がある。
そうして一風変わったルイーゼは「精鋭が生まれる街」と縁起のいい評判が立ち、その長閑さが手伝って移住を希望する引退冒険者が殺到するのはしばらく先の話……
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