30 Q:S【買い出し】

>Quest Suddenly



 ザインとリズの回復手段習得が無事終わったので、粗方の使い方とスキルとしての育て方を説明した後、カツゾウの買い出しのため街に繰り出した。


 ルイーゼの武器屋で手に入るグレードのものはゴブリンシリーズよりいくらかマシ程度、エントリークラスの消耗武器だ。当面重用する装備は一旦は手持ちの丁1Dドロップで賄えるので、使えないことはないがそう持たない消耗品は最低限以上買い込みはせず、基本的な武器一式と使い捨てである矢だけはそれなりに買い込んでおく。

 

 武器を買い終わると次は食事とポーションを買い込んだ。

 インベントリでは食料が劣化しないというトンデモチートが発覚したので、丁1D周回でガッポリ稼いだお金で目についた美味しそうな食べ物をしこたま買い込んだ。この旅が生身の冒険である以上食は貴重な娯楽だ。

 ポーションはどうしても必要な訳でもないが、今後魔法の熟練度を効率的に上げていくためにも乱発してMP消費に負荷をかけることでMP最大値を増やすとともに魔法関連の他ステータスにもテコ入れしたいという狙いがあった。

 ポーションは高価なアイテムではあるが、先への投資と思ってこちらもしこたま買い込んだ。


 「鍛冶スキル、どうしましょう」


 「上げようかと思ったんだけど、設備のこととか考えて一旦保留してる」


 最後に立ち寄ったのは武器として装備可能だが、アクセサリーや工具など明確に武器カテゴリーに属さない小物を取り扱う金物屋だ。

 ズバリ目的は鍛冶道具である。が……


 「腕のいい鍛冶師……は設定通りなら見当つきますけど、それまでドロップで持たせます?」


 「微妙……かな。やっぱり自分でできた方が効率はいいけど……」


 「スキルポイントが……ですよね」


 装備の作成と手入れ、解体や不要な素材の加工などに必要なスキルである【鍛冶】。

 非戦闘のマスト職である鍛冶師は一応プレイヤーが修めることも可能なジョブだが、有料とは言えNPCでも高レベルの鍛冶師が存在するので必須ではない。

 俺やカツゾウのようなトップランカーは自分の取り扱う装備の作成や手入れに必要な鍛冶スキルを当然極めていたが、スキルである以上は育成に手間暇かかる。

 最低限必要なレベルであればそれほど割を食うわけではないが、懸念はもう一つあった。道具とコマンドのみでスキルとしての【鍛冶】が正常に動作するのかということだ。

 

 NSV時代は多くのプレイヤーが居宅の一角に工房を作っていた。人によっては高位の鍛冶に必要なマイ加工炉なども自宅に導入していたが、加工炉は借りられるので間借りで賄う人も多かった。

 ゲームならではのお手軽さというか、必要な道具と設備があればコマンドのみでお手軽に動作したが、現実の鍛冶において道具や設備を適切に使いこなす必要がある場合、実際の作業だけでなくスキル自体の育成にもとんでもない手間がかかることになる。

 そうなると手元で完結するためにとスキルを習得したところで、結局は当面の手間となる。であれば今の段階でのスキル取得、そのための道具の買い込みについては一考しておきたかった。


 いっそのこと誰かしら鍛冶要員をスカウトして育成してもいいかもしれない。そうすればカツゾウと俺のどちらかが一方的にスキルポイントの割を食うこともなく公平でもある。


 「有用そうな人がいたらスカウトしてもいいかも」


 「当たればいいですけど、人選は難しそうですね」


 考えてみれば、元々顔見知りであった俺とカツゾウの関係性がほとんどズルのようなもので、この世界では基本的に知らない人と一から信頼関係を築かなければならない。信の置ける人物であるか、そうだとして、鍛冶スキルを問題なく育成できるか、踏むべき段階がいくつもある。


 あぁ、考え出すと億劫だな……。


 カツゾウも同じようで溜息をつく。

 この世界で出会う人々は基本的に生身の人間だ。こちらが信を置けるか見定めるように、向こうもこちらを見定める。既に腕が仕上がり商売している鍛冶師に頼るのが一番無難かもしれない。


 ともあれ、当面の攻略では急ぎ鍛冶要員が必要な訳でもない。次のダンジョンくらいは今の手持ちで全く問題はない。

 あ、そう言えば


 「ザインさん、忘れない内にこれ渡しておきます」


 ルイゼリオスの周回で手に入れた装備の中でザインに譲ろうと思っていた物をインベントリから取り出す。


 『幻惑・王猪の蹄大盾』を筆頭に、キングボアーの素材から作成可能な『王猪シリーズ』の盾役全身装備だ。

 王猪シリーズは基本的に前衛盾役で活きる装備が多く、いくつかの例外を除いては俺やカツゾウの戦闘スタイルとは合わない物が多いので、戦利品分配の際にザインに譲る気であることを予めカツゾウに伝え、承諾を得ていた。

 俺とカツゾウが丁1Dで欲しかったレアドロップはそれぞれ確保済み。王猪シリーズは売っても大した額にならないこともあり、はした金よりも地元冒険者とのコネクション形成に使う方が有意義だと考えた。


 ザインはダンジョンボス製の一式装備にまるで子供のように目を輝かせた。


 「こんな大それた物を本当にいただいていいのか?これだけの装備、売れば途方もない金になるぞ」


 ザインはこちらの冒険者としての身空を案じて言ってはくれるが

 

 「はい。これを活用して、ルイーゼの防衛の要として頑張ってください」


 「一応」剣術指南役であるという彼は、腕自体は俺たちの感覚ではドビギナーもいいところだが、対魔物で防衛又はダンジョン攻略という点では自分の役割と立ち回りをよく分かっていて、実地で周回して学んだことでより有用な前衛盾役として芽吹いた。

 彼が前線に立てば当面のルイーゼは安泰だろう。そして彼の背中を見て学ぶ冒険者の質が上がれば、そう遠くないうちにルイーゼの防衛戦力はスタンピードが起きても全く問題ないレベルに仕上がるはずだ。


 「かたじけない。二人とも、この恩は一生忘れない」


 ザインは男泣きしながら幻惑盾を大事そうに抱きかかえている。本当に熱い男だ。


 「……」


 そしてそれを羨ましそうに見るリズ。


 「ごめんなさい。丁1Dのドロップは魔導士向きの物が少なくて……」


 ささやかではあるが、『幻惑・王猪のローブ』――敵の注意と命中率を低下させる認知阻害効果を持つ後衛向けのローブを手渡す。


 「……こんな貴重な物まで、躊躇ちゅうちょなく私たちにくれるのね」


 濃紺の魔女装束の上から白緑色のローブを大事そうに纏い、リズは微笑む。


 「【実】の魔法と回復手段を教えてくれただけでも、全財産叩いても手に入らないようなものなのに……本当にありがとう」


 いい大人が街中で涙ながらに礼を言う様子が道行く人の注目を集め、複数の意味でむず痒い気持ちになった。

 





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