29 状態異常【聖痕】

 ふと、回復手段習得を喜ぶ二人を傍目に教会の中を見渡すと、礼拝堂の脇に数十冊の本が陳列されているのを発見する。

 確かこの世界における『聖書』のようなもので、ダンジョンが絡むシナリオやフィールドを闊歩するユニークモンスターを連想させるストーリーが描かれていて、攻略のヒントとなるような情報を得ることができる。

 巻次はダンジョンやフィールドの記号表記と同様に丁等級第一ダンジョンなら丁1D、乙等級第二フィールドなら乙2Fという風に記されている。


 懐かしいな……なんて思いながら蔵書の背を見渡していると、NSV時代には見た覚えのない一冊が目に入った。


 「……これは」


 俺が目を見張る様子に気付いたカツゾウも隣に並ぶ。


 手に取った一冊の表紙にはこう書かれていた。


 『裏1W 蜿ャ蝟壹?蜆?』


 ダンジョンやフィールドとは明らかに違う記号表記、その筆頭が『裏』という文字。実装されなかった最終ダンジョン『裏次元』に関する情報が記されているかもしれない。

 だが肝心の固有名称が文字化け?していて読めない上、Wの意味が分からない。中身は……


 ポンッ


 と、聖書を開いた途端、開いた両頁の上に小窓が表示される。


 ――解読不能 条件を満たしておりません


 カツゾウも同じものが見えているのか、隣で息を飲む。


 現状では何が何だか分からない。だが、裏次元に関する情報の一端がここにあるのは間違いなさそうだ。


 ……いや、それだけじゃない

 この見知らぬ一冊が存在することが俺とカツゾウにとっては既に未知だ。丁1DはNSVと何ら変わりなかったが、他のシナリオやダンジョンではNSVとは違う未知の要素があるかもしれない。見覚えのある聖書も改めて一読する必要があるかもしれない。

 確か『聖書』はそれなりに値を張るが、教会で購入できるはずだ。インベントリに収納すれば持ち運ぶのも手間ではない。これを含めてこの機に一式購入しておくべきか。


 考えながら、数ある聖書のうちNSVではプレイヤーが最初に出会う一冊、通常ならプレイヤーがトリファの寂れた教会で見つけて読むのだが、どうせ代わり映えしないだろうと見過ごした第一巻『始まりの書』を手に取る。


 そして書を開いて早速、見覚えのない一文が目に入る。


 ――四つの楔の封印が解かれし時、世界は常闇に飲まれる


 ポンッ


 ――状態異常【聖痕】


 一文を読むやいなや、再び視界に小窓が現れ、見たことのない状態異常の通知が成された。


 「いっつ……!」


 同時に胸の中心辺りに一瞬鋭い痛みが走る。


 「どうしました?」


 「いや……一瞬胸に痛みが……」


 言いながら何の気なしに手に持っていた書をカツゾウに託すと


 「痛っ……」


 受け取り不可解な一文を読むなり、カツゾウは手に取った聖書を地面に落とした。


 「え、何これ……」


 カツゾウは恐らく俺と同様に表示された謎の状態異常通知と見比べるように、自身の腕を見る。

 その腕にはそれまで無かったはずのまるで人工的な模様のような痣が出現していた。


 俺も痛みのあった胸の辺りを装備の隙間から覗いてみると、見覚えのない痣のようなものが目に入る。


 「御崎さん……これ何か分かります?」


 「……ちょっと待って」


 裏1Wの聖書から続く不確定要素、しかも状態異常という形で自分たちの身体に現れたこともあり、さすがに二人して動揺する。

 ステータス画面を見ればパッシブスキルや状態異常の詳細な情報を見ることができるので確認してみると


 ――状態異常【聖痕】……神託の印。因果に組み込まれし同志に神託を授ける。


 と記されていた。

 ステータスの低下や制限、致命的な要素については書かれていないのでとりあえずは一安心……でいいのか?


 「神託を授ける……ようなことが書いてあるけど」


 「神託って……」


 NSV時代、一応シナリオにおいて『神託』なるスポットイベントは存在した。事あるごとに攻略のヒントになるような情報が得られるが、俺やカツゾウのようなスタンスのプレイヤーにとっての主な用途と言えば、『魔物の氾濫スタンピード』やイベントの発生地点特定などである。


 これらの神託はスキルの習得と同様に特定のコマンド……もとい所作で礼拝すれば稀に享けることができる。そういったシステム的な神託を差し置いて、敢えて「印をつけた者に授ける」と言うようなマーキングを施されたということは、NSVの通常の神託とは異なる何かしらの新要素だろう。


 「一応警戒はしておくけど、すぐにどうにかなるようなものでもないと思う」


 「……まぁ、そうですね。一旦保留にしますか」


 カツゾウも今あれこれ考えたところで進展はしないと思い至ったか、神妙な顔をしながらもさっと落とした聖書を拾って棚に戻した。


 「どうしたんだ?二人とも」


 礼拝堂の隅で何やらコソコソしているのを訝しんでかザインとリズが寄って来る。


 「いや、ちょっと見慣れない書物だったもので……」


 咄嗟にそんな言い訳をするが


 「回復魔法や気功術の習得手段は知っているのに聖書は知らないなんて、信心があるのかないのか分からないわね」


 とリズが冗談めかしく言ったくらいで事なきを得た。






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