16 Q:T-T1D【王猪を祀りし小鬼たちの巣窟】

>Quest : Tutorial -丁 1 Dungeon



 丁等級第一ダンジョン『ルイゼリオス』第一層


 ルイーゼから北西に山林をしばらく歩いたところにある渓流には巨大なイノシシの化石のようなものが屹立している。

 その化石を伝って川を渡った先にある洞窟からが本格的なダンジョンだが、実はこの渓流部分が既にダンジョンの第一層という扱いになっている。

 平時は安全だが、スタンピード中はダンジョンから溢れた魔物と、主にこのエリアで活動する中ボス的な扱いのレア魔物が出現することがある。強敵というほどではないが、石化の状態異常魔法を使ってくるので、状態異常への対処と足場の悪い中での戦闘には気を配る必要がある。残念ながら今回は出遭えなかった。


 第二層~


 洞窟に入ってすぐ、肌を赤黒く変色させたゴブリン変異種と出会った。

 これらは通常のゴブリンより多少力が強いくらいで特段厄介なわけではない。熟練途上の気功術【剛気】で身体能力(STR)と頑丈さ(VIT)を底上げして格闘術で掃討する。

 変異ゴブリン相手に果敢に肉弾戦を繰り広げる俺を見てザインはひたすらに感心し、リズはドン引きしていた。


 「何で剣も魔法も使えるのにわざわざ徒手で戦うのよ」というのがリズの言い分だが


 「現実には剣も魔法も使えない場面があるかもしれないですし、そこであがく術があるのとないのではやっぱり違いますよ」


 というのがマルチの常套句じょうとうくだ。

 実際回転力が求められる高難易度のボス戦においては全スキルの中で最も回転効率の高い格闘術よりも優れたスキルはないと言っても過言ではない。最も危険を伴う一方で使い方・織り交ぜ方次第では隙の許す限り無限コンボが成立するからだ。


 「ミツカ殿、俺でも格闘術や気功術を上げることはできるだろうか?」


 「絶対役に立つので、是非覚えましょう」


 今まで気功術を用いず盾役として生き延びてきたザインの技量と頑丈さがあれば、格闘術による手数と気功術が加われば飛躍的に性能向上が見込める。これは育て甲斐がありそうだ。


 階層を進む内に大柄のホブゴブリン変異種と体長6mはあろうかというロックリザードなどが現れ始めた。

 ホブゴブリンは通常のゴブリンと比べ膂力りょりょくが段違いだ。鍛えているとは言え生身での打ち合いや組み合いはしたくはないので基本的には盾パリィで弾き、格闘術【連打】で各基礎体術の熟練度を上げる。


 ザインには同様に事前に教えておいた盾術のテクニックを洗練しつつ剣術とのコンビネーションを磨くように指示をした。力任せの傾向が強いと思っていたが、見本を示したのが功を奏してか、コツを掴んでからは盾捌きが俄然良くなってきている。パリィの成功率はまだ心許ないが、それこそ経験が物を言うのでこれからが肝心だ。


 リズには魔法でロックリザードを牽制しつつ消耗させてもらった。爬虫類系の魔物の多くは寒さに弱いので凍結系の魔法がよく効く。リズが大掛かりな氷属性魔法で足止めをする傍ら、俺はホブゴブリンなど雑魚を捌きながら氷丁壱【氷弾】をロックリザードの顔面に連射しターゲットを取る。これでリズは遠間から安全にロックリザードを消耗させられたので、雑魚が片付いたところで引き付けを一旦ザインにスイッチ、注意が外れたところでトドメを狙う。

 氷属性魔法はロックリザードを消耗させられるがリズの熟練度では決定打とするには頑強な鱗が邪魔をし物足りない。じわ削りはできるだろうが時間が勿体ない。

 

 ザインの大盾で死角になった位置から飛び上がり、背負うように剣を構えると同時に地属性の魔法を発動する。

 剣術のみのザインにしても魔法のみのリズにしても勿体ない。NSVにおける攻撃手段は複合を習得して初めて花開くのだ。

 

 構えた刀身を覆うように岩石の棍棒が形成される。


 初剣陸【剛蹄】と地丁弐【岩石落とし】の地属性複合魔剣術 【岩砕鬼棍棒】モーニングスター


 剛蹄の強力な振り下ろしはある程度の高さから落下のベクトル補正が加わる。同じく落下型の岩石落としとの複合で硬度・威力とも凶悪になった棍棒はロックリザードの頸椎にクリティカルヒットすると、その強固な岩の鱗をひしゃげさせて打ち砕き、一撃で息の根を止めた。

 ダンジョンの魔物はフィールドの魔物と違い討伐すると死体は消滅してしまい、素材だけがドロップする。討伐時の損傷具合によって素材のドロップ率が変化するため、素材が美味しい魔物はできるだけ綺麗に仕留めたいところだ。

 今回は首のあたりが若干損傷したが、氷のじわ責めのおかげで全身の状態は比較的良好、おかげで装甲素材として重宝される『ロックリザードの鱗』と『ロックリザードの爪』がドロップした。ギルドに持って帰れば喜ばれることだろう。


 「私の知ってるロックリザードの戦闘と違ったわ……」


 リズはやり遂げて気が抜けたのかその場にへたり込んだ。


 「ロックリザードを相手にここまで少人数で易々やすやすと対処できたのは初めてだ」


 ザインもしみじみと言う。

 まぁ図体デカいわ装甲硬いわでルイーゼの冒険者には実質以上に荷が重く感じられるかもしれないな。


 「残念ですね。メタルリザードじゃなくて」


 ロックリザードは今回は通常種だったが、スタンピードの変異によりロックリザードしか出ないはずのエリアで属性特攻持ちのメタルリザードが稀に現れる。序盤スタンピードのレアドロップ筆頭格であり、ロックリザードより強力ではあるが氷属性がより効くためレートも通常のC級に毛が生えたくらいの雑魚扱い、それがただでさえポップ率が低いのに標的として大人気で大変だった。ついでに、メタルリザードからはレアドロップだけでなくロックリザード以上に頑強な装甲素材が通常ドロップとしても採れるので一度会えると二度美味しいのだ。


 「はは、メタルリザードなんて出たときにはルイーゼの冒険者総出で大討伐戦だな」


 「メタルリザードなんてバケモノ、こんな田舎で出たらたまったものじゃないわ」


 二人は冗談めかしく言うが、


 「ルイゼリオスのスタンピードでは稀に出ますよね?メタルリザード」


 「……それは本気で言っているのか?」


 軽い気持ちで返すとザインが深刻そうな声で訊いてくる。リズも何やら青い顔をしている。


 「まぁ稀に、ですけど。メタルリザードと第一層のコカトリスあたりは狙い目じゃないですか?」


 「コカトリスまで!?」


 二人は声を荒げた。


 「あなたさっきから……いえ、魔法の習得についてもよ。あなた何を知っているの?何でそんなことを知っているの?」


 リズがこちらに向けた視線は明確に疑念を含んでいる。


 「俺も訊きたい。見たこともないような洗練された技巧、スキルの習得方法や出現する魔物とその習性まで……ミツカ殿は一体何者なんだ?」



 ……うわ、うっかりしていた。

 NSVの知識で当たり前と思っていた情報。攻略wikiを見ればどんな初心者でも触れられるようなそれらもこの世界の人々からすれば未知かもしれない。いや、それどころか既に剣術の正しい振り方や一部の魔法の習得など、この世界では普遍的とは言えなかった未知の情報を流してしまっている。


 もしかしてこれ、そこそこ不味いことかもしれないな?

 ネットがあるからこそ誰しも容易く触れられた。だが誰しも容易く触れられない情報、その価値は?

 実の魔法の習得方法がエルフにより秘匿されているとはリズの言だ。あまりに現実味がなくまさかと思ったが、本当にエルフがそれを利権とし秘匿していたとしたら?ザインに教えたように飛燕の正しい振り方が周知されて戦闘における剣術自体の価値が変わったら?

 

 余りに馴染みのある世界観だからつい麻痺してしまうが、ここはNSVというゲームの仮想世界ではない。ここは生身の人々が命がけで生きている「現実」の世界だ。

 そして俺はそんな世界のありとあらゆる「設定」を知っている。

 スタンピードと聞いて意気揚々と狩ってきた変異種と同じ、俺自身もこの世界の自然な発展に変異を起こし得る異分子なのかもしれない。





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