12 小技【ライン作業】

※NSVでは常識であった、「魔法書を装備すれば中身を読まなくても習得できる」というシステムから、手に取った魔法書を隣の人にホイホイと流していく作業感から、最初期の魔法習得は「ライン作業」と呼ばれていた。



 「あー……ミツカ、これは実際に使えるのか?」


 「あぁ、使ってみます」


 当初はNSV外……現実世界で魔法なんて使ったことがないので上手く発動できるか不安だったが、先に習得していた【閃光】は無事発動できたので後は「攻撃魔法」として上手く機能するかどうかのみが懸念だ。

 せっかくなので覚えたばかりの水丁壱【水珠】を発動する。

 

 NSVではそれこそスキルスロットで指定したコマンドを送るだけだったが、ここでも念じるだけで足元に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、思い描いた大きさで水の弾丸が形成され、思ったようなスピードで狙った位置に飛び、的を粉々に破壊した。攻撃魔法は元の火力が高いのと属性補正が大きいため渾身も会心もない上にクリティカルを狙いにくい。今回は動かない的なので一応クリティカルは出た。

 魔法は中距離以上でも高火力を発揮する安全なスキルであるため熟練に必要な判定も厳しい。クリティカルで多少の優遇はあるが、きちんと本数をこなした上でレベルアップで獲得するスキルポイントの割り振りによる調整が必要となる。

 なのでこの場では経験値的に美味しくない的でわざわざクリティカルを狙う必要もなく、一旦は覚えさえできればいい。


 と思ったところで


 ――【熟練魔導士 丁】を習得しました

 

 おお、まだ小スキルの熟練も済んでいないのに称号を獲得してしまった。

 魔女風の口振りでは魔法書を手に取っただけで習得などできないような感じだったが、既にスキルとしての仕組みと運用方法が頭に入っていることなどが要件に合致するのかもしれない。

 習得できるからにはしておかない手はない。ここに置いてある光と闇と実を除く五属性の丁の魔法書をそれぞれ手に取り、順に魔法を習得していく。


 「何なのこの習得スピード……しかも無詠唱で発動……?」


 魔女風はそんな光景を見て涙目で笑い始めた。

 丁の魔法は起動から展開のスピードを生かすスキルなのに、わざわざ詠唱などしていたら旨味が無くなってしまうと思うのだが。


 「……わかった。君が規格外ということはよく分かった」


 と、丁魔法を一通り習得したところでケニーの待てが入る。


 ニュアンス的にやりすぎといった印象を受けるが、今しがた……というかここに至るまでにやってきた仕込みは、技一本一本の精度と熟練、そのボーナスを除いてはNSV初心者の誰もが目を通す有志の攻略サイトでも推奨されている初心者の歩みそのもので、言ってしまえば非公式のチュートリアルのようなものだ。


 「マルチというのが何なのかは分からないが、とにかく実戦に足る実力があるというのは分かったので登録を許可しよう。だが一つ問題がある。ランクをどうするかなんだが……」


 登録自体に問題がないと言質は取れたことに歓喜するのも束の間、バツが悪そうな口調でケニーが言う。


 「本来新人冒険者はFか、特殊な事情を鑑みてもEランクからのスタートとして、自力の把握と危機管理、パーティーでの動き方や依頼のこなし方などを学んでいくものなんだが……」


 NSVの設定でもそのようになっていた。その昇格クエストのおかげで序盤は本来面倒な仕事がかさむのだが、現実においては無茶をして命を落とす冒険者をみだりに出させないためにも妥当なシステムだろう。


 「正直言うと、特に討伐要員は慢性的に不足している。実力のある者は積極的に登用したいんだが……」


 「討伐依頼ならEランクでも受けられるはずでは?」


 最初のFランクは採集が主だ。これがつまらないことこの上ないので、始りの森からギルドに至るまでの道すがら必要な採集を済ませおいて、その日の内に秒速昇格するのがNSVでは常識だ。

 次のEランクで、このルイーゼ近辺にいる大体の魔物の討伐が可能。そしてDランクからはダンジョンや特定フィールド等での探索が解禁となる。もちろんEからDへの昇格に必要な要件討伐と採集は道中済ませてあるので、成果物を提出すれば一発昇格だ。


 「そのEランクも足りていない。つい先日発生したばかりの『魔物の氾濫』スタンピードの対処で負傷者が大勢出ている。この有様を見ては冒険者志望も減るかもしれないな」


 「スタンピードですか!?」


 NSVではしょっちゅう起きていた突発ボーナスイベント 『魔物の氾濫』スタンピード

 ダンジョン内で魔物の突然変異が起こり、変異ボスなる者が出現する。通常ダンジョンの魔物はダンジョン外に出ることはないが、変異で乱れた生態系から溢れた魔物はダンジョン外に溢出する。変異ボスの初回討伐がなされると変異魔物の産出が減っていき、一定期間を経てスタンピードは徐々に収まるという仕組みになっている。

 裏ボスや変異魔物は限定装備やアイテムをドロップし、攻略を有利に進めるためにこの収集は欠かせないルーチンだ。昔は変異ボスは一体きりの先着討伐だったが、ガチ勢によるレアドロップ独占が問題となり、変異ボス出現に変異魔物の討伐数トリガーが課せられた上、変異ボスのリポップおよび各人またはパーティーでの各個挑戦及び周回がシステム上可能になった。ありきたりなインフレ対応である。

 既に起きて対処が始まっているということは変異魔物の討伐は先を越されているということになる。


 「肝心のダンジョンでの水際対策が進んでいない。つまりCランク以上でダンジョン内での討伐任務を統率できるレベルの者が今求められている」


 「で、いきなりCランクは前例的にどうとか」


 「話が分かって助かる。そこのザインやリズはルイーゼで数少ないCランクではあるが……」


 と、話途中でケニーが目をやった先には目をキラキラさせているザイン、今にも泡を吹いて倒れそうなリズというらしい魔女風、それをアセアセと見守る受付嬢。


 「あの調子だ。少なくとも実力について君はお墨付きと考えていいだろう。後は上にどう話を通すか……」


 なるほど。こうして実力を確認できたからにはスタンピードの鎮圧に向かわせる建前がほしい、と。

 正直この足でダンジョン攻略に向かってもルイーゼ最寄り――丁等級第一ダンジョン『ルイゼリオス』のスタンピード程度ならソロ攻略も余裕である。武器がいくつか新調できれば尚のこと楽ではあるのだが……と、そういえば武器の新調も急務だったな。

 そして武器新調の換金用に道中採取した素材や魔石がインベントリにゴロゴロ入っている。


 「あ、それなら少し考えがあるんですけど……」





※ ※ ※


お読みいただきありがとうございます。

面白い!ここが気になる!というようなご意見ご感想

レビュー、ブクマ、応援、コメント等とても励みになります!どうぞお気軽にお願いします。


※ ※ ※

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る