10 NPC【剣士 ザイン】

 折れたナマクラを見てザインは複雑な顔をする。

 色々な思いが過ったことだろう。本当にナマクラだった……とか、ではあの【一閃】は!?とか、あぁ一振り奢らなくては……とか。


 「あー……次は中級を頼む」


 ケニーが頭を押さえながら訓練用の片手剣をこちらに渡す。

 そこまで頭の痛いやり取りだろうか?あぁ、新品の剣はもしかするとギルドから予算が出るのかもしれない。だが約束は約束だ。

 


 言われるまま、受け取った剣で次の的を目掛けて


 「っ」

 

 遠間から【飛燕】を放つ。

 補助エフェクトで燕のように黒く染まった斬撃が的の首を容赦なく刎ねると、今度はギルドの職員全員が目も口も真ん丸にかっ開いた。


 「今のは……何だ?どれだ?」


 ザインが頓珍漢なことを言う。どれだも何も 中剣壱【飛燕】だが……

 と思いながら、この世界では飛燕のレベルが低いようなことをロウェルが言っていたのを思い出した。


 「今のは飛燕ですけど……」


 「嘘だろ……?」


 ザインは何やら目を輝かせながらこちらを見ている。


 「あー……一応訊いておくが、魔法は?」


 ケニーが脇の魔女風に問いかけると


 「……いえ、最初の一閃も今の飛燕も、正真正銘ただの斬撃です」


 四人は絶句した。

 そこまで飛びぬけた技巧を披露した訳でもないのにこの様子、しかもこれまで冒険者を何人も見てその実力を見比べてきたであろうギルド職員でこれだ。もしかすると攻略云々の前に仲間探しに苦心するかもしれないな。

 と、微妙に重苦しい空気が流れたが不意にザインがこちらに向き直ると


 「ミツカ殿、今日この後どうか俺に剣術の指導をつけてくれないか」


 などと頭を下げた。

 先のあの試合ぶり、あの一閃で剣術指南の頭……?と一瞬思いはしたが、この世界の戦闘に関するレベルの低さは最早わらえない。恐れなく死線をくぐれたゲーマーと彼らとでは環境が違う。末端の剣士まで技術が正しく研ぎ澄まされていないとしても仕方ないのだろう。


 「はぁ、俺で良ければ……あぁ、代わりと言っては何ですが食事でも奢ってもらえたら」


 「いくらでも奢ろう。美味い肉料理屋があるぞ」


 俺より20cmは高い位置から真っすぐきっぱりと食い気味で言い放った。

 彼とて指南頭という立場にありながらどこの馬の骨とも分からない輩に剣術の教えをおうと言う、そのひたむきさは素直で好感が持てた。

 彼が育てば彼の下で育つ剣士の質も上がる。そうして冒険者の質が上がれば攻略の希望にもなるしルイーゼの防衛も安泰になる。こちらは美味い肉も食えるし、実にノーリスクハイリターンな美味しい話だ。


 「あぁ、取り込み中悪いが説明を願いたい」


 と、そこにケニーが割って入る。


 「斬撃が光を纏ったり飛燕であれほどの威力が出るのはどういう理屈か説明してもらえるか」


 極意に触れるとでも思ったのか、訊きにくそうに訊ねてくれて何だか申し訳ない。


 「最初の一閃は【渾身】と【会心】……適切な力加減と適切な剣筋で放ち、【クリティカル】……まぁイイところに当ててやるとあのようになります」


 「まさか!それを狙ってやったというのか!?」


 と、さらにそこにザインが横入りする。

 ザインは顔を赤くしながら「どうか!どうか俺を弟子に……!」と喚きだしたが、魔女風と受付嬢が制止する。


 「飛燕については、本来ああいう技と言いますか」


 ケニーは大きくため息を吐いた。


 「何をってというのか分からないが……大抵の剣士ではただの飛燕ならあの的に斬り傷をつけるくらいで精一杯だ。あの距離であそこまで綺麗に断ち切るほどの使い手はそれこそ一流だろう……君ほどに剣を極めれば飛燕があのようになるということだろうか?」


 「確かに熟練度次第で飛距離と斬撃範囲は伸びますが、さほど熟練させなくてもあれくらいなら誰でもできるはずです」


 一同、絶句。

 熟練させなくても飛燕がそこそこの威力を維持して飛ぶというのは事実。それができないとすると飛燕の正しい振りをしていないケースが第一に考えられる。

 初心者が飛燕熟練中の序盤くらいで矯正するあるある話だ。飛ばすのだからと力任せに振る人が多いが実は全く逆で、如何に精細に鋭く空を裂くかのコントロールこそが肝であって、より上位の遠隔ならともかく飛燕の段階では力はさほどめなくてもいい。むしろ力を籠めて精細を欠くほど有効射程距離は落ちる。

 ちなみに上級者による特にPvPなど間合いを気にする近接場面では、敢えて他の剣術やスキルを介さないただの振りを装ってド下手クソな飛燕を放ち刀身を気持ち伸ばして間合いを誤魔化す、通称【駄燕】というようなニッチな使い方も稀に見られるが、それはまた別の話。





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