7 NPC【ケニー:ギルド職員】

 「えー……ミツカ=ミサキ。職業は『マルチ』と」


 冒険者ギルドルイーゼ支部 管理部長 ケニーはとある受付嬢から手渡された書類を見てため息をついた。


 ミツカ=ミサキ

 

 元は手練れの冒険者であったロウェルをして「剣術において類を見ない強きお方」というらしき青年。

 冒険者登録の手引きをしてほしいという言伝がロウェルにしては大振りな評価とともに寄越されたこともあり、まぁ彼がそう言うのであれば多少の便宜は図ろうとしていたところにマルチという謎の職業での申請。

 ケニーは長く冒険者の登録や名簿管理等を取り仕切る部署に勤めている。ときに無謀、荒くれ、我流のよく分からない戦士など癖のある冒険者の登録手続きも経験してきたが、マルチという職業は見たことも聞いたこともない。

 冒険者登録は所定の様式で記入した登録用紙を全ギルド共通の登録機構――曰く現代の技術では模倣不可能なアーティファクトに読み取らせることで完了し、国家や宗教の枠組みを超えた神聖かつ正式な肩書きとなる。

 そんな正式な肩書きを登録しようというのに聞いたこともなければ手元のマニュアルを何度読み返しても見当たらないマルチという職業……だがそれを登録機構のシステムに照会してみたところうっかり通ってしまった。故障かと思い何度か試してみても結果は変わらず「登録可」だった。



 そもそもこの青年は謎が多い。



 名字持ちだが貴族ではないという。確かに情報網にある貴族姓でミサキというものはない。

 が、貴族と言われても納得の上等な装束。それがあろうことか「冒険者登録をしたい」と貴族のあり方とは真逆の流浪に身を置きたいという。


 流れもよく分からない。あのロウェルが畏敬の念すら持っているかのような口振りから相当な実力者であると推察する。それが傭兵として伴われやって来た。実力のある傭兵であればその腕で食うに困ることもないだろう。申告通りであれば犯罪歴はない。貴族風だが自称は貴族でもない。冒険者登録が必要、つまり冒険者としての身分を改めて求める意図は?


 担当した受付嬢のアロマも仕事の分からない新人ではない。

 だがこれまで何ら問題なく登録手続きをこなしてきた彼女が、ある青年が職業をマルチと記し「何でもできる」と言ってのけ、それが冗談や見栄ではなくさも当然と素で言っている風な上「ちょっとそれで通してみて」と言われて通してみたら通ったという事態にお手上げになるのも無理はない。


 「はぁ~……まぁ何でもできるというからには見てみるのが早いか」


 突っぱねられたら楽だったが様々な要素をかんが無碍むげに扱う訳にも行かない。思いがけず面倒事を抱える羽目になったケニーはこれからの対処をいくつか想定し再度深くため息をついた。



 ………



 登録用紙を「とりあえずそれでできないか通してみてほしい」とすがる思いで渡した受付嬢が一旦席を外し、恐らく上司に指示を仰いだ後「少々お待ちください」と脇の待合スペースで待たされること数分。

 やたらと広い掲示板に貼り出された依頼書を見渡している風を装ってはいるが、その内容は全く頭に入ってこない。


 マルチで登録できなかったらどうしよう。

 NSVでは公式にサブキャラの作成が推奨されていたこともあり、各ジョブ傾倒キャラを数体作り込むプレイヤーは多く、ジョブ固定での各特化ステータスキャラ育成は割合で言えば正攻法と言えただろう。特に生活の大部分をゲームにかけられる一握りを除いては特化キャラを育成するのが利口なのは間違いなかった。時間のないプレイヤーでもサブキャラ育成が楽しめるくらいにはジョブ補正によるボーナスが大きかったからだ。

 だがスイッチロールを使いこなす真に上位の玄人層からすれば時間がかかろうと何をおいてもメインはマルチ一択しかなかった。

 プレイヤーの技術としてできるというのは当たり前。マルチで極限まで突き詰めたキャラでは手元の操作だけでキャラ変更の手間とタイムラグを省略できてしまう。そのわずかなようで大きなアドバンテージの有無で最前線の攻略における効率が天と地ほどにも違い、最高峰が最高峰たる所以はそれだと言っても過言ではない。誰と組んでどんな状況でもある程度立ち位置と事の運びを自己完結できるのだから、言うなれば技術水準も戦略も流れも統率された精鋭パーティーが個に収まっているような状態なのだ。

 そして、そんなマルチに慣れてしまった廃人からすればステータス特化の固定ジョブキャラは単に不自由要素を加えた縛りでしかない。


 どうかマルチで始めさせてほしい……


 マルチで登録できなかった場合、他の職業を選択して特化するステータスの矯正と、その度に職業登録をし直すこと考えると、手間暇もそうだがモチベーションの面でかなりしんどい。


 「あの~、ミツカさん」


 最初に声をかけた受付嬢がこちらに駆けてくる。


 「……ちょっとお話があるので、訓練場の方まで来てくれませんか?」


 と、目当てのお返事はまだだが思いがけず嬉しい案内がもたらされた。


 冒険者ギルドの訓練場にはありとあらゆる武器が並べられている。初心者やジョブ転向者が各ジョブの初級スキルを習得しやすくするためだ。

 大抵の戦闘系大スキルの最初の一つは武器を装備するか武器を装備した上でスキルの動作を模倣することで習得することができる。ありがたいことに訓練場の的はシステム上各スキルにつき最初の一回限り撃破判定が出るので、他に特段の条件が無く渾身・会心・クリティカル一発で熟練するスキルはここで取り揃えることができる。


 大方「何でもできると言うからには何でもを見せてみろ」とかそういう流れだろう。今のステータスでは習得に向かないスキルもあるが、取り急ぎ序盤攻略に必要なスキルだけはこの機に習得しておきたい。

 願ったり叶ったりだ。やってやろうじゃないの。



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