第6話 俺の気持ちは未確定
「って藤くん! 円周率はずっと続くんだよ!」
「そ、そうだよね……」
円周率を唱え続け「終わるまで待って!」と言った山本さんは、自分で気づいたらしい。
人差し指をまっすぐ立て、俺の顔の前にビシッ! と突きつけてくる。
この人はすげえドラムが上手いし、すげえ可愛いんだけど、なんか変わってる? 不思議ちゃん?
そういやなんで山本さんはわざわざ俺のクラスに来たんだろ。昼休みも残り少しなのに。
「そうそう藤くん! 円周率を唱えてないで本題だよ!」
「円周率を唱えてたの山本さんだよ……?」
「まーまー細かいことは置いときなはれ!」
思わず「急な関西弁!」とツッコミたくなったが、続けて山本さんが話しかけてくる。
「軽音部、一緒に入らない?」
「け、軽音部に!?」
「そう! この前一緒に演奏したじゃん? 藤くんギターかなり上手かったし、ちょうどギターも初心者ばっかりだし、即戦力だなって思って!」
憧れの山本さんと一緒の部活に! 高校1年からそんなラッキーなことがあるなんて。俺は超ツイてる! って思ったけど、
「ちょ、ちょっと考えてもいいかな……?」
「えーなんで!? ギターもバンドもクリブルも好きなんじゃないの?」
「ギターもバンドもクリブルも好きだけど……」
あと山本さんのことも……というのはもちろん言えない。
「やりたい!」って即答したかったけど、軽音部に入るってことはライブがあるということ。人前で演奏するために、いいライブにするためにみんな一生懸命練習している。だから、どうしてもあの学祭の失敗が頭に浮かんでしまう。もちろん山本さんが言う通り、ギターもバンドもクリブルも全部大好きだ。ただ、あのトラウマが頭から離れない。
キーンコーンカーンコーン。昼休み終了5分前の予鈴が響く。
「いっけない! もう時間じゃん! 入部、考えといてね藤くん!」
「わ、わかった!」
「じゃーねー!」と後ろを向きながら、大きく手を振って山本さんが走り去っていく。
なんか最近は山本さんと話すことが多くなってきて、本当に嬉しい。
「……で、なんで即答しなかったわけ? 高校でもバンドやりたいんじゃないん?」
会話の一部始終を見ていた智也は、意外そうに俺を見た。
「だってあの失敗がさぁ……」
「そんなんもう昔の話だろ? 中学も卒業したし、高校生になって環境も変わったんだから気にしなくていいじゃねーか。そもそもあの失敗はよぉー」
「あーもーうっせえっての! お前には俺のあの苦しみがわかんねぇんだよ」
あの失敗の光景を思い出すだけで、俺は恥ずかしくて悔しくて仕方がない。それを経験してない智也にはわかりっこない。コイツは俺を励ましてくれてるんだろうけど、なかなか気が進まない。
確かに環境が変わったし、あのライブを見ていたやつもそんなに多くはない。そもそも話題に上がることもないから、俺が気にしすぎてるってのはある。しかも山本さんのお誘いだし、かなりチャンスなんだけどな。接点t……じゃなくて、山本さんと接点を持つためのチャンス。
「おーい授業始めるぞー」
ガラッと先生が引き戸を開け、教室に入ってきた。そういやもう予鈴鳴ってたんだっけ。気づいたら授業開始時間になってしまってた。
「とりあえず入部は前向きに検討しろよー。前演奏してた時も楽しそうだったし」
智也のその声で会話は終わり、始まった授業は数学だった。
***
「軽音部……マジでどうしよっかなー」
その日の夜。寝る前に音楽を聴きながらスマホをいじり、俺は軽音部への入部をまだ考え続けていた。
聴いていた曲が終わり、ランダムでお気に入りの曲を再生していたら、クリブルの「星をたどって」のイントロが流れ始めた。
「『歌うことをやめないで』か……」
あの手紙のことを思い出す。あのライブの日、会場に落ちていた俺への手紙。
俺は思い出したようにベッドから起き上がり、部屋に立てて置いてあるギターを手に取った。
(第7話へつづく……)
ラブコメ好きの僕が1番読みたいラブコメを自分で書いてみた。【フォーチュン・レター】 ビター砂糖 @bitter_sato
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