第5話 俺のランチはパン工場
「お前、あの内田さんと、しかも山本さんまで一緒に楽器屋行ったんだって!?」
智也がすごいテンションで聞いてくる。
「あー行った行った」
「しかも『藤くんがいい』って言われたんだろ!?」
「そうそう」
内田香奈と山本菜々――合わせてナナカナと楽器屋に行った翌日、俺は智也と教室で昼飯を食っている。
昼休み。俺は購買でパンと一緒に買ったヨーグルトを、ただひたすらグルグルグルグルと、ずっとかき混ぜている。
「……パン工場ー」
「……お前どうしたん?」
――――昨日の放課後。楽器屋。
山本さんに「藤くんがいいからに決まってるじゃん?」と言われ、めちゃくちゃ嬉しかったのも一瞬。
「だって藤くんなら、ギターの楽譜読めるでしょ?」
俺を楽器屋に誘ってくれた理由が気になって、山本さんに聞いてみたのだった。そして、返ってきた返事がコレだった。山本さんは続けた。
「いやー友達が最近ギターを始めましてな、クリブルの曲でギターが簡単なの教えてって言われたんだけど、私楽譜読めないし、ドラムも耳コピだし、困ったなーって思って。……やはは」
「いやー申し訳ない」という風に頭を触り、山本さんが真実を告げてきた。
もうコレで何度目だよ! 第5話まで俺の期待は裏切られ続けてるよ! インキャに期待させないでくれよ! 「勘違い乙!」とか思ってるでしょみんな!? 俺だってわかってるよおー(泣)
と、まあそんな感じで、楽器屋では山本さんにギターが簡単なクリブル曲を教えつつ、時間が過ぎたのだった。
その横で内田香奈が「その曲よりこっちの方がかっこいいでしょ!?」とか「あーこのバラードはライブ向きじゃないからダメね」とか口を挟んできやがった。
「お前ギターのことわかんねぇだろうが!」と叫んだ。もちろん心の中で。なぜなら言ったらキレそうだから。
『お前楽器のことなんてわかんの?』と聞いてみると、『は? 私はアンタと違って小さい時からピアノ習ってたんだけど?』とのことらしい。失礼いたしました。
『アンタと違って』と言われたけど、こいつ俺の何を知ってるんだよ……
その後、友達のために買う楽譜も決まり、山本さんはお目当てのスティックも見つけ、楽譜と一緒に買っていた。
楽器屋を出た後山本さんが「藤くんバイバーイ!」と、元気いっぱいで手を振って俺を見送り、内田香奈と一緒に街へ繰り出していった。
――それを思い出し、今にいたる。
「でもさぁ、あの内田さんと一緒に買い物行ったってだけですごくねぇ? ちょー美人だしよぉ」
「まぁ美人ではあるけどさ……」
けどさ、それをかき消すくらいにキッツい性格だぞアレは。しかも内田さんと一緒じゃねぇ山本さんも一緒だから(マジレス)。
あのケンカの日以来、俺のクラス――1年1組で内田香奈は有名人となった。
クリブルの推し曲でもめながら教室に向かい、そして俺のクラスにまで乗り込み、バトルは続いたのだった。内田香奈は山本さんと同じ1年2組で、隣のクラス。入学早々、美人が大声で怒鳴ってたのだから、話題にならないわけがない。
なんとかして山本さんと接点を持ちたい。あの猛獣と関わらずして、山本さんとお近づきになる方法はないものか。
俺は混ぜ過ぎてドロッドロになったヨーグルトを一気に流し込んだ。
「なぁなぁカケル! なぁおい!」
智也がテンションMAXのまま俺に質問を続けている。もういいよこの話は。ほぼ初対面の俺を誘った理由なんて、楽譜選ぶ以外にないっての。
「あーなんとか山本さんと接点もてねーかなー」
「私がどうかしたー?」
って山本さん!?
――ガタッ! とイスが音をたて、思わず焦ってビクッ! と体が伸びる。
「私と接点? 接点t? ここから接線何本引けますか問題???」
「い、いやあの……」
山本さんはアゴに手を当て、首をかしげ、斜め上を見ながら考え込んでいた。
「うーん……数学の予習???」
「ち、ち、ち、違います!!」
「藤くん! とりあえず落ち着こう! 落ち着くには……そう、素数! 素数を数えよう! 3.141592……」
「それ円周率だから!」
じゃなくて、ツッコミ入れてる場合ではなくて、
「なんで山本さんが俺のクラスに!?」
「65358979……」
山本さんはまだ円周率を唱え続けていた。数学の魔人でも召喚するの?
「や、山本さん……?」
「……藤くん! 終わるまで待って! 3238……」
「終わらないと思うけど……」
それからしばらく、円周率を唱え続ける山本さんを見つめていた。
(第6話へつづく……)
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