第4話 俺の期待はブロークン
「………………」
「………………」
大通り沿いにあるドラッグストア。その店の入り口のすぐ目の前、地下へと続く階段を降りると、楽器屋「イケダ楽器」がある。
音楽室でバンド演奏をした後、俺は憧れの山本菜々さんと楽器屋に行くことになった。
憧れのあの子と2人で楽器屋へ。なんとリア充な展開。オラワクワクすっぞ! と悟空ばりに意気込んでいた。
「なんでアンタがいんのよ……」
「な、なんでお前が……」
そう。意気込んでいた。
……が、楽器屋へと続く階段の目の前にいるのは、見間違うはずがない。あの気の強いツンツン女、内田香奈だ。なぜコイツがここに……
「な、なんでいんの……?」
「は? 私は菜々と約束して待ってんだけど?」
だ、だよねぇ〜。ほぼ初対面の山本さんが、いきなり男子の俺と2人っきりで楽器屋なんて、そりゃまーないわなー……。ないわな……。
山本さんと内田香奈は同じ中学出身で、性格は違うものの仲良くなり、今では大親友らしい。
バンド演奏の後、山本さんと
『朝、香奈とケンカしてたでしょ? ごめんねーあの子気が強くって!』
『え! 山本さんって内田さんと知り合いなの!?』
『知り合いもなにも、大親友ですよぉ〜』
ってやりとりをして、2人が親友だということを知った。
山本さんは内田香奈との予定があったんだ。そうしたらなんで俺は一緒に誘われたんだろうか。
そんな内田香奈は、少しイライラしたような表情でスマホをいじっている。
き、気まずい……。そもそもコイツとは初対面の時にクリブルの推し曲で揉めてから、ろくに話したこともない。というか話す必要もない。
あの時の俺はどうかしてた。スマホでベイブレードをして、美少女に拾ってもらって、「クリブル好きなの?」なんて聞かれて、そりゃもうテンションが上がりましたよ。こんな美少女と高校が始まって早々、共通の話題で盛り上がれるとかどんなリア充だよって思ってたのに。
いくら同じバンドが好きとはいえ、話しかけてきた男子に「アンタ誰?」ですよ。そりゃあ推し曲が違ったらフルボッコですよね。というかこの女の本性を知った以上、推し曲が同じでもケンカしそうだけど。
内田香奈は視線をスマホから俺に向け、左手でファサッと肩にかかっていた髪を払った。
「アンタ、今日菜々と『星をたどって』演奏したらしいわね」
「……そうだけど」
すごい高圧的な質問。というか尋問?
「パートは何? 菜々はドラムだから、ギターかベース?」
「一応ギター……」
「ふーん」
それから沈黙。内田香奈はまたスマホに視線を戻す。
え? それだけ? それ聞いてどうしたいのコイツ。
大通りの近くだから、車の音や人の話す声が聞こえてくる。静かな場所でもないのに、かなり気まずい空気が流れる。
スマホから目を離さないまま、内田香奈はまた話し始めた。
「ま、アンタにクリブルのボーカルは無理ね」
いきなりの戦力外通告。
コイツの目の前で歌ったわけでもないし、放課後の演奏はギターだけだったから、俺の歌が否定される理由はない。
ただ、実際にボーカルはもう無理だ。
あのライブでの失敗以来、俺は人前で歌いたくない。歌えない。なんて言われるかわからないし、そもそも自信がない。
一応不本意なので、この気の強い女に食ってかかってみる。
「な、なんでさ……!」
やばい、声が裏返った。「で」だけ裏返った。
そんな俺の失態は気にも止めず、内田香奈は続ける。
「あのバンドのコピーをやるには、圧倒的な歌唱力がいるの。アンタも知ってるでしょ? 近藤さんの歌の上手さ」
「そりゃそうだけど……」
……ド正論だ。クリブルのボーカルである近藤さんは、本当に歌が上手い。
ただ、歌が上手い人はたくさんいるけど、近藤さんは違う。
他の人にはない独特な、聴き惚れてしまう声。そんな近藤さんの歌い方を再現するのは、不可能と言ってもいいくらい。
そんなの俺だってわかってるし、別にプロを目指してるわけでもないし、歌ったっていいじゃんとは思う。
スマホをスクロールする手が止まり、内田香奈はフッと空を見上げて、ボソッとつぶやいた。
「……ま、あの人くらい歌がうまいなら話は別だけど」
あの人って……?
――――タタタタッ!
足音が近づいてくる。
「あー! ごっめーん! 2人とも待ったぁ〜?」
遠くから手を振りながら、ダッシュで山本さんがこっちへ向かってきた。
あのバンド演奏の後、山本さんは軽音部の片付けがあったらしい。まだ体験入部なのに、もうすっかり軽音部として活動している。
帰り際に山本さんから聞いた話では、今日一緒にバンド演奏をしたボーカルとベースの人は、中学時代一緒に学園祭に出た先輩たちだったらしい。どおりで普通に軽音部になじんでる訳だ。
山本菜々さんと内田香奈、まとめてナナカナと共に楽器屋へ。なんか双子タレントみたいな呼び名になってしまった。
3人で地下にある楽器屋に続く階段を降りる。
てか楽器屋に折れたスティックを買いに行くだけなら、別に俺いなくてもよくない? インキャだし友達いなそうだから、かわいそうで誘ってくれたのだろうか。
山本さんに理由を聞いてみたくなった。
「なんで俺を誘ってくれたの? 楽器屋だったら他の同級生もいたし……」
こっちに振り向いた山本さんは、大きな目をパチクリさせながら、不思議そうに俺にこう言った。
「そりゃー、藤くんと一緒がいいからに決まってるじゃん?」
(第5話へつづく……)
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