【後幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の六
「あー、いいお湯だった!」
シャワーを終えたたつきがリビングに現れたのは、しばらくしてのことだった。
タオルで拭いただけの
「ドライヤーはいるか?」
「あ、嬉しい」
雁那の招きに応じて、たつきはトレイラーのリビングに足を踏み入れた。
「……おじゃましまーす」
巨躯を折り曲げ、鉢植えをいじる荒楠に一声かけてから、ソファに座る。
ドライヤーが唸る間、荒楠は霧吹きを手に、観葉植物の葉を一枚一枚手入れしていた。雁那は同室の一角にあるシンクで、何か作業している。背の足りなさを踏み台でカバーしているのが何とも健気だ。
短い髪を乾かすのにさほど時間はかからず、すっかり手入れを終えた頃に雁那が戻って来た。手にした盆には細長いグラスと小鉢、それに複数のジャムの瓶。グラスに入った栗色の液体は紅茶のようだが、ジャムを塗るパンやスコーンは見当たらない。
「始発まで時間があるだろう。紅茶は嫌いか?」
「それは好きだけど……そのジャムは、入れて飲むの?」
「飲みながら食べる」
言うと、雁那は瓶を開け、荒楠の前の小鉢に黄色い粘液を垂らした。仮面をわずかに持ち上げ、巨漢が小鉢を口に運ぶ。空になった小鉢を置くと、グラスを取り上げ、一口で干した。
「ずいぶんと豪快な作法ね」
「こいつの真似をする必要はない。
いちごとブルーベリー、それに蜂蜜。好きなのを選べ」
「じゃあ、いちご」
赤いジャムがごってりと盛られ、スプーンが添えられる。
戸惑いつつもグラスを取り、たつきは一口飲んだ。
強烈なストレートティーだった。よく冷えているが、甘味の欠片もない。舌を叩くような渋みに、反射的にスプーンを掴み、ジャムを口に入れた。極上の甘みが暴れる渋みの手を取り、舌先で優雅に踊り始めた。
「あっ、これ美味しい!」
「そうだろう。私の好きな茶だ」
「ゴロゴロしたイチゴが口に残るのもいい感じ」
「茶請けでもあるからな」
「他のジャムも試していい?」
「いいとも。茶のお代わりもある。
こちらは大阪の専門店で仕入れた品でな……」
少女らが和気藹々とお茶に興じる傍らで、仮面の偉丈夫は小刀を取り出し、黙然と木片を削り始める。
「う──ん、最高!
シャワーはあるしお茶も出るし、毎回寄りたいぐらい!」
「私は構わんぞ」
「えっ、ほんとにいいの?」
「少数派の女同士。話す機会が欲しかったからな」
身を乗り出すたつきに、微笑む雁那。その翠眼が鈍い輝きを帯びる。
そうだ──《
「……だが、着替えの必要はもうないか。
吉田 文殊の言葉に従うならな」
《神風天覧試合》にはドレスコードが存在しない。文殊の指摘から発覚したこの事実は、たつきが巫女装束を着る必要性はないことを意味する。
「んー、あいつに反発ってわけじゃないけど。
やっぱ着替えて来ようかなって」
「ほほう。やはりこだわりがあるのか?」
「こだわりはないけど、ま、一応ね」
微妙な口ぶりに、雁那は意図して補助線を引く。
「荒楠の鎧のようなものか?」
荒楠の小刀が止まり、 たつきは頬を掻いて曖昧に笑った。
「まあ、そんなとこ」
「……なるほどな」
笑みを返すその下で、雁那は思考を高回転させる。
──防具。或いは武器。それとも戦闘に必要な道具か?
だが、洗面所で見た衣装はただの市販品だった。高級素材ですらなく、とくに袴は安物の部類だ。特別の品とは考えにくい。ならば何故──
「ね、わたしも聞いてい?」
唐突な言葉に、雁那は後襟を捕られたように引き戻された。
「なんだ」
「荒楠サンって、ずっとこの格好なの?」
「ああ、それか。荒楠は極度の暑がりでな。
こちらの気温に早く馴染むよう、寝る時以外は鎧を脱がない。
この先、夏を迎えれば、大阪はかなり暑くなるからな」
「そう言えばさっき、氷ごと丸呑みしてた!」
「アイスも好物だ」「へー、ちょっと意外」
荒楠の手が再び動き始めた。早くも木彫りの鳥の頭が出来かけている。
「雁那って、荒楠サンの通訳なんだよね」
「ああ、そうだな」
「通訳してるトコ、見たことないけど」
「……別にサボってるわけではないぞ」
言い訳めいた口調で、雁那が紅茶をすする。
「荒楠は元々無口なのだ。
それに日本語の聞き取りは出来る。話せないだけでな」
「へー、そうなんだ」
前髪をいじりながら、たつきが続ける。
「ていうか、二人とも日本人じゃないよね?
なんで《神風》なんて、なろうとしてんの?」
その瞬間、全ての植物が色を失った。
荒楠の刃力が籠もる。
リビングの床に何かが転がった。切り落とされた鳥の首だった。
雁那は、緑の炎を湛えた双眸で、たつきを見据えた。
少女の顔はいつも通り。空気の変化に気付いた風もない。あっけらかんと核心に触れながら、悪意も裏も読み取れない。あまりにも普通過ぎる。
刹那、皮膚の裏を這い登る感情に、雁那は慄いた。
全てを見透かされている気がした。スマホの細工も、企みも、この国で成すべきことも、全て、全て。
自分はとんでもない怪物を、家に招き入れてしまったのではないか──?
「あ、言いたくないなら別にいいけど」
たつきのその一言に、緊張が霧散した。
鉢植えが色を取り戻す。始まり同様、唐突な終わり方だった。
「……いや」
気取られぬよう細く息を吐くと、雁那は落ちた首を拾い上げた。
そのまま手を伸ばし、鉢植えの縁に飾り付ける。
「定義にもよるが、我らの祖は紛れもなく
古代、時の天皇より官位を与えられた記録もある」
「我ら一族の名は《
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