【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬 其の二
「手の内バラさんでええんや、アホ」
攻勢に出た浪馬のドヤ顔に、文殊は思わずつぶやいた。
通常の格闘技観戦と異なり、《神風天覧試合》には客席がない。観客は審判のように試合場に立ち入り、闘いを追うことになる。対戦を邪魔しない限り、距離の制限はない。近いほど危険が増すというだけだ。
現在、観客と対戦者の距離は5メートルばかり。
対峙する浪馬と蓮葉を横から眺める恰好だが、地下道に並列する石柱が視界を妨げれば、各自左右に周り込む。移動する戦局を、自ら足で追う必要があるのだ。狭いコートに縛られない、《神風天覧試合》ならではの形式である。
「護衛する」との宣言通り、洋は文殊の前に陣取っている。試合中の浪馬より、よほど頼もしい存在だ。移動も洋を追えば間違いない。
唯一問題があるとすれば、呉越同舟ということだろう。
組んでこそいないが、文殊の立場は浪馬側にある。自慢げに語られ、手の内も多少は知っている。いずれ対戦する面々の前で、迂闊なことは口にできない。
たった今潰された仕込みのことも、その一つである。
試合前の雁那の推理は、正解だった。
一番に忍野を訪ねるよう、浪馬に進言したのは文殊である。
浪馬に《天覧試合》の詳細を聞き、文殊はいち早く、ルールの穴に気が付いた。
もっとも大きな穴は、《必至》に関する部分だ。
《必至》を宣言された者は、著しく不利な状況に
そして《必至》の基準は、忍野に一任されている。すなわち、忍野の知識次第で、《必至》かどうかは変化するのである。
「オレはハサミじゃ倒せない」 そう吹聴する浪馬を説き伏せ、試合前に忍野と会わせた。数度の試しを経て忍野は納得し、同じ状態では《必至》を出さないことを約束したのだ。
ルールの穴は、使い方次第で抜け穴になる。
浪馬が意図して誘ったかは謎だが、蓮葉の攻撃が手でなく、首の《必至》狙いであれば、戦局は浪馬に傾いたはずだ。勝利の確信ほど危うい状況はなく、
しかし、蓮葉の初撃は、手首を刈り損ねるにとどまった。
魚々島の入れ知恵やな、と文殊は思う。
洋と同じで、浪馬の武勇伝も広く知られている。不死身の噂を警戒される可能性を考えておくべきだった。
ふいに洋が振り返り、文殊を見た。
胸の内を読んだようにほくそ笑む。文殊も笑う。この野郎。
洋の影働きのおかげか、戦う蓮葉に動揺の色はない。
勢いに乗った浪馬の槍を、影のように縫い、するするとかわし続ける。素人目にも卓越した動きである。
けれど、前には出られない。反撃の手もない。
ハサミが通じない相手にどう対処するか、思いあぐねているのか。
浪馬が攻めるなら、今が絶好の好機だ。
「蓮葉ちゃーん、花見はもうしたかイ?」
文殊の思考が届いたかのように、浪馬が尋ねた。
「まだなら見せてやンぜ? 八百万流の《桜》をヨ」
突き出された槍の穂が、ふいに二つに分かれた。
四つに、八つに、十六に──
指数関数的に増殖する刃が、放射状に広がる。
さながら満開の花の如く。
「八百万槍術──《
槍による連続突き。
説明すれば単純だが、その光景は常軌を逸していた。
繰り出す突きの残像が、満開の桜のように蓮葉の視界を覆う。
「「ほう」」
声を揃えたのは、洋と烏京の二人である。
「さっきのは大道芸だが、こっちは《技》だな。
派手なのは歌舞伎由来だからか? いや、
「──見栄え重視だが、間違いなく《技》だな」
「ただの
「あの速さと手数──貴様はどう見る?」
「そうだな」浪馬を凝視したまま、洋は応じた。
「まず、槍の引きが浅い。
必要最小限しか引かないから、回転が速い。
加えて手突きだ。それで手数を増やしてる」
「つまり、威力に欠けると──?」「普通ならな」
手突きとは、手だけで突きを繰り出し、腰が入っていない技を指す。軽く不安定な見せかけの技になるため、武術全般で下策とされる。
「けど、あのサイズの槍を、手だけでこんだけ突けるのは謎だ。
休み休みならまだしも、あの速さを維持してやがる。
腕力だけじゃ続くわけがねえ。
どういう術理なのかは、まだ読めねえけどよ」
それ以上に謎なのは、先刻見せた《不死身》だ。果たしてあれは術理で説明できるものなのか。
野放図な言動から過小評価していた浪馬だが、得体のしれない圧力を帯びてきた。まさかのダークホースかもしれない。
立ち塞がる《千本桜》を前に、蓮葉が動いた。
《化け烏》を伸ばし、残像の群れに突き入れる。
疾く鋭い一撃だが、その
直後、鼓膜をつんざく、金打ちの連続音。
無数の火花を散らして、《化け烏》が押し戻される。
退がる蓮葉を、なおも《千本桜》が追う。チェックの床を突き進むさまは、さしずめ
「畔にも見えていない──か」
「普通に見づらい槍の軌道を、残像に隠してるからな。
派手なだけじゃねえ、よく出来てやがる」
「──貴様らには厳しいか」
「《神眼》持ちのおまえなら余裕ってか?」
「俺に錯視の類は通用しない──
残像がなければ、小刻みな突きというだけだ」
「おまえ、アニメ見ても面白くねーだろ」
「──生憎、見るつもりはない」
洋は考え込んだ。
確かに、正面から《千本桜》を破るのは容易ではない。
烏京の飛び道具や、奇襲を得意とする《鮫貝》ならいざ知らず、取り回しの重い《化け烏》ではなおのことだ。
思案する間にも、蓮葉は石柱の横まで追われてきた。壁際に追い詰められるのも、時間の問題だろう。そうなれば《
妹を見やった兄は、唖然とした。
蓮葉がこちらを振り返り、破顔したのだ。
お兄ちゃん、見てて。
声にならない、そんな想いを伝えるように。
余裕あり過ぎだろ、おまえ。
呆れる他ない、そんな気分で苦笑してやる。
同時に、閃く。
「あったぜ、烏京。
ここならではの攻略法ってやつだ」
「──何だと?」
ぞろりと頬を撫ぜ、洋は意味深な表情を浮かべた。
「……どうやら、蓮葉も気付いてるらしい」
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