【二幕】畔 蓮葉 VS 八百万 浪馬



 丹色にいろの旋風が、大気をいてうなる。

 丹色とは赤の古称で、魔除け、厄除けの意味を持つ。橋の欄干や鳥居、そして浪馬の振るう槍の色である。

 浪馬の槍は長さ2メートル強。槍として長い方ではないが、長さは強さを意味しない。槍ほど場所を選ぶ武器はないからだ。──すなわち刃の部分は真っ直ぐな形状で、長さは30センチばかり。素槍、直槍すぐやりと呼ばれる一般的な武器である。

 その槍の中央に両手を絡ませ、縦横無尽に旋回させている。

 一見手回しのようだが、そうではない。上半身を発条バネのように左右に揺らし、その反動で加速している。表情こそ無邪気だが、可愛げのある速度では断じてない。連なる風切り音は、ヘリコプターさながらの凄まじさである。

「……なあ、あんた。どう思う?」

 対峙する二人から、5メートルほど離れた観戦集団。

 その中で、洋が最初に声をかけたのは、文殊でも烏京でも雁那でもなかった。

「なんであたしに聞くのよ」

 信じられない、という顔で振り向いたのは、たつきである。 

「あんたにリベンジする気で用意したからさ」

「はあ? ぜんぜん話が見えないんだけど」 

「先週の開会式で、蓮葉を「ダサい」つったろ」 

 巫女の少女は顔に指をあて、天井を見上げる。

「……えー、言ったっけ?」

「言ったさ、ボソッと。こちとら地獄耳なんだよ」 

「あーまー、言ったかもね。

 しょーがないでしょ、事実なんだから。

 何なのよあのスーツ。コスプレかっつーの」 

「……あの服を選んだのは、オレだ」

「あ、そーなんだ」

「確かに、オレは女の服なんざ詳しくねえ。

 あれも女の礼服がわからんまま買ったやつだ。

 とはいえ妹を笑われて、黙っちゃいられねえ。

 それがオレのせいなら、なおさらだ」

「ていうか、何であんた、妹の着替えしてんのよ。

 その時点で普通にキモいんだけど」

「ほっとけ。そこは色々事情があんだよ。

 それより、今日の蓮葉の服はどうだ?

 オレ渾身のコーディネート、あんたの感想が聞きたくてな」

 文殊と烏京が思わず目を合わせる。どちらも鹿を見た顔である。

「ふーん。どれどれ……」

 たつきは、改めて蓮葉の方を見やった。

 今日の蓮葉の服装は、簡単に言えば乗馬風である。

 アウターは乗馬用ショートジャケット。長袖だが裾丈は短く、トップスに白シャツを着ていなければへそが出るところだ。濃紺ネイビーに金のダブルボタンは、野趣とフォーマル感を兼ね備えている。

 下は純白のホットパンツ。蠱惑的な美脚を艶めいた黒のレギンズに包み、足先はグラディエーターサンダル。ストラップで縛り、足指が自由なタイプである。

「このチョイスなら、靴はブーツでしょ」

「そこは蓮葉が譲らねぇんだ」

「髪もポニテにした方が似合うかな」

「そっちもこだわりがあるらしい」

「あっそう。

 うーん、悪くない、悪くないんだけど……」

「けど、なんだよ」

「なんかゲームのキャラみたい。

 がんばりすぎて不自然に浮いてる感じ?」

「……それは、褒めてんのか?」

「あんまし」「ガッデム!」

「何の話しとんねん、おまえら」

 たまりかねた文殊が割り込んだ。隣りの烏京が頷いている。

「しょうがねぇだろ。

 試合前に聞くつもりが、遅刻寸前だったからよ」 

「もう始まってんやぞ。あれ見てヤバい思わんのか」 

 颶風ぐふうを体現する浪馬を、洋は冷笑する。

だろ、あんなの」

 文殊はあっけに取られた。

 凄腕のヌンチャク使いを子供扱いする浪馬の槍が、彼らにはそう見えるのか。常人とは感覚がまるで違う。さすが《神風》候補という他ない。

「あんな大道芸でうちの妹に勝てるつもりなら、舐められたもんだ。

 蓮葉の前であれだけブン回せる、クソ度胸だけは褒めてやるがな」

「──舐めてるのは、どっちだ?」

 背後から釘を刺して来たのは、烏京である。

「あの隙が意図的なら──誘ての可能性もある」

「誘い、ねえ。 

 確かに《不死身》が本当ならあり得るかもだが」  

 探るようにこちらを見た洋に、今度は文殊が冷笑する。

にビビりすぎやろ」

「言ってくれるじゃねーか」

 嬉しそうに洋も笑みを浮かべた、その時だった。


 ギャリィン! 槍の先端が石の円柱を掠め、火花を散らした。

 浪馬の誤り、ではない。

 余裕たっぷりの顔で、大音声を発したのが、その証拠だ。

「……テメーら、なーにクッチャべってやがる。

 オレ様のバトルに集中しやがれッつーの!!」

 槍を小脇に挟んで、右手を突き出す。寸秒、動きを止め、睨みを利かせる。

 歌舞伎風の《見栄》を切ったのだ。

 流石の洋も、これには絶句した。まだ間合いの外とはいえ、最強格の相手を前に自ら隙を見せつけるとは。クソ度胸、ここに極まれりである。

「ギャラリー冷えてンし、体もあったまッたしヨ。

 そろそろオッパジめよーゼ、蓮葉ちゃん!」 

 構えた槍が、再び回転を始めた。

 蛍光灯の光を切り裂きながら、今度はじりじりと前に出る。

 蓮葉の足は動かない。

 迫りくる人間台風を迎え、《化け烏》の嘴がわずかに持ち上がる。

 三つある連結軸カシメの選択は中央。刃長はちょうは50センチの標準サイズ。柄も含めた全長は2メートル。それを水平に開き、舌を抜く閻魔えんまのように構えている。

 得物の長さは浪馬に分があるが、槍中央を握れば射程は半分程度だ。一方で蓮葉も柄を余しており、間合いは互角。そして双方ともに、一瞬で間合いを伸ばす技量を備えている。

 山のように動かざる蓮葉に、浪馬の暴風圏が迫る。

 先手を取るは畔のせいか。それとも八百万のどうか。

 なんら勿体もったいぶらず、答えは出た。

 音もなく伸びた大鋏が、苦もなく浪馬の手首を捕らえたのだ。

 文殊は息を詰めた。

 昔、動物系の動画で見た、カメレオンの捕食を思い出す。一瞬で伸びた舌が、気付けば虫を捉えて戻っている。スロー再生でようやくわかる奴だ。

 あの槍の回転を、造作なく見切る目と攻撃精度。仮に反撃するにせよ、槍を受けるか弾くかしてからだと思っていた文殊の、遥か上を行く次元である。

 だが、驚いたのは洋も同じだった。

 浪馬を噛んだ鋏の刃が、何事もなく離れたのだ。浪馬の手は腕に繋がったまま、出血の一つもない。

 手加減ではない。それがあり得ないことは洋が一番よく知っている。蓮葉の辞書に手心の文字はない。

 切断しなかったのではなく、出来なかったのだ。

 ──何だ、今の現象は。

 手首からすっぽ抜けたのか? いや、弾かれたようにも見えた。

 槍の回転は止まったが、一歩、引き下がったのは蓮葉の方だ。

「物騒なしてくれンじゃねーの、蓮葉ちゃん」

 長い舌で唇を舐めると、浪馬はいやらしい笑みを少女に向けた。

「でもワリィねーッ。オレ様、不死身なンだわ。

 とくにハサミじゃ傷一つつかねェ。ってヤツよ」

 槍の穂先が、蓮葉の喉を向いて停止した。

 教本通りの中段構え。左足前の半身は構えた槍の陰に。

 先刻のおちゃらけが嘘のような、水も漏らさぬ隙のなさ。


「そこンとこ知ってもらった上で、続きといこうじャねーの。

 なあ……《最高傑作》ちゃんヨォ!」


 ゆるりと前に出た浪馬が、さらに槍をしごいた。


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