【幕間】八百万 浪馬 ー遷客騒人ー 其の三
「解散……させられた?」
苦悶の末に吐き出された浪馬の台詞を、文殊は思わず繰り返した。
「ああ。日野の野郎が、支部長集めて、勝手にヨ」
日野とは《
恵まれた体格にスキンヘッド。地元の名家出身の浪馬に対し、孤児院で育った苦労人だったはずだ。暴走族には珍しい、柔らかな物腰が印象深い。
義経に対する弁慶のように、死ぬまで忠節を尽くすタイプだと思っていたが、まさかの明智 光秀だったとは。
副ヘッドが、ヘッドに無断でチームを解散させる──
非常識な話だが、日野なら可能ではある。
突出した武力とド派手な伝説でチームを引っ張る浪馬に対し、卓越した采配ときめ細かな配慮で組織をまとめていたのが日野という男だ。実質的に組織を掌握していた日野の号令なら、各支部が従うのも無理はない。
しかし、奇妙な点も幾つか思い当たる。
一つは何故、解散したかということ。
この手の陰謀は会社経営に多いが、どれも乗っ取り劇だ。浪馬に代わり、日野がチームを牛耳るならいざ知らず、解散ではメリットがない。そもそも何故解散したのか、その意図が皆目読めない。
もう一つは、裏切られた浪馬が何故、おとなしく承諾したのか。
文殊の知る浪馬は寛大とは真逆、まさに信長的な性格である。
憤怒に駆られ、石山本願寺よろしく、《暁殺骸鬼》を焼き討ちにかかってもおかしくない。常人なら一笑に付される話だが、浪馬には朝飯前のはずだ。しかしそんな話があれば、必ず文殊の耳まで届いている。ならば何故──
「アーーッ、ムカムカしてきた!
もういいだろ、こんなシケた話はヨ!」
突然の浪馬の叫びに、文殊の思索は遮られた。
「ま、その話はええわ」
気にならないと言えば嘘になるが、下手に探ると藪蛇になりそうだ。
文殊は煙草を取り出し、火を点けた。
「吸うか?」「ヤらねーつーの」
既視感の正体に思い当たり、にやりと笑う。
「魚々島も吸わへん言うてたわ」
「テメー、まさか……!
あいつとダチとか言わねェだろうなァ?」
声を荒げる浪馬に、応じるは一筋の紫煙。
「ダチいうほどやない。
負けた後、やけに気に入られたってだけや」
この辺りも既視感だ。
「まー、そういうワケでな。
オレはおまえらのどっちにも協力できん。
チーム組むいう話もナシや。
コンビニの仕事も、始めたとこやしな」
立ち尽くす浪馬を見据え、文殊ははっきりと、そう答えた。
怖くないといえば、嘘になる。
これで浪馬がキレたら為すすべがない。暴竜に啖呵を切るような愚行である。同じ断るにせよ、もっと上手い伝え方があったかもしれない。
だが。文殊の考えは違った。
族社会で文殊を大成させたのは要領ではない。戦略と度胸だ。
誰が相手でも気持ちでは引かない。覚悟なしに活路は拓けない。
それが文殊の経験則、そして人生訓だった。
果たして、浪馬の反応は──
「……あーまァ、別に、そンでいいゼ?
組むつーのも、今すぐって話じゃねーし」
意外にもあっさりと、文殊の拒否を受け止めた。
「オレも当分、バトル三昧の予定だからヨ。
どうせチーム作ンのは《天覧試合》が終わった後だ。
それまではコッチにいるし、気長に説得すンのも悪くねェ。
季節が変わりゃあ、気も変わるだろーしヨ」
「おまえと一緒にすんなや、アホ」
いかにも天気屋らしい発言に、文殊は苦笑する。
どちらからともなく、二人は海岸沿いを歩き始めた。
左手に広がる海の対岸には、夢洲の港の輝きが浮かぶ。燃えるようなその光の中で、キリンの愛称を持つガントリークレーンが揺れている。
「つーか、そんな長丁場なんか。《闇の天下一武道会》てのは」
「《神風天覧試合》な。候補六名、全十五戦のリーグ戦だとヨ」
「サッカーの予選みたいなモンか。そりゃ長引くな」
浪馬の口から、ペラペラと新情報が洩れ出てくる。
洋の口ぶりから守秘義務があるものと思っていたが、浪馬は心配になるほどのザルである。勧誘目的のサービスかもしれないが、おそらくは何も考えていない。
「魚々島とは、いつヤるんや?」
「わからネー。順番は決まってねーンだよ。
あーでも、《野試合》なら話は別かもナ。
相手を見つけて喧嘩できりゃア、正式な試合扱いすンだとヨ。
審判呼ぶとか面倒なルールはあっけど。コッチならいつでも勝負できる」
ふと足を止め、浪馬が海の向こうに目を投げた。
「そう言や、この近くだったよなァ……魚々島のアジト」
形のいい口角が吊り上がり、悪魔めいた表情を浮かべる。
海より冷たい戦慄が、文殊の体を叩いた。
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