【幕間】八百万 浪馬 ー遷客騒人ー 其の二
目覚めた毛呂を追い返すと、シフト上がりの時刻だった。
ともにバイクを走らせ、夢舞大橋を渡る。文字通りの河岸変えだ。
行先は、
「なっかなかいい雰囲気じゃねーノ。
ヤローと来ンのがもったいねーくらいだ」
「野郎で悪かったな」
海越しに煌々と輝く夜景は、さっきまで二人のいた夢洲のコンテナ港だ。左手すぐには、純白の夢舞大橋。
海岸沿いの駐車場にバイクを止め、二人はしばし、その光景に見入った。
「山じゃねえ夜景スポットてのは珍しいナ」
「こっちで有名なのは生駒とか六甲やな。大阪ちゃうけど」
強烈な照明が海を灼き、光の帯を泳がせている。まるで蜃気楼のようだった。
「……食うか、タコ焼き?」
「そう言われて断る奴、大阪にはおらんで」
差し出された紙パックを挟んで、二人はプルトップを引いた。
浪馬は強アルチューハイ、文殊は無糖のコーヒー。
無機質な乾杯の後、二人は立ったまま、杯を傾けた。
「
「そこまで考えてへんけど、まあ一応な。
飲酒運転でパクられたら、店にも迷惑かかるし」
「警察にパクられるタマかよ、おまえが」
「しょーもないリスクは犯す必要ないちゅー話や」
文殊の言葉は嘘ではないが、別の意味もある。
一度抗争しただけの仲だが、その圧倒的な暴れぶりは、一年を経た今でも鮮烈に脳裏に焼き付いている。
わざわざ訪ねてくる程度に文殊を気に入っているとはいえ、我がままかつ気まぐれなその性格は、族の世界で知られている。洋がダイナマイトなら、浪馬はニトログリセリンだ。対応を誤れば大惨事になる。酒を入れる余裕などない。
問題は、浪馬が自分を訪ねた、その目的である。
文殊はタコ焼きを摘まみながら、浪馬の言葉を待った。
「──聞いたゼェ。
《ガスタの鬼デブ》だっけ? あの魚々島と一年やりあってたってナ」
やはり、そっちか。文殊は闇の中で身じろぎした。
今の台詞から推しはかるに、洋の情報はすでに把握されている。
当然と言えば当然だ。洋は名刺付きで大阪中のワルに喧嘩を売っていた。
情報を隠すどころか、むしろ喧伝していたのだ。住所から戦歴まで、簡単に裏が取れる。顔の広い浪馬なら、なおのこと造作もないことだろう。
「一年前、おまえにボロクソに負けた後や。
アジトに乗り込んで来たあいつに、同じくらいボロクソにされた」
「まァ、魚々島相手じゃ、そーなるわナ」
「その時、考えたんや。
こいつ相手にチームを鍛え上げたら、おまえに勝てるんちゃうかってな」
「なーンだヨ、オレ対策だったってカ?」
「結局、一度も勝てへんかったけどな」
「それで解散ってワケか。
尻尾丸めて負け犬決め込むにゃ、まだハエーんじゃねーカ?」
文殊は口を
「一度
軍隊みてーにチームを指揮する奴、初めてだったからヨ。
それも、人数多かったウチが押されるくれー見事にヨ」
「今更誉めても、何も出んで」
自分を乗せて、魚々島の情報を引き出す腹かもしれない。
熱を帯びる浪馬に対し、文殊は慎重に言葉を選ぶ。
「オレは結局、魚々島には勝てんかった。
その程度の才能ってことや。見切りつける理由には十分やろ」
「そーじゃねェだろ。
オレにゃわかンぜ? オマエには才能がある。
単にコマが足りなかっただけだ。魚々島を
「そんなコマがあったら、苦労せんわ」
「あるじゃねーか、目の前にヨ」
缶チューハイを傾け、浪馬が自分の胸をつつく。
「文殊──オレと組もウぜ。
オレとオマエで、新しいチームを作るんだヨ」
文殊は、思わず言葉を失った。
浪馬の唐突な来訪は、洋の情報収集のためと確信していた。
よもやその目的が、自分のスカウトだったとは。
「……ありがたいけど、終わった話や。
オレはゾクを辞めた。《
今はただのコンビニのバイトや」
「それが早すぎだってンだヨ。
オマエの才能、バイトで腐らせるにゃ惜しすぎンだろ。
終わるモンがありゃ、始まるモンがあるってな。
オレとオマエが組めば、全国制覇だって狙えンだゼ?」
予想通り、浪馬は強引に押してくる。
超絶の強さに加えて、この熱量と単純さが浪馬の魅力なのだろう。その気まぐれ故、熱は簡単に方向を変えるのだが、それさえもカリスマになる。九州の暴走族を束ねたのは伊達ではない。
文殊もあぶなく説得されるところだ──事前に洋と会っていなければ。
数刻前、洋に語った夢が、文殊を思い止まらせた。
言葉にしていなければ、漠然とした想いを抱いたまま、浪馬の熱に呑まれていたかもしれない。
洋と浪馬の違いは、ここにある。
洋は他人に干渉しない。その存在が、自然と周囲を変えていくのだ。長いつきあいではないが、そんな気がする。
冷たいコーヒーを飲み干し、文殊は画策する。
何かを望む相手には、交渉で有利に立てる。やりすぎは危険だが、暴れ馬を御すにはこれ以上ないエサだ。
「なら、教えてもらおか。
おまえの方は、なんで《
あれだけデカいチーム、おまえの都合で解散とかないやろ。
水を被ったように浪馬が押し黙った。急速に酔いの覚めた顔だ。
「言えんなら、別にええで。
でもま、その程度の話もできん奴に『組も』て言われてもな」
これでどちらに転ぼうと、文殊が得をする。
空のコーヒー缶で飲む振りをしながら、文殊は浪馬の返答を待った。
十秒。二十秒。
否定と判断する頃合いに、ようやく漏れ出た、声。
「……切り、だ」
絞り出すようなその言葉に、文殊は耳を疑った。
「裏切られたンだよ。
《
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