【幕間】魚々島同盟 ー手札交換ー 其の四
「──最後は、
「まさか、浪馬くんが候補とは思いませんでした」
「知り合いなのか? 青沼さん」
「直接の面識はありませんが、博多じゃ有名人ですからね。
とくに暴走族の間では、《生きる伝説》みたいな存在です」
「名前の売れてる
「──族を集めて名を売っていた貴様が言えたことか」
「俺のは修行目的の売名だぜ? 遊んでたわけじゃない。
浪馬はどっちなんだい、青沼さん?」
「どうでしょう。今となっては本人に聞くほかありません。
なんせ彼の作ったチームは、
「へえぇ」
そういえば浪馬のライダースーツには、蛍光色の走り書きが無数にあった。
派手な柄だと思っていたが、あれは解散時に送られた寄せ書き、仲間からのメッセージだったのかもしれない。
「──《神風》候補に選ばれたからか?」
「それもわかりません。
ただ、リーダーの私的な都合で、チームを解散するのは不自然です。
暴走族は代替わりが基本ですし、簡単に解散できる規模でもない。
それが一夜にして消滅というのは、何か理由があるとしか思えません」
「そこまではわからねーか」
「面目ない。改めて調べておきます」
「──必要か? その情報」
「個人的興味だよ。わかったらでいいさ」
「フン──お気楽なことだ」
冷然と吐き捨てる烏京に、あわてて青沼が取りなす。
「まあまあ。浪馬くんの近況はともかくとして。
私、八百万に関しては、かなり調べ込んでいるんですよ。
何なら本の一冊も出せるくらいに。命が惜しいので書きませんが。
これについては、情報屋らしい仕事が出来ると思います」
「青沼教授の初講義ってわけだ」
「夜も明けた──手短に頼む」
二人に促され、立ち上がった青沼は、多少照れながら話し始める。
「まずは、八百万の解説から始めましょうか」
八百万とは、九州福岡に根付く
その由来は奈良時代の渡来人とされ、現代にも文化的影響が見られる。
元は旅芸人の一族だったが、武芸・商売にも強かった。
道々の輩として永く漂泊していたが、幕末の混乱に乗じて博多に定住。
後発の地歌舞伎団体《八百万座》を立ち上げ、派手な殺陣を売りものにした《
華やかな表の顔を得ると同時に、裏では密輸入を主とする闇取引で博多の裏社会に根を広げる。密輸していた武器は、後に自身で開発・製造するようになる。
倫理の制約なく突き詰めた科学と、武術の視座から工夫された独自の武器は、火薬庫と呼ばれる九州の裏社会を実験台に、劇的な進化を遂げた。
八百万の武器は、数こそわずかながら、相場の数十倍の価格で密輸出されている。それは八百万が、国外の裏社会まで根を広げたことを意味する。
武力と経済に加え、国外の後ろ盾まで得た八百万が、ついに九州全土を制圧したのは戦後の復興期。
それを成し遂げたのが八百万
彼の最終目的は、輩の最大勢力である畔を排除し、八百万の勢力図を広げることにあると目される。両者は幾たびも衝突しており、人知れぬ場所で屍山血河を築いているという。
「その状況で蓮葉をナンパするんだから、心底イカレてるな、あいつ」
「浪馬くんの女好きは有名ですからねえ」
「──無駄な情報はいらん。要点をよこせ」
「おっと、失礼。
それでは次に、浪馬くんについて解説しましょうか」
八百万 浪馬は、当主である暁馬の十一人の息子、その末子。現在十七歳。
母は数いる妾の一人で、血筋的には傍流に当たる。
性格は豪胆かつ気まぐれで
少年時代は本家で育てられ、武術や芸事を習い覚える。
中学卒業時、暁馬に勘当され、本家を追われる。理由は素行不良。
以後、中州で自活しながら、暴走族チーム《
二か月前、唐突にチームを解散。理由は不明。
現在、《神風》候補に選ばれ、《神風天覧試合》に参戦中。
「スケールこそデカいが、よくあるヤンキーのプロフィールだな」
「いえいえ。話はここからです。
彼には数々の武勇伝があるんです。中には信じがたいものも。
お二人とも興味ありますよね、そういうの?」
「──面白い」
「青沼さん、教師の才能あるぜ」
「一応、教職免許持ってたりします」
前のめりになる生徒二名に満足し、青沼は話を続けた。
「浪馬くんが生まれてすぐの話です。
赤ん坊の彼は、看護師の目を盗み、何者かに連れ去られました。
彼が運ばれた先は、病院の屋上。そこから投げ落とされたのです。
真下は駐車場。木や障害物はなく、赤ん坊は固い地面に激突しました。
ですが……見つかった赤ん坊には、傷一つなかったそうです。
コンクリートの床が砕け、ひび割れていたにも関わらず、です」
洋は口に手を当て、考え込んだ。
「受け身……じゃねーよな」
「当然だ──赤子だぞ」
呆れ顔で突っ込む烏京。青沼が続ける。
「勘当された浪馬くんは暴走族になり、やがてチームを作りました。
近隣のチーム相手に抗争を繰り返す彼は、戦うこと修羅の如し。
バイク上から槍を振るう、騎馬武者スタイルで恐れられました。
九州制覇まで、ついに負け知らずだったとか」
「バイク武者、ねえ」
「──バイク相手に戦ったことはあるか?」
「あるぜ。複数に囲まれたこともある。
でも、ありゃあ乗ってる方も相当危険だからなあ。
オレが相手したのは鉄パイプやバットだったが、攻撃は単調だった。
当たりゃ終わるが、技なんてもんじゃない。振り回すだけだ。
避けるのは簡単、バランス崩して勝手に落車する奴もいた。
使える場所も限られるし、実用的とはちっと思えねえ。ただ──」
「──ただ?」
「ただそれは、素人の話だ。
相手がその道の達人なら、違うかもしれねえ」
「フン──貴様にはそうだろうな。
オレにとっては、何も違いはない。
バイクの敵など──飛び道具の前には鴨も同然」
「あぁ、確かにそうかもな」
高速で走るバイクは、石ころ一つでも致命傷になり得る。達人である烏京の
そうでなくても、バイクにはタイヤという弱点がある。防弾タイヤでもない限り、手裏剣一つで転倒は免れない。烏京の自信も
「浪馬のやつ、事故ったことはねえのか?」
「何度もあります。
バイク同士が衝突したり、車で撥ねられたり。
道路にピアノ線を張られたこともあるそうです」
「だろうなあ」
「ですが……いずれのケースでも無傷。
バイクが壊れることはあっても、傷一つ負うことなく、戦い続ける。
ついた渾名が、《
冷ややかな空気が、朝の食卓に漂った。
それは悪魔じみた伝説のもたらす戦慄か。はたまた自称を躊躇われる、中二爆発ネームの破壊力か。
「──芋……樽……?」
「スルーしてやれ烏京。忍者の情けだ」
「──忍者ではないっ」
「他にも、魔法のライドテクとか、槍の一突きで車を止めたとか。
暴走族に伝わる武勇伝は数知れずです。
まあ素人目線ですから、誇張も多分に含まれそうですが。
お二人の戦いの参考にしていただければ、と思います。
私からは以上です」
青沼教授が締めくくると、まばらな拍手が送られた。
「不死身、ねえ。どういう理屈か知らねえが、警戒は必要だな。
正直、候補の六人の中じゃ、一枚落ちると見てたんだが」
「──甘いな。オレは最初から奴を危険視していた」
「マジかよ。そこまでの腕か?」
「腕の話じゃない──背後の組織力をだ。
八百万は勝つために手段を選ばない。畔より汚い連中だ。
当主の暁馬が奴を本気で勝たせる気なら、何をしてきてもおかしくはない」
「場外戦最強ってわけか。
畔が蓮葉に協力する気ねえのが痛いな」
本来なら睨みを効かせる畔の不在が、八百万の
「八百万当主の考えは不明なので、私の推測になりますが。
畔を超えるため、箔付けとして《神風》の称号を求めるのは自然です。
不自然な流入人口の増加も見られます。要警戒です」
「そんなことまでわかんのか。すげーな」
「大阪市内の怪しい動きは、チェックする
特にここ、此花区の不審者情報は、秒単位で把握できます。
川と海に囲まれて、攻め込む道が限られますからね。
とはいえ、あくまで表の監視手段ですけれど。
烏京くんやドロ婆さんの動きは、皆目掴めませんでしたから」
「大人数の動きがわかれば、十分助かるぜ」
「フン──確かに、拠点の目端が利くのは助かる」
「言ったろ。腕がいいってよ」
何故か鼻高々の洋に、青沼はふと表情を改めた。
「……そうです。
蓮葉ちゃんは浪馬くんについて、どう思いましたか?」
男女間の質問に聞こえるのが気に食わないが、洋も気になるところだ。
青沼の問いを受け、蓮葉が洋を見る。
兄の首肯を合図に、考え込み──口を開いた。
「……誰……?」
「はっはっは」「──何だと?」
笑い飛ばす洋に対し、烏京は怪訝に思う。
蓮葉の顔に皮肉や冗談の色はない。あれだけ押してきた相手を気にも留めない、或いは忘却してしまったというのか。
「ああ、言ってなかったな。
蓮葉は何かと忘れっぽいんだ。あまり気にしないでやってくれ」
「──なんだ、その痴呆老人のような話は」
「滅多なこと言うなよ。日常生活には差し支えない」
「──オレの安全に差し支えるんだが?」
「忘れられないよう、がんばるこった」
「貴様──っ!」
「はいはい、いい加減にしてください。
私はもう帰るんで、誰も止めてくれませんよ?」
呆れ顔で仲裁に入った青沼が、蓮葉を振り返る。
「蓮葉ちゃん。お兄ちゃんをよろしくお願いしますね」
大人びた少女が、青沼を見た。
白い
青沼は、思わず放心した。
飛び過ぎる追憶の翼が、心の水面に波紋を投げる。
それが顔に至るより早く、口ひげを撫ぜ、表情を隠す。
──ああ、そうか。参ったな。
今更、思い出すなんて。
「さあ、忙しくなりますよ。お互いがんばりましょう」
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