【幕間】魚々島同盟  ー手札交換ー 其の四



「──最後は、八百万やおろず 浪馬ろうまか」

「まさか、浪馬くんが候補とは思いませんでした」

「知り合いなのか? 青沼さん」

「直接の面識はありませんが、博多じゃ有名人ですからね。

 とくに暴走族の間では、《生きる伝説》みたいな存在です」

「名前の売れてるともがらってのも珍しいな」

「──族を集めて名を売っていた貴様が言えたことか」

「俺のは修行目的の売名だぜ? 遊んでたわけじゃない。

 浪馬はどっちなんだい、青沼さん?」

「どうでしょう。今となっては本人に聞くほかありません。

 なんせ彼の作ったチームは、二月ふたつきほど前に解散しましたから」

「へえぇ」

 そういえば浪馬のライダースーツには、蛍光色の走り書きが無数にあった。

 派手な柄だと思っていたが、あれは解散時に送られた寄せ書き、仲間からのメッセージだったのかもしれない。

「──《神風》候補に選ばれたからか?」

「それもわかりません。

 ただ、リーダーの私的な都合で、チームを解散するのは不自然です。

 暴走族は代替わりが基本ですし、簡単に解散できる規模でもない。

 それが一夜にして消滅というのは、何か理由があるとしか思えません」

「そこまではわからねーか」

「面目ない。改めて調べておきます」

「──必要か? その情報」

「個人的興味だよ。わかったらでいいさ」

「フン──お気楽なことだ」

 冷然と吐き捨てる烏京に、あわてて青沼が取りなす。

「まあまあ。浪馬くんの近況はともかくとして。

 私、八百万に関しては、かなり調べ込んでいるんですよ。

 何なら本の一冊も出せるくらいに。命が惜しいので書きませんが。

 これについては、情報屋らしい仕事が出来ると思います」

「青沼教授の初講義ってわけだ」

「夜も明けた──手短に頼む」

 二人に促され、立ち上がった青沼は、多少照れながら話し始める。

「まずは、八百万の解説から始めましょうか」


 八百万とは、九州福岡に根付くともがらの一大勢力である。

 その由来は奈良時代の渡来人とされ、現代にも文化的影響が見られる。

 元は旅芸人の一族だったが、武芸・商売にも強かった。

 道々の輩として永く漂泊していたが、幕末の混乱に乗じて博多に定住。

 後発の地歌舞伎団体《八百万座》を立ち上げ、派手な殺陣を売りものにした《やり歌舞伎かぶき》で人気を博する。

 華やかな表の顔を得ると同時に、裏では密輸入を主とする闇取引で博多の裏社会に根を広げる。密輸していた武器は、後に自身で開発・製造するようになる。

 倫理の制約なく突き詰めた科学と、武術の視座から工夫された独自の武器は、火薬庫と呼ばれる九州の裏社会を実験台に、劇的な進化を遂げた。

 八百万の武器は、数こそわずかながら、相場の数十倍の価格でされている。それは八百万が、国外の裏社会まで根を広げたことを意味する。 

 武力と経済に加え、国外の後ろ盾まで得た八百万が、ついに九州全土を制圧したのは戦後の復興期。

 それを成し遂げたのが八百万 暁馬ぎょうま。現役の座長であり、浪馬の父である。

 彼の最終目的は、輩の最大勢力である畔を排除し、八百万の勢力図を広げることにあると目される。両者は幾たびも衝突しており、人知れぬ場所で屍山血河を築いているという。


「その状況で蓮葉をナンパするんだから、心底イカレてるな、あいつ」 

「浪馬くんの女好きは有名ですからねえ」

「──無駄な情報はいらん。要点をよこせ」

「おっと、失礼。

 それでは次に、浪馬くんについて解説しましょうか」


 八百万 浪馬は、当主である暁馬の十一人の息子、その末子。現在十七歳。 

 母は数いる妾の一人で、血筋的には傍流に当たる。

 性格は豪胆かつ気まぐれで天邪鬼あまのじゃく。無類の女好き。

 少年時代は本家で育てられ、武術や芸事を習い覚える。

 中学卒業時、暁馬に勘当され、本家を追われる。理由は素行不良。

 以後、中州で自活しながら、暴走族チーム《暁殺骸鬼デッド・バイ・デイライト》を結成。抗争を経てチームは巨大化し、わずか二年で九州制覇を果たす。

 二か月前、唐突にチームを解散。理由は不明。

 現在、《神風》候補に選ばれ、《神風天覧試合》に参戦中。


「スケールこそデカいが、よくあるヤンキーのプロフィールだな」

「いえいえ。話はここからです。

 彼には数々の武勇伝があるんです。中には信じがたいものも。

 お二人とも興味ありますよね、そういうの?」

「──面白い」

「青沼さん、教師の才能あるぜ」

「一応、教職免許持ってたりします」

 前のめりになる生徒二名に満足し、青沼は話を続けた。

「浪馬くんが生まれてすぐの話です。

 赤ん坊の彼は、看護師の目を盗み、何者かに連れ去られました。

 彼が運ばれた先は、病院の屋上。そこから投げ落とされたのです。

 真下は駐車場。木や障害物はなく、赤ん坊は固い地面に激突しました。

 ですが……見つかった赤ん坊には、傷一つなかったそうです。

 コンクリートの床が砕け、ひび割れていたにも関わらず、です」

 洋は口に手を当て、考え込んだ。

「受け身……じゃねーよな」

「当然だ──赤子だぞ」

 呆れ顔で突っ込む烏京。青沼が続ける。

「勘当された浪馬くんは暴走族になり、やがてチームを作りました。

 近隣のチーム相手に抗争を繰り返す彼は、戦うこと修羅の如し。

 バイク上から槍を振るう、騎馬武者スタイルで恐れられました。

 九州制覇まで、ついに負け知らずだったとか」

「バイク武者、ねえ」  

「──バイク相手に戦ったことはあるか?」

「あるぜ。複数に囲まれたこともある。

 でも、ありゃあ乗ってる方も相当危険だからなあ。

 オレが相手したのは鉄パイプやバットだったが、攻撃は単調だった。

 当たりゃ終わるが、技なんてもんじゃない。振り回すだけだ。

 避けるのは簡単、バランス崩して勝手に落車する奴もいた。

 使える場所も限られるし、実用的とはちっと思えねえ。ただ──」

「──ただ?」

「ただそれは、素人の話だ。

 相手がその道の達人なら、違うかもしれねえ」

「フン──貴様にはそうだろうな。

 オレにとっては、何も違いはない。

 バイクの敵など──飛び道具の前には鴨も同然」

「あぁ、確かにそうかもな」

 高速で走るバイクは、石ころ一つでも致命傷になり得る。達人である烏京のつぶてなら、撃ち抜くのは容易いだろう。

 そうでなくても、バイクにはタイヤという弱点がある。防弾タイヤでもない限り、手裏剣一つで転倒は免れない。烏京の自信もうなずけるものがある。

「浪馬のやつ、事故ったことはねえのか?」

「何度もあります。

 バイク同士が衝突したり、車で撥ねられたり。

 道路にピアノ線を張られたこともあるそうです」

「だろうなあ」

「ですが……いずれのケースでも

 バイクが壊れることはあっても、傷一つ負うことなく、戦い続ける。

 ついた渾名が、《不死騎王イモータル・キング》」

 冷ややかな空気が、朝の食卓に漂った。

 それは悪魔じみた伝説のもたらす戦慄か。はたまた自称を躊躇われる、中二爆発ネームの破壊力か。

「──芋……樽……?」 

「スルーしてやれ烏京。忍者の情けだ」

「──忍者ではないっ」

「他にも、魔法のライドテクとか、槍の一突きで車を止めたとか。

 暴走族に伝わる武勇伝は数知れずです。

 まあ素人目線ですから、誇張も多分に含まれそうですが。

 お二人の戦いの参考にしていただければ、と思います。

 私からは以上です」

 青沼教授が締めくくると、まばらな拍手が送られた。

「不死身、ねえ。どういう理屈か知らねえが、警戒は必要だな。

 正直、候補の六人の中じゃ、一枚落ちると見てたんだが」

「──甘いな。オレは最初から奴を危険視していた」

「マジかよ。そこまでの腕か?」

「腕の話じゃない──背後の組織力をだ。

 八百万は勝つために手段を選ばない。畔より汚い連中だ。

 当主の暁馬が奴を本気で勝たせる気なら、何をしてきてもおかしくはない」

「場外戦最強ってわけか。

 畔が蓮葉に協力する気ねえのが痛いな」

 本来なら睨みを効かせる畔の不在が、八百万の跋扈ばっこを招く可能性がある。容易に反則を見逃す忍野ではないだろうが、八百万ほどの勢力が相手では、どこまで抗えるかわからない。

「八百万当主の考えは不明なので、私の推測になりますが。

 畔を超えるため、箔付けとして《神風》の称号を求めるのは自然です。

 不自然な流入人口の増加も見られます。要警戒です」

「そんなことまでわかんのか。すげーな」

「大阪市内の怪しい動きは、チェックする手筈てはずを整えましたから。

 特にここ、此花区の不審者情報は、秒単位で把握できます。

 川と海に囲まれて、攻め込む道が限られますからね。

 とはいえ、あくまで表の監視手段ですけれど。

 烏京くんやドロ婆さんの動きは、皆目掴めませんでしたから」

「大人数の動きがわかれば、十分助かるぜ」 

「フン──確かに、拠点の目端が利くのは助かる」

「言ったろ。腕がいいってよ」

 何故か鼻高々の洋に、青沼はふと表情を改めた。

「……そうです。

 蓮葉ちゃんは浪馬くんについて、どう思いましたか?」

 男女間の質問に聞こえるのが気に食わないが、洋も気になるところだ。

 青沼の問いを受け、蓮葉が洋を見る。

 兄の首肯を合図に、考え込み──口を開いた。

「……誰……?」

「はっはっは」「──何だと?」

 笑い飛ばす洋に対し、烏京は怪訝に思う。

 蓮葉の顔に皮肉や冗談の色はない。あれだけ押してきた相手を気にも留めない、或いは忘却してしまったというのか。

「ああ、言ってなかったな。

 蓮葉は何かと忘れっぽいんだ。あまり気にしないでやってくれ」

「──なんだ、その痴呆老人のような話は」

「滅多なこと言うなよ。日常生活には差し支えない」

「──オレの安全に差し支えるんだが?」

「忘れられないよう、がんばるこった」

「貴様──っ!」

「はいはい、いい加減にしてください。

 私はもう帰るんで、誰も止めてくれませんよ?」

 呆れ顔で仲裁に入った青沼が、蓮葉を振り返る。

「蓮葉ちゃん。お兄ちゃんをよろしくお願いしますね」

 大人びた少女が、青沼を見た。

 白いおとがいが、かすかに上下する。


 青沼は、思わず放心した。

 飛び過ぎる追憶の翼が、心の水面に波紋を投げる。

 それが顔に至るより早く、口ひげを撫ぜ、表情を隠す。

 ──ああ、そうか。参ったな。

 なんて。


「さあ、忙しくなりますよ。お互いがんばりましょう」

 きびすを返し、片手を上げた青沼は、最後まで振り返らなかった。


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