【幕間】魚々島同盟  ー手札交換ー 其の二



「ちょっと待ってください。

 洋くんがその《mizugumo》を使えるなら、私はなんで雇われたんです?」

 当然ともいえる青沼の疑問に、洋の答えは単純だ。

「オレは使えないからな。

 魚々島はそういうのに疎いんだ。畔がやってくれるからよ。

 殺しの仕事の時も、当時組んでた畔が全部お膳立てしてくれた」

「フン──有能なのは、その畔だったというオチか」

「否定はしねえよ。まさに全能神って感じのハッカーだったしな」

「その元相棒さんに連絡は取れないんで?」

「縁が切れちまったからなあ。

 それに蓮葉の件がある。協力しちゃくれないだろ」

「ああ、それがありましたね」

「──蓮葉の件?」

「ちっと理由があってな。

 畔から追放されかけてんだよ、蓮葉は。

 だから、畔の情報網は利用できない……もちろんオレもな」

「つまり──この同盟の情報源は、本当にこの男一人というわけか」 

「そういうこと。当てが外れたか?」

「──そのザマで、よくオレをそしれたものだ」

「何言いやがる。青沼さんをナメんじゃねーぞ。

 こう見えて有能なんだからな、この人」

「お褒めにあずかり恐縮ではありますが」

 頬をぽりぽり搔きながら、青沼は続けた。

「正直なところ、ともがらの調査となると、私には荷が重いです。

 調査というのは繋がりを辿る作業ですが、隠れ住む輩にはそれがない」 

 社会に頼らず、衣食住を自給自足する輩を探すのは、彷徨さまよう獣を探すにも等しい。洋の兄の足取りが、皆目掴めないのもそれが理由だ。

「洋くんの資金で、烏京くんに《mizugumo》で調べてもらってはどうです?」

「なるほどね。どうだ、烏京?」

「──手段としては可能だ。

 だが、前にも言ったように、松羽はしのびではない。諜報は素人だ。

 《mizugumo》の調査には、膨大な費用がかかる──

 素人が手あたり次第に使っては、金が幾らあっても足りない。

 表の手段で、可能な限り絞り込みをした上でなら──」

「まずは自力で捜査した上で、か。なるほどな」

 烏京の提案に、洋が首肯する。

「それではまず、手札交換といきましょうか」

 青沼は二人を見つめ笑うと、両手を広げてみせた。

「お二人が勝ち進むために必要なのは、対戦相手の情報です。

 直接対面されたお二人なら、読み取れたことも多いかと。

 それを聞かせていただければ、表の調査の足掛かりに出来ます。

 どんな些細なことでも構いません。教えていただければ。

 ああ……よければ、もちろん蓮葉ちゃんも」

 唐突に話を振られた少女が、身じろぎもせず青沼を一瞥する。

「いいか、蓮葉?」

「……うん」

「よろしくお願いしますね。

 それでは、始めましょうか。まず候補者は六名でしたよね。

 ここに揃った三名を除いた、残りの三名。まずは……」

宮山みやま たつき」

 指を一本立て、洋が口を開いた。

「巫女衣装を着た女だ。背格好は中学生くらい。髪は金に近い茶髪。

 得物は持っていなかった。懐に収まる小刀や暗器かもだが」

「ふむ。所属や出身はわかりませんか?」

「いんや。忍野おしのも言わなかったはずだ」

「──大蟲おおむし神社」

 烏京のつぶやきに、二人が揃って反応した。

「マジかよ」

「烏京くん、知ってたんですか?」

「──あの開会式、一番に会場入りしたのはオレだ。

 他の候補者どもを、あらかじめ見ておくためにな」

 言われてみれば邂逅の折、烏京はすでに到着し、御所のへいに立っていた。

 塀の高さは知れているが、遮蔽物のない御苑を見通すには十分だ。

「あの間抜けは、御所に向かいながら、スマホをいじっていた。

 遠目に盗み見た連絡先が──大蟲神社だ」

「向かってくる相手のスマホを、どうやって見たんだよ」

「──顔に映る文字を読んだ」

「神眼すぎんだろ、おい」

 洋は舌を巻いた。目が利くとは思っていたが、ここまでとは。自ら文字を照らすスマホの画面を読むなど、おそらく造作もないことなのだろう。   

「大蟲神社……京都と福井にあるようですが」

「福井だな。噂を聞いたことがある」

 スマホで検索した青沼に、烏京が即答する。

「噂?」

「大蟲神社には《虫祓むしばらいの巫女》がいる──と」

「虫祓いって……なんだそりゃ。

 護摩壇で殺虫剤でも撒くのか?」

「──わからん。

 だが、聞いた話では、大蟲神社のある町には害虫駆除の業者がいないそうだ。

 害虫は全て、大蟲神社が対処するらしい」

「あのたつきが、その巫女だってことか」

「──推測だがな」

「推測つーか、勘だろそりゃ」

「まあまあ、洋くん。少なくとも有力な手掛かりですよ。

 神社の名前と場所がわかれば、私でも調べられます。

 大阪から福井なら、わりと近いですしね。

 すぐにとは言えませんが、できるだけ急ぐとしましょう」

「頼んだぜ、青沼さん。

 で、烏京。その《虫祓いの巫女》てのは、戦った記録とかあるのか?

 オレは聞いたこともねーんだが」

「──オレもない」 

「ないのかよ」

「そも、比武の場に巫女が立つなど、聞いたことがない。

 ましてや《神風》候補に立つ技前など、あり得ない。

 だが──あの忍野が選んだ一人だ。油断は出来ん」

「初戦で恥かいたもんな」

「──やかましいぞ、豚が」

 眉を逆立てる烏京を笑うと、洋は真面目な顔になった。

「あのたつき……おまえはどう見る?」

「フン──そうだな。

 一言で言えば、異常に素人臭いな──場違いなまでに」

「戦い慣れしない巫女なら、合点はいくか」

「だが目はいい──散らした松脂が見えたのは、あの女だけだ」

「そういや、そうだった」

 松脂を塗った石を道に撒き、洋に踏ませた件だ。たつきと浪馬の会話を、二人とも聞き取っていたらしい。

「あれは山で鍛えた目だ──大蟲神社が山なら符号が合う」

「確かに、海の匂いはしなかったな」

「わかるもんですか、そういうことも」

 青沼が感嘆まじりに言った。

 海の輩と山の輩。異なる出自の二人が揃えば、分析も捗りそうだ。 

「あいつの得物、なんだと思う?」

「──それこそ、推論になるぞ」

「松羽の見識をうかがいたいね」

「フン──まあいいだろう。

 いかに巫女とて、あの場に丸腰で来るとは考えにくい。

 体格から察するに、力より速さや技に頼む流儀。

 貴様の言った小刀や暗器の可能性もあるが──

 他に考えられるとすれば、無手、或いは毒──だな」

 無手というのは、この場合、拳法や柔術などの格闘技を指す。

「巫女さんが毒かよ」

「《虫祓いの巫女》だぞ。

 貴様も言ったはずだ──殺虫剤を使うのか、と」

「あー、そっち繋がりか。すげえ絵面だな。

 けど、《天覧試合》じゃ毒は反則だぜ?」

「致死性でなければよい──そういう話だろう」

「まあ、確かにな。

 散布型なら厄介だが、想定してりゃ何とかなるか。

 それよりオレが気になるのは、あいつの態度だ」

「──確かに、生意気な態度だったが」

「そうじゃない。よく考えてみろ。

 あいつは、オレたちの試合を見たんだぜ。

 それでも、余裕たっぷりの態度は変わらなかった。

 毒に頼る程度の素人なら、尻に帆かけて逃げ出すところだ」

「──八百万やおろずもそうだったぞ」

「あれはわかりやすい馬鹿だろ」

「ずいぶんな言われようですねえ、浪馬くん」

 同情まじりにつぶやくと、青沼は蓮葉に振り向いた。

「蓮葉ちゃんは、何か感じたところありませんか?」

 洋の背にもたれていた蓮葉が、目を瞬かせた。

「そうだな。何かないか?」

 三対の視線が収束する中、蓮葉は唇に指を当て、思案する。

「蓮葉は思う……あの子は……」

「うん、うん」

「……ちっさくて……かわいい……!」     

 青沼と烏京の口から、黒い噴水がほとばしった。


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