【幕間】魚々島同盟  ー手札交換ー


 

「蓮葉をけしかけんのはナシだろ、青沼さん」

「──あやうく右腕が飛ぶところだったぞ」

「しょうがないでしょう。

 アレ以外にどうやって、お二人を止められるんです?」

 椅子に座り、不貞腐ふてくされる二人を、青沼はたしなめる。

「それよりも、まず作戦会議です。

 方針が決まらなければ、情報屋は動けません。

 修行でも勝負でも、その後で好きなだけやってください」

「わかった、わかったよ」

 ぐうの音も出ない正論に降参すると、洋は表情を改め、烏京を見た。

「同盟を組んだ以上、必要な情報は共有する。

 それでいいよな、烏京?」

「構わん──が、オレの持つ情報はごく限られる。

 松羽流は忍ではなく、暗殺に特化しているからな」

「オレについては、そこそこ調べてたじゃねーか」

「──でしかなかった。

 事前に《神風》候補として絞り込めたのは、貴様ら兄妹のみ。

 時間も金も限られ、調べは不十分だった。

 オレの敗因は──そこにもある」

「そりゃあご愁傷様で」

 茶化す洋を烏京が睨むも、どこ吹く風だ。

「しかし、わかりませんね。

 暗殺に特化していても、諜報は必要です。

 組織ぐるみで使ってる情報筋があるはずでは。

 それで何故、調査がそこそこなんです?」

 青沼の問いに、烏京が嘆息した。

「──総帥の差配だ。

 この《天覧試合》に於いて、松羽流の協力は得られない。

 組織に頼らず、個人の力量で勝利せよ、とな。

 故に情報屋はオレ個人が雇った──を引いたがな」

「はははぁ。なるほどね」

 洋は得心した。妙に調べが雑だと思っていたが、そういうことか。

「でも、金はあるんだろ?

 今からでも調査に回せば、情報ぐらい……」

「ない」

「……今、なんつった?」

ふところは寒い──そう言ったんだ」 

「松羽流屈指の暗殺者が、なんで無一文なんだよ。

 松羽流屈指のニートだったってオチか?」

「──殺すぞ」   

「はいはい、喧嘩はやめましょう。

 烏京くんにだって事情がある。そうですよね?」

 青沼が取りなし、烏京は袋袖に棒手裏剣を戻した。

「青葉流で一番の稼ぎ頭は、間違いなく──オレだ。

 だが、稼ぎはほとんどは上納され、オレの手には残らない」

「上前をねられるわけか。面倒なもんだな」

「──組織とは、粗方そのようなものだ」

「元手ゼロで実績上げてこいって、無茶すぎんだろ。

 表社会なら、確実にブラックだぞそれ」

「これも修行ということだろう──なんだ、その目は?」

「金も情報もない奴と組んじまったのかよ、って目だよ」

「喉から手が出るほど欲しがった奴がいてな」

「はいはい、そこまで。話が進みません」

 青沼が両手をパンパンと打ち、仲裁する。

「コーヒー淹れてくるわ」と言い残し、扉に消えた洋を見送ると、青沼は小声で黒衣の若者を問い質した。

「ですが烏京くん。同盟とは言え、金は必要ですよ。

 洋くんのヒモになるのは、あなたも不本意でしょう?」

「──無論。

 稼ぐ手段はある──当然だが、《殺し》だ。

 すでに《キル・スターター》には、登録を終えている。

 遠からず仕事がある──それまでの辛抱に過ぎん」

「キルスターター?」

「──ダークウェブに置かれた、暗殺専門サイトだ。

 依頼者が殺しの標的を登録し、閲覧者から懸賞金を募る。

 目標額に達すれば、所属の暗殺者が動き──標的を消す。

 原理は、クラウド・ファウンディングと同じだ」

「噂で聞いたことはありますが、実在するとは思いませんでした。

 ダークウェブなら、私も入ったことがあるんですが」

 ダークウェブとは、文字通りの闇サイトを意味する。表の検索エンジンにかからぬ深層ウェブの一部であり、特定のソフトや認証がなければ閲覧できない。

「ダークウェブにも種類があるからな。

 《キル・スターター》が見れるのは、ほとりの管理する《mizugumo》だけだ。

 裏社会でも知る者は限られる──ともがら専用のサイトだ」

「烏京くんの口から横文字が出ると、奇妙な感じがしますねえ」

 青沼の軽口に、烏京が渋面を浮かべる。年配ではあるが、じつは精神構造は洋と大差ないのではないか。

「──松羽流の仕事は中部が中心だった。

 だが、《キル・スターター》の範囲は全国に及ぶ──

 関西の都市圏であれば、仕事には困らないはずだ」

「ですが輩専用のサイトで、そんなに募金が集まるものですか?」

 青沼の疑問はもっともである。

「集まる──時には膨大な金額が動く。

 《mizugumo》を知る者は少ないが、仲介人は多いからな。

 一年ほど前に自殺した岩手県知事──あれも《キル・スターター》の仕事だ。

 目標額は八千万。受けた殺し屋も相当の手練れだったと聞く。

 正体は不明だが──このオレが唯一、手合わせしたいと思った相手だ」

「ああ、そりゃオレだ」

 コーヒーサーバーを手に戻った洋を、烏京はこれ以上ない瞠目で見つめた。

「あ、やっぱりですか。

 洋くん、東北で軍資金稼いだって言ってましたもんね」

「案外、地方でも殺しの仕事には困らないんだよな。

 利権まみれの妖怪揃いで、恨みつらみは都会より根深いくらいだ。

 短期間で稼ぐにゃ、もって来いの環境だったぜ。防犯カメラも少ないしな」

 あんぐりと口を開けた烏京のカップに、熱いコーヒーが注がれる。

「よかったな。夢がかなっててよ」

 満面の笑みを浮かべた洋が、そう付け加えた。


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