【番外】松羽 烏京 —陸亀、かく語りき— 其の二


 その後?

 オレが知ってるのは、洋が十歳になるまでだな。

 魚々島じゃ十歳、島に来て四年目が一区切りなんだ。

 十歳からは若者として扱われる。頭領の船を出なきゃならないから、仲のいい大人の船に移ったり、若者同士で船を借りたりすんだ。もちろん、もう誰も食わせちゃくれない。釣りでもなんでも、自分で食ってくしかないんだ。

 当然、洋は航の船に行くもんだと思われてたが、何でか洋を引き取ったのは、カカシの爺さんだった。

 つっても知らねえわな。魚々島で一番歳食ってるジジイさ。

 こいつも洋の同類でな。片足でろくに泳げねえから、周りに食わせてもらってたクチだ。こいつは頭領と仲がよくてな。昔の恩があるとか言ってたが、甘やかすから陸亀にもならねえ。

 大人は手土産もって、夜な夜なカカシの船に行くのさ。

 ありゃあ酒かバクチだな。オレもこの歳になって、やっとわかったわ。

 オレらガキや若い衆は、カカシを嫌って近づきもしなかったが、航は例外だった。カカシのちっこい船に入り浸ってる時期もあったな。最初から洋を押し付ける腹づもりだったのかもしれねえ。


 そっから先は、本当に何も知らねえよ。

 オレが島を降りたのは、この年だからな。

 あとは陸に寄った魚々島の連中から、たまに仕入れる噂話くらいだ。

 数年後に航が《神風》になったのは驚いたが、陸で死んだって聞かされた時ほどじゃなかったね。

 今でもあいつが獲って来た、クソデカいサカマタの背びれを思い出すよ。あれでオレは魚々島をあきらめた。島を降りると決めたんだ。あいつを殺せるやつが陸に存在するなんて、今だに信じられねえよ。

 

 ──洋が《神風》候補に?

 なんだそりゃ……ありえねえ。頭領もヤキが回ったか?

 あれから洋が強くなったかもって? 

 いや、それは絶対にないな。

 魚々島の強みってのは、海で鍛え抜いた人外の身体能力フィジカルだ。鯨に素手で取りつき、カジキと海の中で渡り合うからこそ身に着くもんだ。陸亀がどう足掻いても到達できる領域じゃねえ。

 洋が泳げるようになったら別だが、もしそうならすぐに噂になる。魚々島の奇跡ってな。そんな話は聞いたことがねえ。


 ああ、待てよ……もしかしたら、航の調査のためかもな。

 《神風》の候補者は、希望者から頭領が選ぶんだ。普通は希望者同士の試合で決めるんだが、《神風》で死んだ兄貴を調べるために、頭領が融通を利かせたって話かもしれねえ。

 《神風》候補に上がるのは、主に才能ある若手だ。他流との経験を積ませるって理由で、別に最強が選ばれるわけじゃない。航は正真正銘の《魚々島最強》だったが、航と組んでたほとりも、たいした腕じゃなかったからな。

 魚々島と畔は、二つある《神風》の座を融通し合う決まりだから、畔の方が強けりゃ候補が洋でも問題ないってわけだ。

 そうでもなきゃ、あいつが選ばれるなんて、ありえねえ。

 兄貴に死なれた洋に、頭領がほだされて選んだ。これが真相だろ。

 

 ──オレが話せるのは、これくらいだな。

 え? 仲間のことをベラベラ話していいのかって?

 笑わせんな、おい。今更、あんたが言うことかよ。

 いいんだよ。魚々島は自由だからな。

 オレはもう魚々島じゃねーが、奴らに聞いたっていい。

 何を知られようと勝つのが魚々島だ。情報戦で負けるなら、その程度の腕ってことなんだよ。洋の野郎はそれ以前の話だろうがな。


 もし洋が負けたら、「魚々島の恥さらし」って伝えといてくれ。

 万が一、勝ったら……


 ……いや。やっぱり、どうだっていい。

 オレはもう、魚々島じゃないんだからな。


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