【開幕】《神風天覧試合》、始まりの儀 其の十
開会の儀も終わり、集められた《神風》候補たちは速やかに解散するかと思われたが、篝火の前の人影は意外にも減らなかった。
忍野を中心に話をしているのはたつきと浪馬。京都に至る行程が話題だ。浪馬は朝に地元を発ち、九州から京都までバイクで来たという。たつきは電車で京都まで。大阪の友人宅に宿を借りる予定らしい。
他の候補者、松羽 烏京と最寄の二名は、会話に加わる様子こそないが、傍らで耳をそばだて、情報収集に余念がない。洋も同じだった。未知の対戦相手の情報なら、何でも手に入れておきたいところだ。勝負はすでに始まっている。
「洋さま……ですよね?
初めまして。
そんな洋に話しかけたのは、白衣の少女だった。
「おっと、初めましてだ。忍野の妹ちゃん、だよな。
その目、見えてんのか?」
洋の指摘は、八海の瞼を覆う白帯のことだ。
「見えておりませんが、問題はありません。
ご承知の通り、私ども空木の民は、その身に《白銀さま》を宿しております。
幼少期に体質が合わず、体の一部を損なうことがあるのです。
こればかりは治せませんが、代わりに気配を読むことを教えられます。
今では何不自由ありません」
「なるほどな。たいしたもんだ」
忍野の話では変わった妹と聞いたが、話しぶりは理知的で、しっかりしている。まさか目のことではないだろうから、身内の卑下かもしれない。
「オレらの怪我は、妹ちゃんが治してくれるんだよな。
怪我するつもりはねーが、そん時はよろしく頼むぜ」
「もちろんです。
兄がお世話になった分、サービスさせていただきます」
「サービス?」
「言葉のあやです!」
「お、おう」
何か引っかかるものはあるが、とりあえず洋は話題を変えた。
「世話になったって、忍野が言ってたのか?」
「はい。選抜戦でも、夕餉を馳走になった件も」
「たいしたことじゃねーよ」
「私はいたく感じ入りました」
「あんたがか?」
「はい。そこで、折り入って洋さまにお願いがあるのですが」
一歩進み出る八海に、一歩たじろぐ洋。
「何だよ」
「お顔に、触れさせていただけませんか?」
「顔?」
「そうです。この通り目が不自由ですので、造形を確かめたく」
意図は読めないが熱意は感じる。八海はいたって本気だ。
「それは、あれか? 治す時に必要的な……」
「そう考えていただいても構いません」
絶対違う気がするが、おかしなことをするとも思えない。
顔ぐらい触らせてもいいか、と思ったその時、背中に冷たい視線が刺さった。
振り返ると、蓮葉が頬を膨らませている。最近覚えた不満時のサインだ。
「……また今度でいいか?」
「あ、はい!
それでは、今後も兄をよろしくお願いします」
八海は一礼すると、洋の元を立ち去った。
「おまえね……オレに彼女が出来たらどうすんだ」
蓮葉はぷいと横を向いてしまう。機嫌が悪いというより、自分の感情を説明できないようだ。洋と暮らし始めて二週間ばかり。蓮葉の感情は急速に発達しているように感じるが、年相応にはまだ、ほど遠い。
「洋殿、妹が失礼を」
慌てた様子で、忍野が近づいてきた。
「おかしなことを申しませんでしたか?」
「いや、まあ、特には」
「ならば
「おまえさんも、妹が心配なクチかい?」
「いえ。むしろ洋殿の心配を──」
忍野の目線がふいに動いた。洋もその先を見やる。
蓮葉の横に、いつの間にか浪馬が立っていた。
石仏のように無反応な蓮葉に、一方的に話しかけている。
「あんたが畔の代表かい?」
「ものすげェ美人だな。マジ妖怪でもオッケーってレベル」
「どこまで帰るんだ? バイク2ケツで送ってやンぜ」
「それともどっか飲みに行くか。勝負の前にお互いを知るって必要じゃね?」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
蓮葉の実力は、《神風》候補には異臭のように否応なく伝わるレベルのはずだが、この男は鈍感なのか、あるいはよほどの大物なのか。
ともあれ、妹のナンパ現場を前に、愉快ではない感情が生じたのは事実だ。蓮葉を責められたものではない。
「おいおい。ナンパてのは得物片手にやるもんじゃねーだろ」
二人を遮るように割って入ると、蓮葉は洋の背後に回り込む。後は任せたといわんばかりである。これはこれで問題ある対応だったかもしれない。
「ああン? おまえ、畔とデキてんのか?」
「オレは、こいつの兄貴だよ」
「はぁ? おまえ、確か魚々島だったよな?」
「魚々島 洋だ。
説明は省くが、蓮葉は間違いなくオレの妹だよ。
つーわけで、ヤリモクのチンピラを見逃すわけにゃいかんのさ」
「焚き付けてくれんねエ。
愛は障害が多いほど燃えるって知ってっか?」
「ロミオを気取るにゃ品位が足りねえよ。
女と意思疎通できてねぇ辺りは、そっくりだけどな」
「──そいつは、魚々島ではない」
言い争う二人が、同時に振り向いた。
声の主は松羽 烏京だ。闇を背に、その目元だけが浮かんで見える。
「どういう意味だヨ?」
「言葉の通りだ。
そいつは魚々島じゃない──そう言った」
怪訝そうな顔で、浪馬は洋と烏京を見比べた。
洋は反論しない。図星を突かれ、押し黙ったようにも見える。
「……面白そうな話だけどヨ。まず説明しろや。
魚々島じゃねーなら、こいつは何なンだヨ?」
「説明より実証が早い」
松羽が宙を飛び、闇に呑まれた南庭中央に降り立った。
「《野試合》だ。
豚──今ここで、オレと勝負しろ。
おまえが《
【開幕】《神風天覧試合》、始まりの儀 了
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